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十三章 喪う者達へ‐ordeal‐(11)

「あ、あぁ、すまない……どうやら、私は少々寝ぼけていたようだ」
 そう言ってから今度はアクセルの方を見て、申し訳なさそうに謝罪する。
「アクセルも、すまなかった」
「別にいーっての。ま、少しは驚いたけどな。とっとと《情報屋》にこれ渡して話してもらおうぜ」
 ほれ、と出された手を掴み、彼の力を借りて一緒に立ち上がる。それから《情報屋》の前まで行けば、既にターヤとマンスはそこに居た。
 三人も来たのを確認してから《情報屋》は全員を見渡した。
「皆さん、揃いましたね。では、トリフォノフさん、まずは御約束の品を」
「ほい」
 何の前触れも無く返事をしながら手にしていた箱を放り投げたアクセルには、皆が驚きを見せた。ただしターヤは苦笑しただけで、スラヴィは相変わらずの無反応だったが。
 無論、それは《情報屋》も例外ではない。表情こそあまり動いてはいないが、確かに彼女は僅かな驚きを浮かべていた。
「まさか、箱に入っているとは言え、秘宝を投げて寄越されるとは思いもしませんでした」
「けど『番人』の奴もそうやって渡してきたぜ」
「それは、あの方らしいですね」
 どこか懐かしそうに呟いた《情報屋》に、かねてから感じていた疑問をここぞとばかりにアクセルはぶつけた。
「おまえさ、あいつと知り合いなんだろ? だからってタダで秘宝をくれるとは思わねぇけど、ついでに会いに行くくらいは良かったんじゃねぇの? それに、何で自分で行かねぇんだよ? おまえならあの仕掛けも簡単にクリアできんだろ?」
 その言葉には、彼女の実力を知る皆が心の中で頷いた。
 しかし彼女は答えず、踵を返して大木の前まで行くと、静かに片手を伸ばす。いきなり何をしているのかと皆が視線を向ける中、その指先が内部に入ろうとした瞬間、それは起こった。
「――っ」
「「!」」
 ばちっ、と電流が奔ったかのような現象が発生し、その手が強く弾かれたのだ。彼女は手を胸の目に持ってくると握り締め、一行を振り返る。
「つまりは、こういう事なのです」
「まるで拒絶されたように見えたが、いったいどういう事なのだ?」
 エマの言葉は最もで、レオンスも含めて一行は唖然としていた。
 ただ一人、スラヴィだけは変わらぬ無表情のままで《情報屋》を見ている。
「この通り、私は『出来損ない』なので、秘宝が安置された場所には入れないようになっているのでしょう」
 言葉の内容自体は決して歓迎できるものではないというのに、彼女は変わらぬ笑みを湛えている。
「それに、例えそうでなくとも、私はここの『番人』とはできれば御会いしたくはありませんし、中の仕掛けも苦手な類の物なので、最初から御遠慮させていただきますよ」
 そう言って顔を背けた彼女の表情は、先程までの笑顔からは比べ物にならないくらい、ひどく自嘲気味に歪んでいた。
 その顔も先程の顔も、ターヤには理解できなかった。
「さて、私の話は置いておいて、報酬の情報を御話ししましょうか」
 だからこそ、何事も無かったように一瞬で笑みを湛えた《情報屋》が、理解できなかった。
「この後も予定がありますので、あまり長居はできませんが、何から御話しいたしますか?」
「ならば、ターヤについて問いたい。彼女の本名、出身、家族について、一旦彼女を家に送る為にも、教えてほしい」
 進み出たのはエマだった。前々からそうは言ってくれていたが、実際に目の前で訊いてくれると何だか感慨深いものがある。
「エマ……」
(でも、自分のことなのに、エマに訊いてもらうのも変な話だよなぁ。これって、頼りすぎてる、よね)

「ターヤさんについて、ですか」
 しかし、訊かれた方の《情報屋》はといえば、なぜかひどく動揺していた。
 それを不審に思ったアクセルが眉根を寄せる。
「何だよ、あの《情報屋》が答えられねぇってか?」
「いえ、そうではなく、ただ――」
 そこで視線はスラヴィへと向かい、彼の姿を捉えた瞬間、彼女は意を決したように一度だけ息を吐き、姿勢を整えた。
「いえ、やはりターヤさんの事は、私ではなく『彼』に御訊きするべきかと。ですから、私は貴女が行くべき場所を御教えする事にいたします」
 何だそりゃ、という呆れたようなアクセルの呟きが聞こえた気がしたが、ターヤの意識は全て眼前の《情報屋》に向けられていた。唇が同じ音を反芻する。
「わたしが、行くべき場所?」
「はい、本来ならば、こちらにいらっしゃった時、貴女が最も先に訪れなければならない場所でした」
「それって……?」
「世界樹の街。全ての存在を形成する〈マナ〉を生み出す、大樹《世界樹》が位置する場所。資格無き者の侵入を拒む、聖なる地」
 一瞬にして表情を無くした《情報屋》の顔に、ターヤは先程とはまた違った恐怖を覚えた。そして同時に、やはりその場所こそが自分の目指すべき地なのだと実感する。
「そこに行けば、解るの?」
「はい。ですから、[霊峰ポッセドゥート]に向かってください。かの場所の頂上にて、番人に認められれば[世界樹の街]への入り口は開かれるでしょう」

 以前、時が満ちていないのでまだ教えられない、知りたければエディットに訊けと言った彼女は、けれど今は躊躇う事無く話してくれた。そのような対応になる理由がターヤには解らなかったが、訊いても答えを得られる気がしなかったので、一旦は開きかけた口を、結局は噤む。
 そこで一旦区切りが付いたと見るや、再びエマが口を開いた。
「すまないが、私も貴女に教えてほしい事がある。二人きりで話せないだろうか?」
 瞬間、アシュレイの全身が逆立ち、両眼が見開かれて、その背後に豹の姿が浮かんでいるように見えたのは、きっとターヤだけではない筈だ。
「私にも予定がありますし、ここで御伝えする事は叶いませんか?」
 それを察していた《情報屋》はやんわりと提案するが、エマは頑なに首を振った。
「いや、これは個人的な話であって、できれば私だけで――」
「ちょ、ちょっと待ってくださいエマ様! その前に……そ、そうです! 霊峰ポッセドゥートの場所と、そこに行く方法を――」
「ようやく見付けたよ」
 二人の声を遮るように突如として聞こえてきた声に全員が振り向ければ、そこには見慣れた二人組が立っていた。
「フローランとエディット!」
「やあ」
 思わず声を上げたターヤに、フローランは片手を挙げて応える。
「何であんた達がここに――!」
 即座に武器を抜いて戦闘態勢へと移行したアシュレイには、エディットが同様に武器を構えて交戦の意志を示した。
「今回は君に用は無いんだ、《暴走豹》」
「それなら、いったい誰に用があるって言う訳?」
「僕らは確かめに来たんだ、そうだよね、エディット?」
 だが、フローランはアシュレイの疑問には答えず、傍らのエディットに確認するように問えば、彼女もまた頷く。
「……肯定」
「それなら、早速始めようか。行っておいで、エディット」
「……了解」
 応えるや否、速攻でエディットはこちらへと向かって走り出してきた。

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