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十三章 喪う者達へ‐ordeal‐(6)

『あぁ、俺が……ここの番人だよ。大方、あの女あたりから、訊いたんだろう?』
「あの女って、《情報屋》のこと?」
 相手を警戒しつつも気になった事を問うてみたターヤだったが、予想外に青年は一瞬だけ驚いたような顔になる。
『そうか、あの女……今は、そう名乗ってるのかぁ』
「何ぶつぶつ言ってんだよ。つーか何でおまえは透けてんだよ。声も肉声じゃなくて〈念話〉みてぇだし、幽霊なのかよ? ってか、おまえの喋り方、何かわざとらしくてイライラすんだよ。普通に話せっての」
 またも自分の世界に入りかけている青年へと、少しばかり苛立ちを覚えたらしきアクセルが声を放る。その内容は結構無礼だったが、相手は表情一つ変えなかった。
『まぁ、そんなところだな。話し方は、直せないなぁ……これでも、素なんでね』
「マジかよ……つーか、それが素なのかよ」
 アクセルはどこか呆れたような脱力したような声だったが、ターヤは純粋に驚いていた。幽霊などというのは空想上の存在だと思っていたのだが、まさか実在していたとは。本人は肯定に近い返答しかしていないので『幽霊』と一括りに表せる存在ではないのかもしれないが、否定はされなかったので『幽霊』という認識で彼女は青年を見ていた。
 二人を見比べてから、青年は一旦目を閉じる。
『俺も、そろそろ……真面目に、仕事をしようか』
 再び目を開いて、芝居がかった態度で言葉を紡ぐ。
『さて、ここまで来れた、という事は……御前達は、資格ある者、という事だな』
「その資格って、どういう基準なの?」
『簡単な、事だ。〈世界樹〉の加護を受けているか、いないか……それだけだ』
 青年はそこで意図的にターヤと目を合わせた。驚いて反射的に身を竦めた少女の反応にくつくつと嗤い、わざとらしく口を開く。
『例えば、御前が一番、良い例だろう……《ケテル》?』
「! その呼び方、リチャードと同じ……」
「つー事は、おまえはあいつと何か関係でもあるのかよ?」
 彼が口にしたターヤを示す聞き覚えのある記号に、二人は驚きを示した。今までその呼称で彼女を呼び表したのは、リチャードと《守護龍》アストライオスくらいだったからだ。
 それでもターヤにはアクセルのように、どうしてか彼がリチャードと同じだとは思わなかった。彼はリチャードと似ているようで、どこか違う。
(この人はリチャードとは何かが違う……でも、どこが?)
『あぁ、そうだ。俺はまだ、名を名乗って、いなかったな』
 しかし自ら話を振っておきながら、青年は次の句では話題を大きく変更した。まるで二人の資格ある者を翻弄して楽しんでいるように。
「は? 話の順序おかしく――」
『俺は、ウォリック・グランウィル。この時代だと……《背信の牡羊座》……そう、呼ばれてるなぁ』
「っておい! 言わせろよ! ……って、ちょっと待て!」
 一度はマイペースな青年に突っ込むだけだったアクセルだったが、前言撤回をするが如く素早く表情を一変させた。
『何だ……慌ただしい、奴だなぁ』
 ターヤが感じた事は青年が代弁する形となった。
 だが、アクセルはそんな事はどうでもいいと言わんばかりにウォリックと名乗った青年に詰め寄る。
「おまえ、今《背徳の牡羊座》っつったか!?」
『あぁ、言ったな』
「マジで幽霊かよ」
 途端に蒼白な顔になったアクセルに対し、ウォリックは変わらぬ不敵な笑みのままだ。

 一人、ターヤだけがすぐには状況を呑み込めなかった。
「背徳の牡羊座、ウォリック? 何か聞いた事があるような……」
 今まで読んできた本の中に確かそのような単語が載っていた筈だ、と記憶を掘り起こしてみれば、ぴんとくる物が一つ。
「あ、『十二の星々』!」
 自分と瓜二つだという『ルツィーナ』について知りたい目的で、以前セアドから貰った書物がそれだった。十年前には《世界最強》のギルドとして名を馳せていた〔十二星座〕に関する史実が記された書物。実際に彼らに関わった事のある人々の話を纏めて書かれている為、信憑性が高いとして好評を得ていたりもする。
 メンバー全員についても記されているそれには、無論《背徳の牡羊座》ウォリック・グランウィルと《背信の蠍座》オルナターレ、そして《抹消の蟹座》エセラ・シャリエといった、ギルドから離反した者達のことも書かれていた。
「あなたが、あのウォリック・グランウィル……」
 驚き顔で見上げてくる少女を見下ろしながら、青年はひたすら嗤う。
『何だ……今代の《ケテル》は、随分と、無知だな。やはり、ルツィーナとは……違うようだな』
 その言に対して少女は、痛いところを突かれて図星だと顔で肯定する訳ではなく、何かに気付いたような表情になった。
「ルツィーナって……やっぱり、《消失の天秤座》?」
 ターヤの言葉にウォリックは何も言わなかった。ただ肯定の意を示す笑みを浮かべているだけだった。
 そこでアクセルも合点がいったようだ。
「なるほどな、通りで聞いた事がある名前だと思ったぜ。つーか、おまえの言い分だと、まるでそいつがターヤの前の『ケテル』みてぇじゃねぇかよ」
 その発言により今度はアクセルに視線が向けられる。
『ほぅ……なかなか、鋭いなぁ』
「つー事は、俺の考えが当たってんだな」
 先程までの表情からは一変、相手同様に余裕を湛えた笑みを浮かべるアクセル。
 そしてターヤは言葉にこそしないものの、脳内で軽く混乱していた。
(わたしと同じ顔の『ルツィーナ』さんって人も『ケテル』で、その人はわたしの前の『ケテル』で……あれ、でもルツィーナさんはわたしと同じ顔で、もしかするとわたしかもしれなくて、でもウォリックは違うって言ってるし……あれ?)
「つーか、そもそもおまえの言う『ケテル』って何なんだよ? 〔十二星座〕の奴だけじゃなくて、ターヤのこともそう呼んだだろ? こいつの正体と何か関係があるんだろ?」
 ターヤが脳内で思考のループを行っているうちに、アクセルが彼女と同じ疑問をウォリックへとぶつけた。どうやら彼も以前から気にはなっていたようだ。
 問われたウォリックはと言えば、わざとらしく考えるポーズを取る。
『正体、か。そうだなぁ、関係がある……のかもなぁ?』
「何だよその答えは! おまえ知らねぇのかよ知ってんのかよどっちなんだよ!」
 一瞬、笑みが消える。
『ふん、あの男に似て、短気な奴だ』
「あの男だぁ?」
 アクセルは不可解とばかりに眉根を寄せるが、ウォリックはすぐに表情を元に戻すと、そこで何かに気付いたと言わんばかりに口角を上げた。細められていた瞳が僅かに開かれ、獲物を捕捉した猛禽類のような眼になる。
 その目付きに、ターヤは背筋を駆け上がる何かを感じた。
『まぁ、まずは……面白いものを、見せてやる』
 そう言うとウォリックは視線だけを頭上へと向けた。
 かけられた言葉に反応した二人の顔もまた、示された場所へと向かって動く。

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アリズ

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