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十三章 喪う者達へ‐ordeal‐(15)

「そういう事ではないのだが」
「冗談だって、知ってるっての」
 呆れ顔を向けたエマに対し、アクセルはすぐに緩めていた表情を元に戻して言った。それから後頭部で腕を組むと、更に壁に寄り掛かる。
 そんな彼に溜め息を吐いてから、エマはユルヨ=ユハニに向き直った。
「ところで、ユルヨ=ユハニさん」
「あ、ユルハで良いデス。ワタシの名前、呼びにくいデショウ?」
「では、御言葉に甘えさせてもらおう。ユルハさん、貴方に頼みたい事があるのだが、宜しいだろうか?」
「ワタシにできる範囲のコトでしたら、大丈夫デスヨ。皆サンには助けてもらった借りがありますからネ」
 胸部を片方の拳で軽く叩いたユルハに、ターヤはほっと息を吐いた。とりあえず第二関門は突破したようだ。
 彼女の隣では、エマもまた少しの安堵を覚えていた。
(だが、彼が知っているとは限らない。ここでどう転ぶかだな)
「それはありがたい。では早速だが、ユルハさんは霊峰ポッセドゥートという場所を御存知ないだろうか?」
 ゆっくりと聞き取りやすいように言葉を紡ぎ、エマは相手の反応を待つ。自分自身に大きく関わる事ではないというのに、どうしてか緊張を覚えた。
「れいほう、ぽっせどぅーと……デスカ?」
 しかし返ってきた応えは、聞き慣れないとでも言わんばかりの声だった。どう考えても知っているとは思えなかった。
 途端に皆から残念そうな声が上がり、ユルハが驚いて室内を見回す。
(駄目だった、か)
 エマもまた同様の表情を浮かべていたが、ふと何気無く横目で隣に座る少女を見ると、彼女は残念そうというよりは申し訳なさそうな顔でユルハを見ていた。思わず、驚き顔になる。
 そのユルハはといえば、事情を知らないので、一行の様子に失言をしたのかと困り顔になっている始末だった。
「え、えっと……ワタシ、何か変なコトを言いましたか?」
「あっ、いえ! すみません、大丈夫です、こっちの問題なので!」
 慌ててターヤが手振りを交えてフォローし、ユルハの気を逸らそうとする。
「え、えっと、じゃあ、その、霊峰について知ってる人とかって知りませんか?」
「えっと、その前に、話の腰を折るようでスミマセンが、その『れいほう』に皆サンは用があるんデスカ?」
 確認の為なのか問うてきたユルハには、床に付かない両足を前後に振りながらマンスが答えた。
「うん、そこに行きたいんだ。でも、場所を知らないから行けないんだよ」
「それは大変デスネ。ですが、ワタシはその『れいほう』という場所を知らないので、力にはなれな――」
「いや、気にしな……ユルハさん?」
 反射的に応えかけて、ユルハの声が不自然に途切れた事に気付いたエマは訝しげに彼を見つめる。どうしたのかと問いかけるも返事は無く、彼は他のメンバーを見るが、皆も驚き困っているようだった。
 ユルハはしばらく同じ体勢で固まっていたが、唐突に何かに気付いたように顔を上げて上半身を机上に乗り出してきた。その両目が輝いているように見えたのは、きっとこの場に居る全員が感じた事だろう。
 それに驚いた皆同様、エマも思わず身体を気持ち後方に下げてしまうが、ユルハは全く気にしていないようだった。
「いえ! 力になれると思いマス!」
「「!」」
「それは本当なのか?」
 その言葉に皆は姿勢を元に戻し、逆にエマは少々前のめりになった。

「はい、ワタシは知りませんが、知り合いにそのような研究をしている人が居るんデス」
 そう言いながら彼は机の端に置いてあった紙とペンを手に取り、紙面に何かを書いた。それから、その紙をエマに差し出す。
「今から連絡するので時間はかかると思いますが、ソコで待っててください。彼ならば何かを知っていると思いマス」
 渡された紙に書かれている内容を見ようと、壁に寄りかかっていた面々もエマの周囲に集まる。
「こっからだと見えねぇなぁ」
「ちょっと! 何であんたはあたしの頭に腕乗せてんのよ! 重いし邪魔!」
「そう怒るなよ、アシュレイ。こっちに来るか? 見やすいと思うよ」
「レオン、紳士だね」
「レオのおにーちゃんやさしー。それに比べて赤は……ねぇ?」
「『ねぇ?』――とある少年の言葉」
「何だよその目はその間は!? つーかスラヴィまで便乗してんじゃねー!」
「だから重いって言ってるんでしょうが! あと、悪いけどできるだけあんたとは距離を取っておきたいから断るわ」
「やっぱり、俺はアシュレイに嫌われてるみたいだな」
「大丈夫だよ、レオン。アシュレイは『つんでれ』だから、きっといつか『でれ』るよ!」
「いーたーいー。赤おうぼー!」
「『おうぼー!』――とある少年の言葉」
 背後と横でさまざまな声が飛び交い、エマは何だか息を吐きたくなった。
 そんな様子の一行を、ユルハはまるで我が子を見守るかのような微笑ましい顔で眺めている。
「御前達、頼むから静かにしてくれ」
「あ、すみません、エマ様!」
「ご、ごめんなさい」
「やーい、怒られてやんのー」
「うっわ、赤ないわー」
「『ないわー』――とある少年の言葉」
「はは、さっきからスラヴィはマンスールの真似ばかりだな」
 エマの言葉で一応ようやく取り留めの無い会話も収束し、静かになったところで皆の視線が彼の手の中にある紙へと集中する。
 その紙面には簡素ながらも解りやすい地図が記されており、ある位置には黒く振り潰された大きな黒丸が描いてあった。
「これは……」
「ココ[首都ハウプトシュタット]と[ゼルトナー闘技場]を結ぶ[傭兵街道]から、少し外れた場所にある[忘れられた茶屋]デス。ソコなら人通りも少ないので、人間違いはしないでしょうし、待ち合わせにもちょうど良いと思いマス」
「そこに行けば良いのだな?」
「はい、そこに……そうデスネ、百八十センチくらいのマントの人を行かせるので、その人に話を訊いてください」
「了解した。礼を言う、ユルハさん」
 そう言ってエマが一礼した為、ターヤも慌ててそれに倣った。
「あ、ありがとうございます!」
 皆も次々と彼に礼を述べていく。
 それを嬉しそうに受け取りながら、最後にユルハは微笑んだ。
「いえ、助けてもらったお礼なので気にしないでください。では、また何かあったら寄ってくださいネ」

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