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十二章 盗賊達の杯‐clue‐(10)

 聞こえてくる発言を纏めるに、『シーカ』が『チェンバレン』もとい『ウィラード』を苛めるのはいつもの事らしい。そしてメイジェルが彼を助けるのも、また。
 そう考えると、そのウィラードという人物に同情してしまうアクセルだった。よく苛められるのは情けないとしか言えないが、その度に好意を抱いている女性に助けられてしまうのは不憫としか言いようがない。男として悲しいものがある。
「あ、いや、俺はちいと、ウィラードに酒を勧めてただけでぇ」
「それがダメなんです!」
 かっと両目を見開く勢いのメイジェルに叱責され、シーカの両肩が飛び跳ねる。同様に、ウィラードもまた彼女の後ろで驚いていた。
 瞬間、周囲の人々が男性のビビりっぷりに爆笑する。
 その空気についていけず、ターヤはエマに視線を寄越すが、彼もまた困惑気味の顔をしていた。
「チェンバレンくんは身体が弱いからあまりお酒も飲めないってのに、アナタは際限無く勧めるじゃないですか! それさえしなければ、アタシは別に今こうして説教なんかしてません!」
「いやぁでもよぉ、せっかく男に生まれたんだし酒の味くれぇ――」
「往生際が悪いですよ、シーカさん! というかアナタ、いっつもいっつも同じようなコトで怒られてるくせに、ぜんっぜん反省してないじゃないですか!」
 正論だ、と皆が口々に彼女を擁護し、益々シーカは小さくなっていく。
「アタシは別に無理難題を言ってるワケじゃないし、過保護なワケでもないです。ただ、アナタはもうちょっとチェンバレンくんの身体を気遣ってあげてください」
 それくらいはできますよね? との問いには、しばらくして、へい、との小さな答えが返ってきた。
「じゃ、チェンバレンくんにちゃんと謝りましょう」
 メイジェルに肩を掴まれて、ずいと前面に押し出されたウィラードは困ったように振り返るも、彼女に頷かれては向き直るしかなかった。
 シーカもまた立ち上がると、彼と目を合わせて、ほんとすまねぇ、と呟いた。
 元々彼に対して怒っていた訳でもないウィラードは、いいえ、と頷く。
「さて、今日のシーカが謝ったところで、本題に入ろうか」
 そこでタイミング良くレオンスがよく通る声を出したものだから、一気に皆の視線が同方向に動いた。
 一瞬にして注目の的となった彼は、まずシーカを見る。
「シーカ、説教疲れのところを悪いが、〈酒宴前夜〉の審判を頼めるか」
 前置きに再び爆笑していた面々は、しかし次いで紡がれた単語には、風船が破裂したかの如くざわめき始めた。何でこのタイミングで、相手は誰だ、お頭がやんのか、との様々な言葉が飛び交う。
 そしてシーカもまた目を丸くしていた。
「え、お頭、あれをやるんすか?」
「ああ、酒の方は今取りに行かせてるから、おまえらは場所を作ってくれ」
 うっす、だの、へい、だのと即座に返答がそこら中から飛んできたかと思えば、次の瞬間には皆が酒場内を動いていた。散乱するコップや酒瓶、あるいはカードなどを片付け、テーブルを端の方へと寄せる。
 その機敏さに呆然としているうちに一行もまたテーブルから追いやられ、気が付けば形成されていた空間の中央付近に立たされていた。
 正面に相対するはレオンス、周囲を取り囲むは屋形船のメンバーと思しき人々。そして中央には酒瓶を並べるシーカとウィラード、そしてメイジェルの姿があった。
「おっ、そいつらが今回の相手か」
「つーかお頭が相手すんのかよ。こりゃぁ見物だな」
 人々は当事者達を置き去りにして盛り上がっていたが、ふとそこで一つの声が上がる。
「おい、そこに居んのって、軍の奴じゃね?」
 視線が向かった先は、アシュレイ。彼女は堂々としていたが、その身に纏う軍服は隠し通せない。
 急に鎌首をもたげ出した不穏な空気を感じ取り、ターヤは身震いした。まずい、と先程の彼女とレオンスのやり取りが思い出される。

