The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十三章 喪う者達へ‐ordeal‐(2)
「そうだ、まだターヤに教えていなかったな」
「どーりでターヤの奴がぼけっとしてる訳だせ」
自身の過失だと言わんばかりのエマにはそうではないと言いたかったが、アクセルに対しては物申したい気分である。
そんな彼らには取り合わず、彼女は説明を始めた。
「ターヤさんが御訊きしたいのは、先程のようにペルデレ迷宮が《旅人》にさえ忌避される理由でしょうか?」
「うん、どうしてなのかなって思って」
了解しました、と《情報屋》が頷く。
「その原因は、かのダンジョンの特質にあります。元々ペルデレ迷宮とは世界樹の民により直接管理されている場所であり、本来の役目を終えた現在でもそれは変わりません。従って『聖なる地』たるペルデレ迷宮には資格無き者の侵入を拒む為の仕掛けが施されており、資格無き者は内部には入れても、殆どの場合は一人にされて試練を受けさせられます。しかし、その『試練』自体が本人の心的外傷を抉るものである為、即座に地上へと返されるようになっています。それが今日の『大切なものを一つ失くす』『暗闇の中、同行者と離されて一人にされる』『帰ってこれなかった者は居ないが、皆トラウマになる』などという噂に繋がっている訳です」
誰も知らなかった情報を途切れる事無く説明するその姿は、彼女が《情報屋》である事の証明だと言えよう。そして話はまだ続いていた。
「資格を御持ちの方でしたら、難無く深奥まで辿り着けます。そこには『秘宝』を祀った祭壇があるそうなのですが、やはりここにも『守り人』がいらっしゃるそうで、その人物に認められれば『秘宝』は入手できるそうです」
「それって、あたし達の誰にもその資格とやらが無かったらどうするのよ?」
アシュレイの指摘は尤もだろう。確かに《情報屋》の言う『資格』を一行の中で持っている者が居なければ話にもならないし、例え誰かが持っていたとしても、それ以外のメンバーは心的外傷を抉られるというのだから、これは非常に危険な話である。
無論、エマは即座に話を取り下げた場合の道を模索し始めた。
(みすみす皆を危険な目に合わせる事はできない。だが、その場合、私の求める情報自体も収取は益々困難になる。それでも、これは危険な賭けだとしか思えないが……しかし)
視線は、少女へと。
「それでしたら、問題はありません。皆さんならば大丈夫でしょう」
まるで見透かされたかのようなタイミングで発された言葉に、エマは思わず目を見開いた。
くすり。彼女が視線だけを彼に向けて笑う。
「それとも、私の言葉は信用に値しませんか?」
反論が一つも上がらなかった事へと彼女は満足げに頷くと、話を再開する。
「では、一度確認をさせていただきます。私は理由があって『秘宝』を必要としているのですが、残念ながらペルデレ迷宮には足を踏み入れる事さえ叶いません。それ故、資格を御持ちの皆さんに『秘宝』を入手していただきたいと思います。それと引き換えに、私は情報を御教えしましょう。それで宜しいでしょうか?」
今度も否定的な声は何一つ上がらなかった。
「御承諾いただき、ありがとうございます。それでは、参りましょうか。宜しく御願いいたしますね、皆さん」
そう言って微笑み一礼すると、彼女はレオンスと共に一行を先導し始めたので、未だ渋る面子も仕方無しについていく事となる。
ちなみに道中、主にアクセルが暇潰しなのか《情報屋》に何度か質問をしていた。彼なりに彼女の正体や力量を推し量ろうとしたらしい。
だが、意外にも彼女はくえないようで、なぜこの場所に居たのかと問われれば、偶然通りかかったからだと答え、どうして出会った時に《情報屋》だと名乗らなかったのかと言われれば、訊かれなかったからだと答え、いいかげん名前を名乗れと突っ込まれれば、名乗らない方がミステリアスだろうからまだ止めておくと答えた。ちなみに最後の答えには、案の定アクセルが怒りを顕にした。それを宥めたのはエマとレオンで、アシュレイは呆れ顔を浮かべ、《情報屋》は微笑んでいた。
そのような経緯の末に、一行は現在、これ以上は進めないと言う《情報屋》を大木の傍に残し、彼女の言う『秘宝』を求めてペルデレ迷宮前に辿り着き、そして冒頭のやり取りを経て足を踏み入ようとしていたのだった。
「行くぞ、ターヤ」
「う、うん!」
先頭を任された二人はと言えば、互いを緊張の面持ちで見て、確かめるように頷き合った。クンストに向かう際、どこかマンスとターヤが手を繋いでいる事を小馬鹿にしていた節のあるアクセルだったが、今はそんな事など忘れたのかターヤと手を握り締め合っていた。
その様子を後ろから見ている面々は、奇しくも先日の彼と同じような心境である。
「「せーの!」」
余程怖いのか、二人同時にかけ声を上げて一歩を踏み出して、
「わっ!?」
「うぉっ!?」
ターヤとアクセルが黒一色の中に入った瞬間、一瞬にして火が灯った。それらは通路の両端に等間隔に並んだランタンの中で、小さく仄かではあるものの光源となり、奥へと直線に続く通路を歩く事は可能にしている。
そして皆はと言えば、ようやく《情報屋》の発言を信用できるようになっていた。
「わ、凄い……」
「ほんとに大丈夫だったな」
「あのおねーちゃんの言う事、本当だったんだねー」
「だろ、彼女の言う事はいつも正しいんだよ」
どこか得意げながらもそれを鼻にかける事は無く、ただ優しく微笑むレオンスの姿に、アシュレイが眉根を寄せた。
「けど、どうしてこの二人なのか、その理由は言わなかったじゃない。それに、一歩でも足を踏み入れれば火が灯るだけの可能性も捨てきれないわ」
あくまでも彼女は現実的に、否定的に自論を展開する。
取りつく島も無いアシュレイには、レオンスが困ったように笑う。
「君は本当に疑い深いな」
「悪いけど、これがあたしの本質だから」
言葉ではそう言いながら、けれど本心では全くそうは思っていないようで、エマは一人苦笑せざるを得ない。
「明かりも点いたんだし、とっとと行って終わらせよーぜ」
手を離して振り返ったアクセルの言葉には皆が賛同し、彼を先頭にして一行は進み出した。
そしてターヤはと言えば、モンスターが現れた時の為に彼の一歩後ろを行く事となったのだが、皆の予想に反して幾ら進めどモンスターは一匹も姿を現さなかった。
「ぜんぜんモンスター出てこないね」
ぽつりと零されたマンスの呟きは、皆の心情を表していた。
「だが、《情報屋》は最奥には『秘宝の守り人』が居ると言っていた。それがどのようなモンスターなのかは知らないが、相当強い相手なのだろう」
「いや、その番人はモンスターじゃなくて人だな」
エマの言を否定したレオンに視線が集中する。
「どうしてそう言い切れる訳?」
「彼女はその番人を『人物』だと言っていたからな、少なくともモンスターはありえないよ」
「おまえって、そんなに《情報屋》が好きなのかよ?」
アシュレイ同様に呆れ顔を浮かべるアクセルの反応は変ではないのだが、その言葉は明らかに飛躍しすぎだろう、と彼ら以外の面々は思った。
その事はアクセルも察しているようで、後から付け足す。
「さっきからあいつの言葉は全部否定しねぇし、細かいところまで聞いてるだろ」
「確かにそうだな。けど、それだけで好きだと考えるのはいささか性急すぎないか? 俺はただ、彼女の言葉の端々に隠れてる情報も聴き逃したくないだけだよ」