The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十二章 盗賊達の杯‐clue‐(7)
「流石に名の通ったギルドの本拠地だけはあるな」
「はっ、たかだか盗人の集まりだろ」
ふむ、と感心したようなエマとは対照的に、アクセルは侮蔑的だった。
彼の言葉にはメイジェルがむぅと眉を顰める。
「なーんかさっきから失礼だよね、キミ。確かにさっきのファニーは悪いコだけど、あのコがちょっと特殊なんであって、ミンナがミンナいっつも盗みを働いてるワケじゃないんだよ?」
「けど、義賊って名乗るからには、結局貴族辺りんとこから何かしら盗んだ事くらいはあるんだろ?」
「さあね、アタシは別に屋形船ってワケじゃないし」
何を言っても無駄だと思ったのか、肩を竦めるだけにしたメイジェルに、そうかよ、と呟くとアクセルは酒場の中へと入っていった。
(気にしてるのかな、スラヴィの剣の事)
確かアウスグウェルター採掘所で、スラヴィはアクセルの大剣を自分の作品だと言った。未完の段階で盗まれてしまった、とも。
おそらく、アクセルはその事を非常に気にしているのだろう。一見すると彼は傍若無人で自己中心的なナルシストだが、実際は傷付きやすいくせに優しすぎる、ただのお人好しだ。本人はそうは思われたくないので、あのように振る舞っているのだろうが、採掘所でそのような面ばかりを見てしまったターヤには、アクセルが『盗み』に過剰反応している理由が何となく解るような気がした。
(あんなにあの子のことに反応してるのは、きっとあの子に自分を重ねてるからだ)
だから、あれほど不機嫌にもなっているのだろう。
「私達も入ろうか」
その背中を見送ってから、エマが残りの面々に声をかける。
思わず返事をしそうになって、そこで何とか思い止まった。
「エマ、わたしはここに残っても良いかな」
「何か用があるのか?」
皆を言わずとも何となく察してくれるエマに心中で感謝して、ターヤは後ろを振り向いた。
「うん。アシュレイに、話があるの」
視線を合わせようとしたが、やはり今回もアシュレイの方から逸らされた。
「そうか」
そう呟いた時のエマの目もまた彼女を見ていて、その視線は交差する。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、それが羨ましくて不満だった。
「アシュレイは、それで構わないか」
投げかけられた問いに、彼女は少しの間を置いてから、頷いた。
それを確認すると、先に行っていると言い残してエマとマンスは酒場に入り、メイジェルは用事があるからと別所に向かう。
その場に残されたのは、二人の少女。
しかし、いざアシュレイと二人きりで対面してみると、間抜けな事にも紡ぐ筈だった言葉はどこへともなく消え失せていた。どうやら、先程までの脳内シュミレーションは全て無駄だったようだ。
「そこ」
「ふぇっ!?」
驚いて跳ね上がった顔はアシュレイを捉え、そこで自分が俯いていた事を知る。
彼女は普段通りの表情だった。
「出入り口の前だし、邪魔になるからこっちで話すわよ」
「あ、うん」
そう言われてようやく気付き、慌てて彼女の後を追って酒場の出入り口からは少し離れた場所で立ち止まる。そうして再び向き合えば、なぜか今度は自然と言葉が出てきそうだった。
「それで、あたしに何の用?」
普段通りに見える表情を浮かべ、胸部付近で腕を組み、あたかも自分はいつも通りですと言わんばかりのアシュレイへと、ターヤは確信を持って言葉を放つ。
「軍で、何かあったの?」
瞬間、彼女の目が動いた。それは刹那の事で、けれども注意して見ていたターヤは見逃さなかった。
馬鹿馬鹿しいとでも言いたげな顔が肩を竦める。
「何かあったか、って、何も無いのに召還される筈が無いでしょう?」
「そういう意味じゃなくて、何か嫌な事でも言われたの?」
今度の見開きは、随分と長く感じられた。白い部分がぐんと広がり、黒の球体が中央に圧縮される。それはさながら黒が白に浸食されるが如く。
相手の返答をターヤは待っていた。ここで否定されるなら、それでも良かったのだ。
しばらくアシュレイは微動だにもしなかったが、ようやく諦めたように息を一つ吐いた。
「どうして、気付いたの」
「だって、アシュレイ、全然話さ――」
「違う、どうしてあたしが嫌な事を言われたと思ったの?」
「えっと……勘?」
「何よそれ……と言うか、何で疑問形なのよ」
予想外の質問に困りつつも思ったままに答えると、案の定脱力されて呆れられてしまった。しかしそうは言われても、本当に根拠など何も無かったのだ。ただ感じたように問うただけなのだから。
はー、と今度は大きな溜め息を吐かれてしまう。
「あんたって奴は、本当に……」
何かを吐き出すように一旦下げられていた顔が上がると、そこにあったのは決意の色。
「アシュレイ?」
「ターヤ」
名前を呼ばれて、心臓の鼓動が速くなる。
「先に謝っておくわ、ごめんなさい。だけど、あたしはどうしたって『アシュレイ・スタントン』でしかないから」
彼女の言わんとしている意味も意図も理解できないターヤだが、その真剣な声に訊き返す事もできず、続く言葉を待つより他には無かった。
躊躇うように一旦視線を逸らして、けれどすぐにまた彼女は合わせてくる。
「あたしは、あんたを――」
「やあ、こんにちは」
しかし唐突に割り込んできた声により、その音は飲み込まれる。
思わず振り向いてしまった場所には、いつの間にか一人の青年が立っていた。暗めの緑色を基調とした服装の、端正な顔立ちをした、二十代後半と思しき青年。
「こんな所でどうしたんだい、お嬢さん方?」
少女達から均等に離れた場所に立って笑みを浮かべながら、彼は二人を交互に見やる。
せっかくの話を中断されてしまったのだから、ここは怒るべきなのだろうが、なぜだか呆気に取られてしまったターヤの口からは、先程の感覚はどこへやら、何一つとして言葉は出てこなかった。
「別に、何もしてないわよ」
だがしかし、流石にアシュレイは気圧される事も無く、堂々と怒りを顕にしていた。こちらもまた、先程までの態度はどこへやら、である。よほど話を遮られた事が気に入らないらしかった。
対する青年はといえば、彼女の刺々しい反応に対しても笑顔を絶やさなかったが、その笑みは瞬間的に塗り替えられた。
「それなら、どうしてこの街に――しかもこの酒場の前に居るのか、と尋ねようか、軍の《暴走豹》ことアシュレイ・スタントン嬢?」
どこか侮蔑的な、敵対心の籠った表情へと。
その変わりようにターヤは驚くが、アシュレイは特段気にしたふうも無かった。ただし、その顔に納得の色が浮かぶ。
「なるほどね、あんた、〔屋形船〕のメンバーでしょ」
え、とはターヤの呟きだ。