「ああ、今の彼女は《旅人》の知人だ。気にするな」
 だが、それを見越していたレオンスが先手を打った為、皆は渋々と彼に従う。とはいっても事情は一朝一夕のものではないようで、内心穏やかではない事は誰の目にも明らかだった。
 その空気を感じつつ、さて、とレオンスは一行に向き直った。
「俺の言葉が正しい事を証明する為にも、飲み対決をしないか? 君達の中から誰か一人が俺と飲み比べて、勝ったら情報をやるよ」
 それがなぜ酒盛りになるのかとの疑問が浮かんだところに、ぴょこりと用意を終えたメイジェルが顔を覗かせる。
「へぇ、今回はターヤ達が相手なんだ。でもエスコフィエくんは強いからなぁ」
「え、レオンスってそんなに強いの?」
「えぇ、アタシが知る中じゃイチバン強いわよ。結構な酒豪だし」
 盗賊であり酒場を仕切るギルドのリーダーでもあるのだから、酒に強いと言われると、実際に見ていなくても納得できてしまう不思議だ。
 エマも同様に考えていたのか、どこか緊張した面持ちだった。
「それにさっきも言ったが、酒が入った方が話しやすい事もあるからな。俺の言葉の真意を確かめたいのなら、君達の誰か一人が俺を酔わせて勝てば良い。そうすれば本音も聞き出せるだろ? どうだ、この勝負、受けるか?」
 どこか挑発めいた言葉に、エマは皆を振り向いた。レオンスの言い分にも一理あるのだが、勝負の内容が内容だけに決めかねているようだ。
「ちょっと訊いても良いか?」
「ああ、良いよ。何が訊きたい?」
 手を挙げたアクセルに快くレオンスは応じた。
「俺らが負けた場合も何かあんのか?」
「そうだな……」
 顎に手を当てて考える仕草を取ってから、彼は視線を動かして――明らかにアシュレイを凝視していた。
 彼の視線に彼女が一引く。嫌な予感がする、とその表情が暗に語っていた。
「アシュレイに一日奉仕でもしてもらおうか、勿論俺にな。とはいっても、補佐の真似事のようなものだけどな」
 冗談めいた口調でレオンスがそう言った瞬間、彼女の形相がもの凄い事になったのは言うまでもない。ついでに声にならない奇声が上がったのも。
「なら良いか」
 そしてレオンスと視線を合わせていたアクセルはといえば、その条件を聞くや否、意地悪気に笑って即座に了承してしまった。
 これにはアシュレイが今度こそ謎の言葉を叫び、エマでさえもが驚愕する。マンスがうっわと大よそ子どもとは思えない表情で舌打ちするのも、ターヤが怒りに震えるのも当たり前の事だった。
 ギャラリーとメイジェルもまさかの事態に動揺しており、少しも動じていないのはアクセルとレオンスだけだ。
「な、おい、アクセ――」
「で、代表だけどよ」
 エマの抗議を意図的に遮り、アクセルは一人ずつ視線を向けていく。
「アシュレイは止めといた方が良いだろうし、ターヤもガキも飲める筈無ぇよな」
 下戸なのかアシュレイが即座に候補から外されると、次にアクセルはターヤとマンスを見たが、おそらく今まで飲酒という行為を行った事の無いであろう二人には、一瞬の査定さえ行われなかった。
「となると、あとは俺かエマって訳だ」
「だから待てと言っている! 本人の許可も取らずに――」
「けど、エマは感情が高ぶってるから駄目だな。つー事で、俺が代表で」
 殆ど強引に事を進めると、アクセルはひらひらと手を振った。
 それを受けて、レオンスはその場に腰を下ろす。
 アクセルもそれに倣おうと一行に背を向け、

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