The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十三章 喪う者達へ‐ordeal‐(4)
そんな彼女を横目に見ながら、アクセルは両手を後頭部で組む。
「あいつは頑丈だし、エマやレオンの奴も居んだから大丈夫だ。それはターヤもよく知ってんだろ? 寧ろ俺はおまえの方が心配だっての。さっきみてぇにトラップに引っかかるかもしんねぇし、何よりおまえと二人ってのがなぁ」
前半の頼れる『兄』から一転、わざとらしく溜め息を吐いてくるアクセルを、ターヤはむっとして睨み付けた。彼の言いたい事は理解できる。できる事にはできるのだが、素直には受け入れられないのだ。
「俺とおまえだけの状態で、採掘所の時みてぇにボスとか出てきたらどうするんだよ。あの時はスラヴィが居たから良かったけどよぉ、おまえ、俺のサポートはできても自分の身を護るのは難しいだろ?」
ぐ、と今度こそ言葉に詰まる。まさしく彼の言う通りだった。
ターヤは仲間の支援と回復においては一行随一だが、自衛となるといささか欠ける。特に相手がボス級モンスターとなれば〈初級防御魔術〉では攻撃を防ぎきれない訳で、かといって中級や上級では詠唱に時間がかかるのだ。
採掘所の時はスラヴィの〈結界〉に護られたからこそ助かったのだが、今回はそうもいかない。アクセルに魔術は使えないし、そもそも彼は前衛としての仕事に集中しなければならない。
唇を噛み締める少女を見下ろして、青年は大きく息を一つ吐いた。
「わりぃ、言い過ぎた。けど、俺は本当の事しか言ってねぇからな」
「うん、解ってる。だから、せめて『秘宝の守り人』って人に会う前に、みんなと合流できると良いな」
えへへ、と苦笑いをすると、彼もまた呆れたように笑った。
「他人本位は良くねぇぜ?」
「でも、今のパーティ編成だと困るのはアクセルだよね?」
「なかなか言うよーになったじゃねぇかよ」
「いっつもアクセルの意地悪に付き合わされてるから。知ってる、アクセル? 女の子って、結構強かなんだよ?」
拗ねるように頬を膨らませつつ挑戦的な物言いをしてくるターヤに、アクセルは今度はけたけたと豪快に笑う。
「だな! おまえも最初の時とは変わったよなぁ」
「でしょ?」
意識せずに声が上ずる。少しばかり期待していた言葉だからだろう。
しかし、すぐに眼前の青年が浮かべていた笑みは意地の悪いものへと変化した。
「戦闘の方はまっだまだだけどな」
「うっ……!」
ターヤとしては言い返したいところなのだが、生憎と図星且つ事実なので反論の言葉が何一つ思い浮かばない。それでも言われっぱなしは嫌なのでそのまま考えていると、頭に手が置かれた。
「わりぃわりぃ、言いすぎた。とっととあいつらと合流しよーぜ」
ターヤが見上げた先でアクセル笑いながらそう言うと、驚き顔で目を瞬かせるターヤから視線を暗闇の方へと動かし、先頭を切って道が続く方向に向かって歩いていく。
その後を、はっとなったターヤも小走りで追いかけた。
「ねぇアクセル、こっちってわたし達が来たのとは反対じゃないの?」
「けど、あっちは壁だっただろ?」
またも言葉に詰まる。
彼の言う通り、二人が通り抜けてきたと思しき場所は壁だった。まさかあそこを通り抜けたとは信じたくないが、多分そうなのだろう。そして、再びそこを通れるとはアクセルも思ってはいなかったようだ。
「なら回り道した方が絶対ぇはえぇっての。あいつらもそう思って他の道を探してんじゃね?」
二人が歩を進める度、通路の両側に明かりが灯っていく。
「でも、さっきの道って一方通行じゃなかった?」
「こーゆーダンジョンにはな、何かしら別の道があるんだよ。まぁ、ここはかの有名なペルデレ迷宮だからどうかは解んねぇけどな」
「それって大丈夫なの?」
途端に不安になるターヤであった。
だが、反対にあくまでもアクセルは焦る様子も見せない。
「大丈夫だろ。あの《情報屋》が俺らなら大丈夫だって言ってたんだからよ」
「アクセル、あの人のこと信頼してるの?」
ここに来るまでの道のりではあまり良いイメージを抱くどころか、寧ろ逆の状態になっていたような気がするターヤだった。
案の定、アクセルがむっと不機嫌そうな表情になる。
「違ぇよ。あいつの《情報屋》としての腕を信用しただけだ。あんな胡散くせぇ奴、誰が信頼するかっての」
ちなみにアクセルがそう言った時、少し離れた場所で『ただ一人の彼女を信用する人物』がタイミング良く小さなくしゃみをした事には誰も気付かなかった。
アクセルの不機嫌さは照れ隠しの延長線上などの易しいものではなかったので、これはまずいと直感したターヤは慌てて話題の転換を図る。
「と、ところで秘宝ってどんな物なんだろうね? 宝石とかいかにもって感じの物なのかな、それとも何かの力みたいな目に見えないものなのかな?」
「そう言や《情報屋》の奴、どんなものかは言ってなかったな」
先程までの表情をけろりと忘れたように変え、アクセルは後頭部で手を組んだ。
その横でターヤは密かに安堵の息を吐く。
「普通は宝石とか財宝とか何らかの力がある物だって考えるけどよ、実は一見到底『秘宝』なんぞには見えない物とかかもな」
「一見『秘宝』には見えない物……」
例えば何があるだろうか、とターヤは歩きながら考えてみる。花、これはありえそうだ。武器、これもありえそう。防具、先に然り。装飾品、ありえる。魔術、十分可能性はある。
(意外と思い付かないや)
うーん、と更に考え続けながら歩く。無論、意識を一方向に向ければ現実での行動が疎かになるのは当然の事で。
「――はむっ」
ぼすん、とターヤは正面にあった何かにぶつかった。だが、思ったより痛くなかった。
「おまえなぁ、さっきの忠告もう忘れたのかよ?」
顔を離して見上げれば、やはりと言うか当然の如くアクセルがターヤを呆れ顔で見下ろしていた。
「モンスターが出てこねぇとはいえ、ここはダンジョンなんだぜ。もうちっと緊張感を持てよな」
「ごめんなさい」
後半はアクセルに言えた台詞ではないと思ったのだが、その台詞は寸でのところで飲み込んで素直に謝った。総合的に考えれば非があるのは自分の方だ。
もう少し何かしら言われるかと思っていたターヤだったが、アクセルはそれ以上は何も言わずに顔ごと視線を未知の先へと向ける。
「まぁ良いか。見ろよ、どっかに出るっぽいぜ」
彼が指差した先には、薄ぼんやりと開けた空間が見えた。薄暗く中に何があるのかは解らないが、良い予感はしなかった。
「エマ達と合流できる、って感じじゃないよね」
「この流れだと『守り人』とやらに会うんじゃね?」
特に何も感じていないような顔であっけらかんと言い、アクセルはターヤを待たずに進んでいく。
その後を追いながら、彼女は思わず呟いた。
「大丈夫かなぁ」
「ま、何とかなるんじゃね」
不安そうな少女とは対照的に、青年は呑気なものである。
それを少しばかり恨めしく思いつつもターヤはアクセルの後に続き、謎の空間へと足を踏み入れた。