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十三章 喪う者達へ‐ordeal‐(1)

「暗ぇな」
 長い階段を下りた先にあったペルデレ迷宮の前にて、眼前に佇む黒い入り口を目にしたアクセルは、開口一番そう言った。
「暗いわね」
「真っ暗だねー」
 それは皆も同意見で、彼の後ろから顔を覗かせたアシュレイとマンスも頷く。
 かのダンジョン内は一寸先まで闇に覆われており、それは一人分の大きさの入り口が黒い丸にしか見えない事から解る。何も準備が無ければ、一歩進むだけでも不安と混乱を招くであろう事は簡単に予想できた。
 この光景を見たターヤは、心の奥底で帰りたいという思いが強くなるのを感じた。
「これ、本当に入っても大丈夫なのかな?」
 ダンジョンという事は、内部にはモンスターが少なからず巣食っているだろうし、何かしらのトラップや仕掛けもあるに違いない。しかし足元も見えないようでは、もしも低レベルモンスターと簡単な仕掛けしか出てこなかったとしても、てこずる事は目に見えていた。
 彼女の弱気な発言を、隣に居たレオンスは茶化す事も咎める事もしなかった。
「さあな。けど、彼女は人命を危険に晒すような人ではないよ」
 彼の言葉には、耳聡くアシュレイが反応する。
「これを見てそんなことが言えるなんて、あんた矛盾してるわ。だいたい、何で《情報屋》がここに入れないかは置いとくとして、行かせるのなら何かしらの光源くらいくれても良いんじゃない? こんなに暗いと〈ハマの灯〉は役に立たないだろうし。あたし達なら大丈夫とか言ってたけど、全然大丈夫じゃないじゃない」
「いや、それが大丈夫なんだよ」
 しかしレオンスはあっけらかんとした口調で即答した為、皆が挙って彼を見た。特にマンスが期待の色を浮かべた瞳で見上げている。
「ってことは、レオのおにーちゃん、何か灯になるような物でも持ってるの?」
「いや、俺は何も持っていないよ」
「では、何を根拠にそのような事が言えるのだ?」
 訝しげなエマの問いにすぐには答えず、矛盾してるわ、と睨み付けてきたアシュレイの眼から顔を背け、レオンスはターヤとアクセルに視線を向ける。なぜそちらを見るのかと不思議そうな表情をする皆に返された答えは、何とも抽象的なものだった。
「ターヤとアクセルを先頭にすれば大丈夫だと、彼女が言ってたからな」
 勿論、ターヤは大きく目を見開いて何度も瞬かせ、反対にアクセルはこれでもかと言うくらい目を細める。そこから二人が非常に驚いている事が窺えた。
 だがそれも当然の事だろう。完全な暗闇に包まれた場所に入る為に必要とされるのが、特別な道具ではなく特定の人物なのだから。
 ますます意味が解らない、と言いたげにアシュレイが顔を顰めた。
「あの女が《情報屋》だという事を疑うつもりはないけど、本当にターヤとこいつが居れば大丈夫なの?」
 前者に関しては、あの少女が持つ特有の雰囲気並びに、先刻披露された情報がそう思わせてしまう、という理由からである。彼女が《情報屋》だとの確証がある訳ではないが、採掘所での出来事を知ったアシュレイにも疑う余地など無かったのだ。
 とはいえ、後者に関しては早々に信じられる筈も無い。道具ではなく『人』をキーアイテムとするダンジョンなど、常識的に考えても滑稽無灯だとしか思えない。
「つーか、ここって中に入ると一緒に居た奴と離されちまうそーじゃねぇか。んなとこ、本当に入っても大丈夫なのかよ?」
 同感だとでも言いたげにアクセルが黒い穴を指で示すが、レオンスは彼女が待つ地上を見上げて、同じ内容をなぞるだけだった。
「彼女は、ターヤとおまえが居れば大丈夫だと言っていたんだ。だから、その通りなんだよ」
 微塵も《情報屋》を疑っていないレオンスに、これ以上何か言っても無駄だと思ったのか、アクセルは頭を掻くだけだった。

 その代わりか、アシュレイが呆れたように言う。
「あんたって、本当に《情報屋》の言うことは疑わないのね」
「ああ、俺は彼女を信じているからな」
 含みも何も無い素で返すと、レオンスは皆を――主にターヤとアクセルを振り返った。
「さて、そろそろ行くとしようか」


 さて、なぜ一行がこのように人々から忌避されるダンジョンに入ろうとしているのかと言えば、それは《情報屋》の発言が原因であった。
「勿論、貴女方の望まれる情報は差し上げましょう」
 ですが、と。
「その代わり、皆さんには相応の対価を入手していただきます」
 にこりと微笑みながら、そう告げてきた《情報屋》に、一行の緊張が高まる。噂に聞く限りでは、彼女の要求する『対価』は不規則であり、簡単に渡せる物もあれば、その個人にとって大切な物や入手が困難な物もあるそうだ。
「了承した。して、その対価とは?」
 エマとしては彼女に会う事を主張した手前、自分にできる限りの事はするつもりだったが、やはり緊張は拭えない。
 そして彼の心境を見抜いているかのように、彼女は微笑んだ。
「ところで、皆さんはペルデレ迷宮と呼ばれるダンジョンを御存知でしょうか?」
「ああ、実際に行った事は無いが、存じてはいる」
 肯定したエマに頷き返し、彼女は確認をもう一つ。
「では、かのダンジョンがこのすぐ近くにある事も御存じでしょうか?」
「確かあそこだろ、あの下」
 そう言ってアクセルが指差したのは、現在地から数百メートル程離れた場所に聳え立つ、幹だけの大木だった。
「え、あんなところにあるの?」
 驚いたようにマンスが《情報屋》を見る。ターヤも彼と同じ心境だ。
「はい。あちらの大木の中には地下へと続く階段がありまして、そこを降りればペルデレ迷宮へと繋がっております」
「おまえ、まさか俺達にそこに行ってこいって言うんじゃねぇよな?」
 何かを察したようなアクセルの言葉には、ターヤとレオンス以外の面々が驚き顔を見せた。できれば否定してくれというか頼むから否定してくれ、とそこには大きく書かれている。
 しかし《情報屋》は笑みを絶やさなかった。
「はい、皆さんには情報の対価として、ペルデレ迷宮の深奥に祀られている『秘宝』を入手していただきます」
「やっぱりかよ!」
 やはりアクセルの突っ込みが炸裂した。
 えー、とでも言いたげな顔をしたマンスに、困ったように思案するエマ、そして隠す事無く思いきり表情を顰めているアシュレイの姿も見られる。
(何で、みんなあんなに嫌がってるんだろ?)
 まずペルデレ迷宮がダンジョンだという事しか知らないターヤには、皆がそこを忌避する理由が解らない。対価となるのは『秘宝』だと言うから、採掘所の時のように宝の番人が居るのかもしれないが、それともまた理由は違うように思えた。
「あの」
「はい、何でしょうか、ターヤさん?」
 結局は気になって手を上げれば、エマではなく《情報屋》が応じてくれた。
「ペルデレ迷宮って、どんな所なの?」
 瞬間、こちらに向けられた全員分の目に、思わず彼女は後ずさる。

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