top of page

十三章 喪う者達へ‐ordeal‐(3)

(それもそれで、変な話だとは思うけど)
 ターヤと同じように皆も感じてはいるのだろうが、このようにはぐらかされるしかないと気付けば、それ以上の追及を行う者も居なかった。何度尋ねたところで、レオンスは事実を口にする気は無いのだろう。
「それにしても、ここってどこまで続いている訳? 歩き始めてから結構経ったと思うけど」
 アシュレイに視線を向けられたレオンスは、その意図を読み取って苦笑した。
「俺は何も知らないよ。彼女は俺と同じだけの信頼を返してくれる事は無いし、それに俺もここは初めてだからな」
 途端、アシュレイは何かを察したように同情的な表情を浮かべる。
「一歩通行ね」
 事情をよく理解した上で嫌がらせの如き顔を取る少女に、どうも徹底的に嫌われてしまったようだ、と青年はひたすら苦笑いを継続させるしかなかった。
 ところで、全く理解まで及ばないアクセルはと言えば、二人の間に流れた暗黙の了解に眉根を寄せる。
「おまえら、いったい何の話を――」
「アクセル、前!」
 だが、振り向いて問うた瞬間に警告され、慌てて素早く振り返ったものの、やはりと言うかターヤが懸念した通り、彼は行き止まりとなっていた正面の壁に顔を激突させた。うぎゃっ、との声が上がり、それを目の当たりにした大多数が呆れを隠せない。
「ってててて……」
「自業自得だな」
「そうね」
「ばっかみたい」
 主に一番手酷くぶつけた鼻を押さえながら後退した彼にかけられたのは、無論心配などではない。ターヤは心配と呆れが半分ずつだったが、レオンスは失笑し、そして残り三人の反応は相も変わらず冷たかった。
 言い返したいところではあるが、確かに皆の言う通りなので反論は飲み込んだものの、その代わりとばかりに彼らを睨み付けたアクセルである。
 そんな光景に結局ターヤもまたレオンス同様になり、そこで何となく視線を動かして、
(あ)
 アクセルが衝突した壁に、何かの紋章と言葉が描かれていた事に気付いた。よくよく目を凝らさなければ解らないが、一度認識してしまえば引き込まれてしまうような、それ。
(何だろ、これ)
 無意識のうちに手が伸びて、そこに触れる。
(これって、古代セインティア語かな?)
 普段本などで目にする言語とは違い、複雑なその言葉。ミスティア語でもルーン文字でもないのならば、あとは古代セインティア語しかないだろう。ただ本能のままに触れていたターヤが、その文字を読める事と紋章に既視感を覚えていた事に気付くのに、そう時間はかからなかった。
(わたしは、これを知ってる?)
 意識せずとも、模様と言葉をなぞるように指が動く。覚えが無い筈の模様を、しかし『ターヤ』は知っていた。そして、その模様と言葉が意味するものをも。
「『ケテルよ、この先へと進まん』?」
 何とか読めたと思った瞬間、
「えっ!?」
 眼前の紋章が輝き始めた。
 驚いて反射的に後ずさろうとしてアクセルにぶつかり、しかし彼の方は振り向けなかった。両腕が、眼前の壁から伸びた光に掴まれていたからである。
「な、何これっ!?」
 思わず悲鳴を上げたターヤの声で、文句を言おうと振り返ったアクセルも状況を悟り、驚きにその顔を染めた。その後ろでは残りの面々も同様の反応を取っている。

「――ぅえっ!?」
 何とか謎の光から逃れようと抗っていたターヤだったが、急に両腕を強く惹かれ、体勢が前のめりになる。こうなると元々非力な彼女は引っ張る力に屈するしかなく、その体制のまま身体が浮き上がる。
「えぇっ――!?」
 このままだと壁にぶつかる、と生理的に両目が閉ざされるが、身体に何かが巻き付いてきて引き戻されたと思えば、引っ張られてはいるものの浮遊感は無くなった。
「あっぶねぇなぁ、何だよこれ、トラップか?」
「え……?」
 耳元で聞こえてきた声に視線を動かすと、そこには見慣れた顔があった。
「アクセル?」
「おぅよ」
 どうやらアクセルがターヤを後ろから抱きかかえて引き留めてくれているらしく、流石に安定感のある彼のおかげか、今のところ連れていかれることは無いようだった。
「あ、ありがとう」
「全くだぜ。俺よりもターヤの方が危ない目に遭ってんじゃねーかよ」
 後半の皆に言い聞かせるような言葉には少々むっとしたものの、実際のところ図星なので何も言い返せない。
 そこに複数の足音が近寄ってきて、皆が来てくれたのだとターヤには解った。
「二人とも、大丈夫か?」
「何やってんのよ、あんたは」
「けど、流石にアクセルの反応は素早いな」
「赤のくせにー」
 エマは心配そうに、アシュレイは彼女に呆れながら、レオンスは称賛の声をかけ、そしてマンスは若干不満そうだった。
「にしても、何なのよ、この変な光――」
 謎の光を調べるべくアシュレイが近付いた瞬間、
「――っ!」
 それはいっそう強く光り輝いたかと思えば、彼女を拒絶するかのように弾き飛ばしていた。そして同時に先程までの比ではない強さの力で引かれた為、アシュレイを振り向く事もままならず、ターヤと彼女を引き留めようと踏ん張っていたアクセルもまた、壁へと向かって引っ張られる。
(ぶつかる――!)
 壁が眼前に迫って反射的に視界が閉ざされた時、ターヤはエマの声を聴いた気がした。
「っ……!」
 襲いくる衝撃に備え、更に強く瞼を閉ざし――たのだが、何かを通り抜けたと思った瞬間、急に身体が浮き上がって両腕から重みが消え、そして結局はそのまま落下した。
「よっと」
 かと思いきや、アクセルが受け身を取るように着地してくれたので、彼に抱えられていたターヤにも衝撃や痛みは襲ってこなかった。あまり高所から落ちなかったのも幸いしたのだろうか、と状況を思い返してみながら地面に下ろしてもらう。
「ありがとう、アクセル」
「ま、俺にかかればこんなもんだな」
 へへ、と自慢げに鼻を擦ってから、彼は即座に真剣な顔付きになる。仲間と引き離された上、他にどのような仕掛けがあるかも解らない為、警戒しているのだろう。
「それにしても、噂は本当だったんだな。多分魔術だろうけど、さっきみてーな感じで一緒に居た奴と離されるみてーだし」
「アシュレイ達、大丈夫かな」
 ターヤの脳裏に、光に拒絶されたアシュレイの姿が浮かぶ。後ろを振り返っても、やはりそこには壁しかなかった。

ページ下部
bottom of page