top of page

十二章 盗賊達の杯‐clue‐(8)

「〔屋形船〕が義賊ギルドを名乗ってんのは、さっき聞いたでしょ? でも義賊と言っても、結局は盗む相手が貴族とか富裕層に限定されただけだから、必然的にあたし達〔軍〕がこいつらを取り締まったりするのよ。とは言っても、この街は世界中の流通の大半を担ってるから、流通を妨げない為にも、ここで取り締まりが禁止されてるのは暗黙の了解なんだけどね」
 聞こえていたらしいアシュレイが解説してくれた。
 彼女の言葉には青年もが頷く。
「そういう事だ、そちらのお嬢さん。君は、どうやら軍人ではないようだが」
「彼女は《旅人》よ。でも、あたしの知人」
「へえ、軍人と《旅人》か」
 興味深そうに表情はすぐに引込められ、再び二人の間で見えない火花が散る。
「それで結局のところ、君は軍人としてではなく、ただ知人とカンビオに来ただけなのかい、アシュレイ?」
「まぁ、そんなところね。あと名前で呼ばないで」
 後者は聞き流して彼女の答えに、そうか、と呟くと同時、青年の顔から先程までの険は一瞬で消え去り、代わりに笑みが浮かぶ。
「それなら、俺は今の君を歓迎しよう、アシュレイ」
「だから、あたしを名前で呼ばないでって――」
「ところで、そちらのお嬢さん、君の名前は?」
 アシュレイの抗議を軽くスルーして、今度はターヤに向き直る青年。
 それには驚いたものの、慌てて彼女はぺこりと頭を下げた。
「あ、えっと、初めまして、ターヤです」
「なるほど、ターヤか。良い名前だ」
 顔を上げると、なぜだか青年の顔が近かった。いつの間にそこまで来ていたのだろうか、と不思議そうに見つめれば、なぜだか苦笑されてしまった。
 青年は青年で、全く持って期待していた反応が得られない事を新鮮に感じつつも、自分自身にはあまり興味を持たれていない事を少々残念に感じていたのだが。
「ちょっと、彼女に近付かないでよ、変態」
 と、その間にアシュレイの手が割り込む。変態とは失礼なと言い返したかった青年だが、彼女の目は完全に青年を『変態』と決めつけていた。これは不名誉だなと脳内で困り、ふと反撃の手段を思いつく。
「そうかい、それは失礼」
 そう言ってターヤの前からは身を退かす代わりに、今度はアシュレイの眼前に立った。驚いて下がろうとした彼女の腰に、さりげなく手を回して阻む。
「は――って、うぇぇぇぇ!」
 途端に爆発するアシュレイの顔面。
 思った通り、彼女の方がこの方面に関しては初心だった。いや、ちゃんと興味があると言うべきなのか。ともかくも、このような反応をされる方が彼としてはやりやすい。
「あっ……ああああんた何すんのよっ!?」
 もの凄い慌てっぷりを披露するその姿は、あの〔軍〕の《暴走豹》とは到底思えなかった。まるで別人だ、と心中で目を瞬かせながら呟く。
 そんな事を相手が考えているとは知らず、突然の事態に落とされた彼女はパニックを起こしていた。普段は冷静な筈の思考は大いに乱れ、全身が熱い。
(おおお落ち着きなさいアシュレイ・スタントン、あたしはこいつにからかわれてるのよだから別に動揺する事なんか――)
「ターヤに近付くのは駄目でも、君になら良いんだろ?」
(みみみ耳元で喋るなぁぁぁぁ!)
 逐一過剰な反応をくれるアシュレイの様子を、青年はここぞとばかりに楽しむ。

 そして実質的に蚊帳の外となったターヤはといえば、初めて目にするアシュレイの過度な混乱具合とに目を瞬かせていた。
(アシュレイがあんなに慌てるなんて珍しいな)
 ぼけっとしながらそんなことを考えていると、隣に誰かが立った。
「エスコフィエくん、またやってるの?」
 横を振り向けば、そこには呆れ顔のメイジェルが立っていた。どうやら彼女の用事の一つは終わったようだ。
 そして彼女の姿を目に止めた青年はといえば、さりげなくアシュレイから手を離してメイジェルの方へと身体の向きを変え、大袈裟に肩を竦めてみせた。
「来ていたのか、メイジェル。それよりも、その呼称は止めてくれよ。それと、俺のことはレオンと呼んでくれって言ってるだろ?」
「それは無理よ。だってエスコフィエくん、アタシよりも年下でしょ?」
 その言葉に、まだ彼女とは面識の浅い少女二人は一瞬だけ思考を止めた。彼女よりもこの青年が年下とは、どういう事なのか。気になってしまったターヤは、遠慮がちに訊いてみる。
「その、メイジェルって何歳なの?」
「ん? アタシは二十八よ?」
「えぇぇぇぇ!?」
 これにはひどく驚いた、彼女はもっと若いと思っていたのだから。
 しかし驚かれた方であるメイジェルはといえば、なぜそのような反応をするのかと困惑顔である。
「というか、あんた、こいつと知り合いなの?」
 次はアシュレイ。嫌そうな顔でレオンを横目に睨み付けながら、声はメイジェルへと向けている。
 すると、きょとんとした顔でメイジェルは青年を見た。
「あれ、もしかしてエスコフィエくん、名乗ってなかったの?」
 いつもは最初に名乗るのにね、との言葉で、そういえば未だ名を告げていなかった事に気付き、青年は思わず苦笑いを口の端に乗せる。相手の片方が軍人だった事もあり、すっかりと失念してしまっていたのだ。
「悪い、自己紹介がまだだったな」
 少女二人に向き直ると、佇まいを正す。とりあえずは最初から仕切り直させてもらうとしようか。
「それでは改めまして。初めまして、お嬢さん方。俺の名はレオンス・エスコフィエ。〔盗賊達の屋形船〕が今代ギルドリーダーだ。良ければ『レオン』と呼んでくれ」
 こうして、青年ことレオンスは一行と出逢ったのだった。


「……なるほど、まさか屋形船のギルドリーダー本人と出くわしていたとは思いもしなかったな。通りで、その、彼に先導されていた訳だ」
 酒場バンケェットの中で、合流したアシュレイとターヤから話を聴いたエマは、何と言えば良いのか困ったような顔でそう述べた。主に事情を話したのはアシュレイだったのだが、その真っ赤な顔と彼女にしては珍しく落ち着きの無い調子から、そういう事をされたのは彼らにも手に取るように解ったのだ。何せ、アシュレイが意外と異性との接触に対する耐性を持っていないのは《旅人》二人の間では暗黙の了解である。
 そのような事実を知らないターヤとマンスは不思議そうな顔だが、そこは教える必要が無いのでエマは話を逸らす。
「ところで、メイジェルは彼と知り合いだそうだな」
「はい、私の目には随分と親しげに見えました」
 ようやく落ち着いてきたらしい、という事は彼女の言葉の端々に隠された棘で理解できる。
「先程の少女のことも知っているという事からも推測するに、この街に居る彼女の知り合いとは〔屋形船〕のことなのかもしれないな」
 エマの視線が向かう先には、レオンスと何事かを話すメイジェルが居た。

ページ下部
bottom of page