The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十二章 盗賊達の杯‐clue‐(6)
「私は構わないが、皆はどうだ?」
エマの問いかけにターヤは首を縦に振った。反論の声が上がらないところを見れば、マンスもアシュレイも特に異存は無いらしい。
最後にエマはアクセルを見る。
「俺は一人でも行くからな。あんのクソガキ、一回とっちめてやる」
どうやら相当お怒りらしいアクセルは、案内人であるメイジェルをも置いて先に行ってしまった。
「あいつにも困ったものだ」
最早呆れ顔がデフォルトとなりつつあるエマは今回も同様の表情で呟くと、メイジェルを伴ってその後を追う。
彼に続いて歩き出したマンスと並んで行こうとしたターヤは、ふとそこで無言のアシュレイに気付いた。彼女は相変わらず最後尾を保とうとしている。
そういえば、戻ってきてからのアシュレイはアクセルと口論をしてスラヴィに追いかけ回されて以来、珍しく静かだな、と不思議に感じて彼女を見れば、目が合うも即座に逸らされてしまった。
「あれ?」
意外とショックは大きかった。少しでも仲良くなれたと思っていたのは自分の早とちりだったのだろうか、とすら思えた。
「あら、あなた、〔軍〕の人かしら?」
同時刻、エフレムを伴にして用事を済ますべく出かけていたヌアークが出くわしたのは、前髪を上げた緋色の髪の少年――《元帥補佐》ことユベール・カルヴァンだった。
実質的な統治者ではないにしろ、力無き人々を無条件で屈服させてしまう《女王陛下》と相対しながら、しかし彼は眉の一つさえも動かさない。いくら十三歳とはいえ、彼も軍人にして《元帥》の側近、一般人とは訳が違うのだった。
「ええ、服装で既にお気付きかとは思いますが、改めて名乗ります。御初御目にかかります、ヌアーク・カソヴィッツ嬢。不肖私〔モンド=ヴェンディタ治安維持軍〕が元帥補佐、ユベール・カルヴァンと申します。本日は、貴女に元帥からの伝言をお預かりしてきました」
形式的な礼の姿勢を取りながら、しかし彼の声色にも動作にも敬意は少しも籠っていなかった。
それを知っているからこそヌアークは意地の悪い笑みを浮かべる。
「ふぅん、あのちゃらんぽらん男からねぇ」
彼女の言葉にユベールの眉が動いたように見えたが、それも一瞬の事だったので、実際どうなのか二人にも判断の付けにくいところだった。
「陛下はお忙しい身です。用件は即急に済ませていただきたい」
牽制の意を込めてエフレムは先に言葉を紡いでおく。無論、相手が相手だけに交戦になるとは思っていないが、悟られぬよう一応の準備はしておいた。
そうですか、それはありがたい事です、と少年は言う。
「こちらとしても仕事が詰まっておりますので、なるべく手短にお伝えします。まず、先日の休憩地点フェーリエン郊外での攻撃魔術の使用により多数の負傷者、並びに数人の死者を出した件について、何か弁解はありますか?」
「あら、あたくし達がその日、フェーリエンに居たという証拠でもあるのかしら?」
「そのように挑戦的な態度を取るという事から、肯定と捉えますが」
素早く突破口となりえそうな場所を突くユベールだったが、ヌアークの余裕な笑みは揺るぎない。
「鋭いこと。でも、あたくしはただ、あの日あの場所に《違法仲介人》が居ると知って、成敗しに向かっただけよ」
「その事については実証されるかと。実際、死者は全員《違法仲介人》でしたので」
追撃の如きエフレムの言葉は確実であり、ユベールは焦りを感じたもののおくびにも出さない。
「ですが、それでは多数の人々を傷付ける理由にはなりません。貴女程の腕前なら、特定の人物のみに魔術を当てられた筈です」
「それは買い被りすぎよ。それに《違法仲介人》を纏めて始末する事もできたのだし、あなた達にとっても悪い事では――」
