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十二章 盗賊達の杯‐clue‐(19)

 ただ一人、ローワンは険しい表情である方向を睨み付けていた。
 そこに居たのは、一人の少女だった。高台の役割を果たしている岩の上から、揺らぐ事の無い笑顔で彼らを見下ろしている彼女は、風に銀色の長髪を靡かせている。
 そして彼女を、一行もまた知っていた。
「……『レガリア』」
 苦々しげに、ローワンがその名を呼ぶ。
 彼女は何も言わず、ただ彼に微笑みかけただけだった。
「っ……!」
 彼は表情を強張らせると、すばやく彼女と一行に背を向け、僧兵達に向かって口早に告げた。
「確かめてぇ事は終わったんだ、帰るぞ、おめぇら」
 突然のローワンの言葉に僧兵達は反論しようとしたが、すぐに彼の圧倒的な雰囲気を肌で感じ取って言葉を無くし、渋々といった様子で、一行と『レガリア』を一瞥してから去っていった。
「何だったんだろ?」
「さあな」
 きょとんと首を傾げたターヤに、レオンスは肩を竦めてみせると、次に『レガリア』の下へと向かって歩き出した。そして岩から地面へと向かって飛び降りた彼女を、ちょうど良いタイミングで抱き止めてみせる。
 その一連の動作に、エマは閃くものがあった。しかし確証は持てない為、口には出さない。
 駆け寄ってきたアシュレイ、ゆっくりと戻ってきたアクセル、そしてマンスと共にターヤと合流し、一行はこちらへと進んでくる二人の男女を待ち構えた。
 一行の眼前まで来ると二人は立ち止まり、少女の方はスカートの裾を摘み上げて優雅に一礼する。
「御久しぶりです、皆さん」
 開口一番に発された言葉が、それだった。
 即座にアシュレイが、ふん、と鼻を鳴らす。
「別にあたしは会いたくなかったけど。でも、あいつらを追っ払ってくれたのには、まぁ感謝しなくもないわ。なかなか数も減らなかったし、結構鬱陶しかったし」
「それは何よりでした」
 くすりと笑った少女の笑みは、その本心を見抜いており、気まずさからアシュレイは視線を逸らした。
 アクセルは何も言わず、彼女を観察している。
「ところで、貴女に一つ問いたい事があるのだが、良いだろうか」
 話を切り出したエマの様子から、何かを察したレオンスが少女を見るが、彼女は頷いた。
「構いませんが、何でしょうか?」
「貴方が、彼と『契約』を交わしているという《情報屋》で相違無いか?」
「はい、私が巷で言うところの《情報屋》です」
 勿体ぶる事も躊躇う事も無く、あっさりと少女は認めた。
 呆気無く明かされた事実に驚くターヤとマンスをよそに、アクセルとアシュレイは全く表情が動いていなかった。ただし、僅かにその目は見張られている。
 持論が正しかった事を確認して少し余裕の生じたエマは、次の段階へと静かに進む。
「では、私達が求める情報があると言えば、貴女はその交渉に乗る気はあるか?」
 その問いに、彼女はターヤへと視線を向け、それから肯定した。
「勿論、貴女方の望まれる情報は差し上げましょう」
 こちらも難無くクリアできた、と内心で安堵したのも束の間。
 ですが、と。接続詞が付け加えられる。
「その代わり、皆さんには相応の対価を入手していただきます」
 彼女は――《情報屋》は、にこりと微笑みながら、そう告げてきた。

  2012.08.14
  2018.03.11加筆修正

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