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十二章 盗賊達の杯‐clue‐(9)

「つーか、あのクソガキはどこに居るんだよ」
 そしてアクセルはといえば、未だ自分にスリを働こうとした少女の姿を捜している。
 彼らがこの酒場に入った時から居なかったそうなのだから、彼女は酒場の奥、もしくは別の場所に居るのではないのだろうか。確かにこの酒場は広いが、今はそれほど人が居ないので全体がよく見渡せるのだ。
「赤も、いーかげん止めたら? そんなにきょろきょろしてると変な人だよ?」
 呆れたようにマンスが声をかけるが、彼は聞く耳を持たなかった。
「煩ぇ、俺はあのクソガキを絶対ぇとっちめるんだ」
 頑なな姿勢に面倒臭くなったのか、あっそ、と呟くと少年は再びコップの中のジュースを飲み始める。ちびちび、ちびちびと飲む姿を眺めてから、ターヤもまた目の前に置かれたコップを手に取った。
 ちなみに、これはレオンスの奢りだ。彼は女性陣を連れて酒場に入るや否、カウンターに居た人物に何事かを話すと、少ししてから三人に一つずつコップを渡し、ごゆっくり、と言い残してメイジェルと共にカウンターの方に行ってしまった。唖然としてコップと共に立ち尽くしていた二人だったが、エマ達に声をかけられてコップに気付かれ、情報収集も全く成果が無いので一旦休憩にしよう、とのエマの言葉で、今に至る訳である。
 無論、男性陣の分は彼ら自身が頼んだ物である。
(そういえば、メイジェルって結構不思議な人だよなぁ)
 思い返してみれば、彼女には謎が多い気がした。仲が良いとしても、それはあくまでも一般的な知人の定義に当てはめての事だ。そもそも友人と呼べる程の間柄には、実際のところ至れていないように思う。少しだけ悲しくなったので、誤魔化す為にコップの中のジュースを煽る。柑橘系の爽やかさが喉を潤した。
「ふぅ」
「おっ、良い飲みっぷりだな」
 聞こえた声に横を振り向き見上げると、いつの間にかレオンスが立っていた。彼は気配が無いのだろうか。
 しかし、そう感じたのはターヤとマンスくらいだったようで、残り三人は既に彼に視線を向けるか寄越すかしていた。特にアシュレイに至っては、視線だけで相手が射殺せそうなレベルである。
 レオンスもそれは理解しているようで、今度は彼女には声をかける事は無かった。
「メイジェルとの話も終わったからな、今度は君達の用事を聞こうかと思ったんだ」
「私達の用事、だと?」
 エマが返答の先頭に出る。他の面々はそれぞれの事情から、やはり今回も彼にその役目を頼む。
「ああ、メイジェルが言うには、君達は情報を求めてここまで来たんだろ? なら、この街の情報網を牛耳る俺に訊くのが最適だな」
 彼の言葉にターヤとマンスは凄いと目を輝かせるが、エマは胡散臭そうな顔をしていた。簡単に信用できるのか、と探るように眼が告げる。
 勿論レオンスも彼の反応は予想の範囲内であり、挑戦的な色を笑顔に付け加える。
「信じるも信じないも君達の自由だ。それに、俺達には強力な専門家がついているからな」
 三人の目が動く。互いに合わせ、確認するかのように。
 ここでもターヤとマンスは仲間外れ状態だった。二人して訳が解らず同時に見つめ合い、同時に首を傾げる。
 レオンスは、笑う。それはそれは楽しげに。
 彼のペースに飲まれている事は重々承知の上で、三人のアイコンタクトは続く。実際は数秒にも満たない、けれど長く感じられる時間を使って。
 そして、エマは頷いた。
「貴方がそこまで言うのなら、私達の用を話させてもらおう。私達はかの有名な《情報屋》に会う必要がある。だが、その人物は神出鬼没だ。故にその人物の足取りを掴むべく、こうしてここを訪れたのだ」
 それは一種の賭けだった。彼の言う『強力な専門家』が果たして三人の予想通りか、あるいは虚勢なのか。

 試されている事を知りながら、それでも笑みは崩さず、寧ろ更に楽しそうな表情を深め、レオンスは納得の意を示す。
「なるほど、目的の情報を得る為に《情報屋》の情報を探しに来たのか」
「そうだ」
「よく解った」
 そうとだけ言うと、彼は振り返って「シーカ!」と誰かの名を呼んだ。
 何をする気なのかと、ある者は身構え、ある者は彼の視線を追うが、しかし予想に反して答える声も人影も見当たらない。
 訝しげな視線を集中されたレオンスもまた同様の顔で再度叫ぶが、やはり何一つとして反応は無く、彼は比較的近くに居た男性に声をかけた。
「おい、シーカの奴はどこに居る?」
「あ、お頭。シーカさんっすか? 俺は見てませんねぇ、上にでも居るんじゃないんですか。ってか、代わりに俺がしましょうか、その用事」
 屋形船のメンバーらしき男性の発言から、代わりに仕事などを引き受けてくれる程度にはレオンスは人望がある事が窺えた。相変わらず『シーカ』という名の人物は出てくるどころか、名乗りさえも上げないが。
 男性の言葉に彼は首を振る。
「いや、酔いの度合いを測るのに関しては、シーカの奴が一番上手い。けど、頼まれてくれると言うのなら、酒蔵から営業に響かない程度に酒を持ってきてくれないか」
「はぁ、飲み比べでもすんですか?」
「ああ、そこのお客さんとな」
 そう言ってレオンスが親指で指し示したのは、あろうことか一行だった。
「はぁ!?」
「え?」
 当然、初耳だった面々は驚きや抗議の声を上げるも、聞く耳を持つレオンスではなかった。先程の嫌疑と値踏みの意趣返しといったところか。
 ギルドリーダーの言葉には疑う余地など無いらしく、男性は一行にも一礼すると奥へと消えていった。
「してやられたな」
 エマの発言こそ皆の代弁である。
「酒が入った方が話しやすいだろ?」
 尤もに聞こえる台詞を口にしてから、再びレオンスは酒場の各所まで視線を飛ばす。
「お、居たな」
 捜し人は酒場の中に居たのか、すぐに見付かったようだ。先程の呼びかけが届かなかったのは、飲酒でもしているからなのだろうか。
 しかし彼の表情はすぐに変化し、苦笑いが浮かんだ。
「けど、あれは駄目だな。すぐには呼べなさそうだ」
 いったい件の人物は何をしているのか、と彼の視線を追った先には、仁王立ちするメイジェルが居た。そして彼女の背に庇われた青年一人と、彼女の前に正座させられている男性一人の姿も。その光景から予測するに、どうやら彼女が男性に説教をしているらしかった。
 レオンスが注視した事で人々の興味を集めたらしく周囲の音が静まり、自然と彼女の声が聞こえてきた。
「……シーカさん、またチェンバレンくんを苛めてましたよね?」
 どうも正座させられ説教されている男性が、例の『シーカ』のようだ。とすると、彼女の背に庇われているのが『チェンバレン』だろう。状況を整理してみると、男性が青年を苛めていたのを見つけた彼女が間に割って入り、青年を庇って男性に説教を始めた、というところか。
 けれども日常茶飯事なのか、人々は声のトーンを落としながらもコップ片手に遠巻きに彼らを眺めているだけだ。
「シーカのヤツ、またウィラードを苛めたのかよ」
「あいつも懲りねぇよなぁ」
「つーかメイちゃんは今日もかっけーな、ウィルの奴が惚れんのも無理無ぇか」
「ってか、ウィラードはもうちっと強くなれんかねぇ」

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