The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十三章 喪う者達へ‐ordeal‐(5)
『よく、来たな』
瞬間、いっせいに明かりが灯って中央の祭壇が顕となる。
そして、そこには一人の人物が腰かけていた。全身の透けた、まるで幽霊のような青年が。
その人物を『ターヤ』は知っている筈も無いのに。
「ウォリック」
他でもない彼女自身の唇が、その名を紡いでいた。
「――はぁっ!」
気迫の籠ったかけ声と共に、鋭い突きが高速で何度も一ヶ所を正確に急襲する。レイピアと腕が見えなくなる程の速度で幾度も放たれるそれは、いかな硬度の防具といえど、いずれは必ず皹が入り壊されると一目で解る攻撃であった。
〈連続する刺突〉――上級細剣技であり、アシュレイの十八番でもある。
しかし、普段ならば彼女の持ち技内ではトップクラスの攻撃力を誇る筈の一点集中攻撃は、今回に限っては少しの傷さえ対象に負わせられていなかった。
「かったいわね……!」
先刻ターヤとアクセルを呑み込んだ壁を相手に、先程から彼女はこの攻撃を繰り返しているのだが、全く成果は得られていないのだ。
「アシュレイ、そろそろ止めた方が良い。この壁に物理攻撃は利かぬようだし、無理に続ければ貴女の腕が危ない」
「そうですね」
エマの忠告に、後ろ髪を引かれながらも彼女は攻撃の手を止めた。
「それにしてもターヤとアクセル以外を拒絶するなんて、これが彼女の言ってた『資格』って事なのかな」
あくまでも気楽そうなのはレオンスただ一人だ。
やはりというか彼の発言にはマンスが頬を膨らました。
「レオのおにーちゃん危機感無さすぎだよー!」
「はは、ごめんな」
「嘘くさ」
一般的に女性からは好評を得ている筈の爽やかな笑みも、アシュレイにしてみれば虚構の仮面にしか思えなかった。故に彼女のレオンスに対する評価は非常に低い。
それを知るレオンスだが、結局は頑なな彼女に苦笑せざるを得なかった。
「君は相変わらず俺が嫌いみたいだな」
「あんたみたいな節操無し、好き好む女の趣味を疑うわ」
取りつく島も無くばっさりと切り捨てられる。
なかなか辛辣な物言いだなと思いつつ、レオンスは否定も肯定もしない。ひどく嫌われている上に冗談の通じなさそうなアシュレイには、踏み込まず一線を引くと決めたからだ。この場は両肩を竦めてみせるだけにして、話題を変える事にした。
「物理攻撃が駄目でも、魔術なら何とかなるのかもしれないな」
「確かに一理あるな。だが、この場に居る全員が攻撃魔術は使用不可能だ。違うか?」
エマが話題に喰い付いてきてくれたおかげでアシュレイから逃れる事に成功したレオンスだったが、今度は疑問が生じていた。
「二人と俺が使えないのは解るけど、マンスールもなのか?」
マンスの戦闘方法を知らないレオンスは視線を動かし、向けられた少年は「違うよ」ときっぱり否定した。
「ぼくは魔術じゃなくて精霊術の使い手なの!」
「精霊術だと?」
途端に険しい色を秘めたレオンスの顔に、マンスはしまったと顔を蒼くした。数年前の事件から忌み嫌われる〔召喚士一族〕もまた精霊術の使い手である為、同じ術を使うだけで疎まれる事も少なくないのだ。エマ達はそのような差別をしなかったので、すっかりとその空気慣れて忘れかけていた。
突如として表情を変えたレオンスを警戒し、自然な動きでエマはマンスを庇う位置に移り、アシュレイは鞘に戻したレイピアに再び手をかけた。
「そうか、おまえは……」
その呟きに、一気に緊張は高まった。
「……?」
だが、いつまで経っても予想していた事態どころか何も起こらない。レオンスは一人で納得したように何事かを呟いているだけだ。
先程感じた緊張感も別種だと気付いたエマとアシュレイは武器から手を離し、マンスは恐る恐るレオンスに声をかけてみる。
「えっと、レオのおにーちゃん?」
その声に、レオンスは呟きを止めて顔をゆっくりと持ち上げた。そこに浮かんでいたのは、さまざまな感情が入り交ざったような顔。
「悪い、ちょっと取り乱した。そうか、マンスも攻撃魔術は使えないんだな」
「う、うん…」
「そうだ、他に道が無いか探してみるか? ダンジョンなら隠し扉の一つくらいありそうだしな」
「あ、ああ」
エマの返答を聞いたのか聞いていないのか、早速レオンスは周囲の探索に行ってしまった。
その後ろ姿をエマとマンスは唖然として見送ってから、互いに顔を見合わせる。
アシュレイはただ一人、その背中を瞬きもせずに睨み付けていた。
『よく、来たな』
空間に入った瞬間に明かりが灯ったかと思えば、眼前の祭壇らしきに場所には一人の青年が腰かけており、アクセルは面には出さずとも警戒態勢に移行した。
「ウォリック」
しかし隣から紡がれた声には思わず視線を動かし、表情を一変させる。
ターヤは、あの焦点の合っていない瞳の前段階のような眼で、眼前の人物を見ていた。
直感的に悪寒が奔り、やばい、と、そう感じた。
「ターヤ! あいつを知ってんのか?」
わざと声を荒らげて肩を掴みながら問うと、そこで彼女は意識を取り戻したようにアクセルを振り向いた。
「えっと……知らない、と思う」
驚いたような状況を理解していないような顔で言われ、アクセルもまた目を点にするしかなかった。あの眼を回避する事はできたが、先程の『ターヤ』が本人ではなかった事に気付いたからだ。
互いに唖然として見合う二人の様子に、青年はくくっと笑いを漏らす。
『嘘を、吐くなよ……ルツィーナ、御前は、知ってる筈だ』
「『ルツィーナ』……」
また、その名前。似ていると何度も言われるくらい、同じ顔をしているらしい人物。
答えなくなった少女を少しの間無言で眺めてから、何かに気付いたように青年は再び不敵な表情に戻る。
『あぁ、そうか。御前は、あいつとは、違うんだなぁ』
一人で納得したようにターヤとアクセルには理解できない呟きを零してから、青年はようやく本題を切り出した。
『それで、御前達は……秘宝を求めて、来たんだろ?』
「そんな事訊くっつー事は、おまえが『秘宝の守り人』って奴かよ」
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