「元帥は、こうも仰っていました」
反論を許さぬかのように紡がれる言葉は、流石に《元帥》の『お守り』と言ったところか。内心でヌアーク達はそう評価した。
「貴女方〔暴君〕が私達〔軍〕を利用しようとしている、と」
しかし内心では、ユベールはひどく後悔していた。例え相手がどのような輩であろうと言葉を全て言い終えてから自身は反論するなり問うべき、とのポリシーが彼にはある。それに反して相手の発言を遮ってしまった事を、彼は強く恥じていた。
そのような葛藤には気付かず、ヌアークは笑みを濃くする。
「いきなり話題を変えたと思ったら、今度はいったい何の事かしら?」
「白を切らないでいただけると私としても助かります」
悟られぬように若干乱れていた呼吸を整えながら、ユベールはわざとらしく言う。
「以前、貴女はアシュレイ・スタントン准将に接触し、人工精霊の相手として彼女を使ったと聞きました。容易に丸め込まれてしまう准将も准将ですが、あれでも一応は〔軍〕の構成員ですから」
呆れたように軽く息を吐き出したユベールは知らない。丸め込まれてしまったのは彼女ではなく、別の人物だという事を。
しかしそこに気付く事も無く、彼は鋭さを表に出した眼で幼女を捉えた。
「その件を発端として、貴女は〔ウロボロス連合〕を効率良く潰す為に、私達を利用しようとしているのではないのですか?」
彼女は答えない。それが何よりの肯定である証拠だった。
「図星のようですね」
「エフレム」
確認の言葉には、戦闘の合図で返された。
御意、との執事の返答と同時、襲いかってきた手刀を鞘で弾き、二人揃って後退してからユベールは剣を抜いて構える。相手を倒す気はさらさら無いが、無傷で鎮圧できる相手ではない。
(どうしますか……)
その間にも再び迫りくる短剣での攻撃を剣と鞘でいなしながら、彼は戦闘における作戦を脳内で組み立てる。
(一筋縄ではいかない相手ならば、まずは足を潰す方が得策ですか。一撃では不可能でしょうから、片足だけでも徐々に削った方が効率が良いでしょう)
ただし、それさえも相手が許してくれればの話ではあるが。
(エフレム・カルディナ―レ、私にとっては相性の悪い相手です)
特定の武器を持たず、身の回りにある全ての使用可能な物を得物とする彼は、相手の戦闘パターンを熟知した上で対処するユベールにとって、やりにくい事この上ない敵だった。
(私同様、准将や《殺戮兵器》のように化け物染みていない点だけが救いか)
自らの同胞や〔騎士団〕の面々などの超人達は、例え戦闘パターンを完全に理解していても倒すことは困難だろう。それくらい彼らは桁違いに強く、そしてユベールはそこまで卓越した存在ではなかった。
「あなた達だけだと埒が明かなさそうだし、あたくしも参戦しようかしら?」
唐突に割り込んできた声に、思考の海に沈みかけていた意識を引き戻された時、彼の目が捉えたのはヌアークに擦り寄る動物の姿だった。
(まず――)
少女が確信犯の笑みを浮かべて、狼が飛びかかってきた。
咄嗟にエフレムに向けていた斬撃を止め、動物の攻撃を交差した武器で防ぐ。相手が反動で跳び退ると同時に前方へと駆け、鞘による打撃を鳩尾に喰らわせれば、狼はその場に倒れ伏した。
即座に視線を動かすも、既に《女王陛下》とその従者の姿はどこへともなく消えていた。
「してやられましたか」
鞘に剣を収め、その鞘を腰に戻す。溜め息は落とさなかったが、落胆は隠せなかった。弱者を問答無用で従順にさせるヌアークの能力の事を、すっかりと失念していた自身の過失だ。面には出さなかったものの、悔しさを感じずにはいられない。
「元帥に、何と報告しますか」
おそらく叱責も説教もされないが、彼の手を煩わせるであろう事実は目に見えていて、ユベールは軽い頭痛を覚えたのだった。
ここよ、とメイジェルが足を止めたのは、通り道にあった店よりも格段に大きな一軒の酒場だった。