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十二章 盗賊達の杯‐clue‐(5)

「人、多いねー」
「んー、カンビオも久しぶりねー」
 そんな街の通りを進みながら、マンスは物珍しそうにひたすらきょろきょろと忙しなく視線を街並みへと動かし、メイジェルは両腕を頭上へと向けて思いきり伸ばした解放感溢れるポーズを取る。
 隣を歩くターヤは視線を彼女へと向けた。
「よくここに来るの?」
「えぇ、ココには知り合いが居るから」
 彼女の知り合いとはどのような人なのだろうか、との疑問はアクセルも感じたらしく、先頭を行く彼は顔だけを振り返らせた。それだけでも人通りの多いこの場所では危ないだろうに、加えて彼の両手は頭の後ろで組まれているので、下手をすれば飛び出た肘が誰かにぶつかりそうである。
 無論、それを目敏く見付けた後方のエマが人にぶつかるぞと叱責するも、彼の忠告を素直に聞き入れるようなアクセルではなかった。
「どんな奴なんだ、そいつ?」
「どんな奴っていうか、一人じゃなくて――」
 メイジェルが本題に入る前に、アクセルに正面から衝突する影が見えた。
 ちょうど斜め後ろに居たので見えてしまったターヤが驚くと同時、ほら見ろと言わんばかりの呆れたような嘆息が後ろから一つ。これは間違い無くエマだ。
 もう一つ、別に聞こえてきた呆れ声はマンスだろうか。
「おっと、悪ぃ」
 アクセルもまた前を向き、相手に謝る。
「あ、いえ、わたしこそ、すみません……」
 顔や姿はあまりよく見えないが、声は十代前半くらいの少女のように感じられた。
 その少女は慌てて彼から離れ、ぺこりと頭を下げ、
「し、失礼しますっ……!」
あ、とそこでようやく彼女の姿を目にしたメイジェルが声を上げる前に、その腕をアクセルが掴んでいた。
「アクセル?」
 彼の行動にきょとんと首を傾げたターヤは気にせず、彼は先程のものとは全く正反対の表情を少女に向けて口を開く。声色は明らかに僅かな怒りを滲ませていた。
「おまえ、今俺の財布を盗っただろ?」
 びくりと少女が竦むも、彼は手を離そうとはしない。
 後方に居たターヤには少女のことが殆ど見えていなかった上、少女に対しては非常に気弱そうなイメージを受けたので、アクセルの言葉にも完全に頷けずにいた。
 しかしアクセルはふざけている時ならばともかくとして、真面目な顔で冗談を言うような人物ではない、と彼女は思っている。故に困り顔でエマを振り返れば、彼は呆れ半分怒り半分で青年と少女を見ていた。
「何で盗ったのかは訊かねぇから、とっとと返せ」
 多分きっと、それはアクセルなりの優しさなのだとターヤは思った。
 少女はしばしの間逡巡していたが、恐る恐るといった感じでどこからか財布を盗り出した。見覚えがあるそれは、確かにアクセルの物のようだ。
 それを確認した彼は受け取ると同時、少女の頭を思いきり撫でていた。
「これに懲りたら二度とこんな事すんじゃねぇぞ」
 髪をわしゃわしゃのもみくちゃにされながら、しかし大人しく少女は俯いていた。その表情は影になっていて窺えない。
 何だかそこが不気味だなと感じてしまった事をターヤが悔やんだ時、
「ご、ごめんなさい……」
 少女は素直に謝った。
 それを聞いたアクセルは再び彼女の頭を撫でようとする。
「なんて、言うとでも思った!?」
 かと思いきや、一瞬で態度も声色も変化させてアクセルの手を振り払うと、これまたどこからともなく取り出した何かを高速で彼へと向けて放っていた。

「うぉっ!?」
 それに驚いた彼が避けるべく一歩下がれば、瞬く間に放った何かを回収して踵を返して彼女は走り去る。
「あ、ファニー!」
 よく知った声と伸ばされた手に、一瞬だけ『ファニー』と呼ばれた少女は振り返るも、すぐにまた人ごみの中へと消えていった。
 がっくりとメイジェルは肩を落とす。
「あのコ、まだスリなんかやってたのね」
 はぁ、と零れ落ちた溜め息に反応したのは、意外にもマンスだった。
「今のがスリ……」
 今までスリには実際に出くわした事が無いようで、既に見えなくなった背中を追いかける少年の目は好奇心に満ちている。
 かくいうターヤも話に聞いた事はあったが、現実で目にするのは今回が初めてだった。
(た、多分)
 もしかすると記憶を喪う前に見た事があったのかもしれないが、思い出せないものは思い出せないし、現在の感覚的には『初めて』に相違は無いし、何より会っていてほしくないという感情の方が強い。
「メイジェル、貴女は今の少女と知り合いのようだが」
 エマの言葉に皆が彼女を見た。確かに、先程の呟きでは知り合いだと証言しているのと変わりない。
「え、あぁ、そうよ。あのコがさっき言いかけた、カンビオに居るアタシの知り合いの一人」
 だが、メイジェルは何の躊躇も無く、あっけらかんとして肯定した。
 皆が数秒でも停止したのは言うまでもない。
「ん? どうしたの?」
 きょとんとしたメイジェルに、無論キレたのはアクセルだった。
「どうしたのじぇねぇよ! 何だよそれ!」
「メイのおねーちゃんもスリなの?」
「いやそれは違ぇだろ! ……じゃなくて!」
 まさかのボケをかましたマンスに素早く突っ込んでから、アクセルは再びメイジェルに詰め寄る。
「おまえ、あのクソガキの知り合いなのかよ?」
「クソガキって……まぁ、この場合はあのコが悪いかぁ」
 呆れ顔で息を吐いてから、彼女は青年に向き直る。
「あのコはファニーっていってね、義賊ギルドの一人なの。盗賊達の屋形船、って名前くらいは聞いたコトあるでしょ?」
 盗賊達の屋形船。その名の通り、盗賊や山賊、海賊などの賊系《職業》が集うギルドである。ただし彼らはそんじょそこらのフィールドを徘徊しているような盗賊達とは異なり、主に貴族といった富裕層のみを標的として盗んだ金品を貧民層に与える『義賊』を名乗っていた。
 実際、彼らによって不正を暴かれた貴族を〔軍〕が逮捕した例もある。
「なるほど、彼女が屋形船のメンバーならば納得もできそうだな」
「屋形船なぁ……あいつらって義賊って名乗ってるけどよ、あのクソガキのした事は絶対ぇ違ぇだろ」
「あー、うん、まぁ……ファニーは、ねぇ。それに、基本あの子も貴族とかしか狙わない筈なんだけど……」
 メイジェルを通してファニーを睨み付けるアクセルに、しかし彼女は答えず言葉を濁してちらりと彼に視線を寄越すだけだった。
 アシュレイは、無言を貫いている。
「何だよそれ、訳解んねぇっての」
「それもそうなんだけど……うーん」
 その煮え切らない様子に掴みかからんばかりの勢いで噛み付こうとした青年だったが、何かを思い付いたような唐突さで彼女の人差し指が立てられた為、寸でのところで出かけていた言葉を飲み込んだ。
「なら、ファニーのところに行ってみる? どうせアタシが行こうとしてたトコロの一つがソコだし、屋形船の本拠地は酒場だから、ついでに情報も聞けるかもよ?」

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