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十三章 喪う者達へ‐ordeal‐(14)

 その瞬間、彼女は図星を突かれたような顔になる。
「あると言えば、あるけど……でも、本当に名前しか聞いた事がないのよ」
「何だ、おまえも使えねーじゃねぇかよ」
 鼻で笑うアクセルに、ますますアシュレイの頬が赤くなる。
「う、煩いわね! だったらあんたはどうだってのよ!」
「俺が知ってる訳無ぇだろ!」
「威張るな!」
「そこまでだ、二人とも」
 なぜか口喧嘩まで発展した二人だったが、エマが間に割って入る事で一応は収束した。
 そこで、それまで何も言わずに皆の様子を見ていたマンスが、恐る恐る手を上げた。
「あのさ」
「どうした、マンス?」
「えっと、ダンジョンに入る前に出会った記者のおじさん、覚えてる?」
「確か〔自動筆記〕のユルヨ=ユハニさんといったか」
「うん、エマのおにーちゃんよく覚えてるねー。えっと、それでね、あのおじさんは記者で、いろんな所に行ってるから、もしかしたらその『れいほー』のことも知ってるんじゃないかなって思ったの」
 ちょっぴり自信無さ気に言うマンスに微笑むと、エマは彼の頭を撫でた。
「なるほど、確かに一理あるな。ありがとう、マンス。早速当たってみよう」
「えへへ、さすがぼくでしょー」
 途端に、えっへん、と得意げに胸を張ってみせたマンスの頭を、今度はレオンスが撫でる。
「あの記者、お礼がしたいから本社まで来てくださいとも言っていたしな。お手柄だな、マンスール」
「えへへ、もっと褒めても良いんだよー」
 更に上機嫌になったマンスを見て、はぁ、とアクセルは溜め息を一つ。
「けどよぉ、自動筆記の本社って事は首都だろ? 動きづらくねぇか?」
「それもそうね」
 彼の言葉にはアシュレイが渋い顔で賛同する。
 同時にレオンスからも笑みが薄まった。
「確かにそうだな。特にアシュレイと俺は動きにくい」
「あんたと同じってのは癪だけど、そうでしょう? 首都はあたし達〔軍〕の本拠地でもあるけど、その分〔騎士団〕の奴らと会う確率も高いし、あたしもできれば今は〔軍〕にも顔を出したくないしね」
 苦々しげな顔をしたアシュレイに何かを感じたターヤだったが、それ以前にこれは自分の問題でもあるのだと思い出し、慌てて止めようとする。
「で、でも……!」
「やっぱり、他の方法じゃないとだめ?」
 マンスもまた、自分の意見が良くない方向に傾きそうな事に危機感を覚えていた。
 エマはそんな二人を見てから、次に否定派ではないものの肯定派ともいえない三人に視線を移し、そして最後に未だ立場を示していない一人を見た。
「スラヴィはどう思うのだ?」
 そこで皆は、スラヴィが今の今まで全く言葉を発していなかった事に気付いた。
「あいつ、何かどんどん空気化してねぇか?」
 アクセルの小さな呟きは本人の耳に届いていたが、何を思ったのかスラヴィは聞かなかった振りをした。代わりに少し考えているような間を置いてから、口を開く。
「『進む為には少しくらいの危険は冒すべきだと思うねー』――とある少年の言葉」
「なるほど、スラヴィは行くべきだと思うのか。だそうだが、どうする、三人とも?」
 エマが振り向くと、三人は仕方が無いというような顔をしていた。

「まぁできれば今は行きたくないけど、だからって絶対にって訳じゃないし」
「そうだよなぁ」
 うんうん、と頷いたアクセルにはレオンスが苦笑した。
「アクセルは俺やアシュレイと違って、別に首都に何かある訳じゃないだろう? どうしてアシュレイの肩を持つんだ?」
「そ、それはそうなんだけどよぉ」
 確かに言われてみればその通りであり、皆の視線がアクセルに集中した。アシュレイとエマは呆れたと言わんばかりの顔をしているし、マンスはじっとりとした目線を向けており、レオンスは苦笑、ターヤは今気づいたとばかりの表情を浮かべていた。
 アクセルは理由を話そうとするが、上手く言葉にできないのかどもる。
「いや、けど、あのなぁ」
「言えないような理由なのか?」
 訝しげな視線をエマが向ければ、彼は更に慌てる。
「ばっ……そんなんじゃねぇよ! 俺はただ、アシュレイが――」
 そこまで言いかけて、我に返ったアクセルは口を噤んだ。
 だが自分の名前が出てきた事でアシュレイは更に混乱を深めたらしく、腰に手を当てて顔を彼へと近付けるように突き出した。
「あたしが、何よ?」
「い、いや、ちが――」
「『何々? これってもしかして、こ』――」
「なっ、なんな何でもねぇ!」
 何かを言いかけたスラヴィを口を塞ぐと、彼はそのまま一気に皆から距離を取った。
「とっとと行こうぜ! 首都!」
 明らかに何かある様子だったが、言うや否即行でアクセルが首都に向かってしまった為、残りの面々もその後に続く。
 それでも皆が疑問に思う中、レオンスはただ一人だけ苦笑を浮かべていた。
「やっぱりな」


「数時間振りデスネ、皆サン!」
 それから、一行は特に大事も無く首都に到着した。ミーミル報道本社の受付で貰った名刺を見せると、既に話は通ってあったのか一行はすんなりと応接室まで案内してもらえた上、そこでは既にユルヨ=ユハニが待っていた。
 ちなみに首都に入ってから、アシュレイとレオンス、そしてアクセルの三人は少々警戒気味だったのだが、結局は〔騎士団〕と〔軍〕のどちらのメンバーとも会わず、本当に何事も無く本社まで辿り着けた訳である。
「まさか、こんなに早く来てもらえるとは思いませんデシタ」
 にこにこ笑いながら彼は皆に席を勧めると、全員分の茶を用意しに行く。
 ターヤとマンス、スラヴィ、エマはそれに応じて椅子に腰を下ろしだが、アクセルとアシュレイ、レオンスは壁に背を預ける方を選んだ。
 盆にカップ八つを乗せて戻ってくると、ユルヨ=ユハニはそれらを一人一人に配り、自らも腰かけると最後の一つは眼前に置いた。
「さて、では改めて名乗らせてもらいマスネ」
 一同をしっかりと見回してから、彼はぺこりと頭を下げた。
「ワタシは〔自動筆記〕所属のユルヨ=ユハニといいマス。この度は、助けてもらいアリガトウゴザイマシタ」
「いや、貴方が大事に至らなくて何よりだった」
 受け答えを担ったエマだったが、そこにアクセルがにやにや顔でからかいを入れる。
「おいおい、助けたのはエマじゃなくてレオンだろ?」

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