The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十二章 盗賊達の杯‐clue‐(4)
だがしかし、常に無表情且つ自由気儘なスラヴィである。彼が二人に矛先を向けられても動じる筈も無く、寧ろその上機嫌さを彼らへと与えんばかりの勢いで口を開いたのだった。
「『そんな事より! 私、今すっごく幸せなんだ! だから、みんなに私の話を聴いてもらいたくって!』――とある少女の言葉」
そこでようやく二人は彼が纏う雰囲気に気付いたようで、自身が怒っていた事も忘れて両目を瞬かせる。その表情は、次第に何か恐ろしいものを見るような顔色へと変わっていった。
そんな二人の様子を不思議に思ったターヤもまたスラヴィを見て、失礼ながら目を点にしてしまった。
彼は、笑っていた。いや、実際そのような事は無く相も変わらぬ無表情なのだが、彼の顔を見てしまった人々の目には、あたかもスラヴィが満面の笑みを浮かべているような錯覚が起こったのだ。それは『スラヴィ・ラセター』という人物を知る者ならば、思わず口の端を引きつらせてしまうくらいの破壊力で。
しかし皆の様子も反応も意に介さず、スラヴィは二人にこれでもかという程にじり寄る。
「『という訳で聴け!』――とある少女の言葉」
「「お断りします!」」
弾かれたように即答するや否、アクセルとアシュレイは高速で〔ユビキタス〕の外へと消えていった。
「『聴けってばー!』――とある少女の言葉」
その後をスラヴィが追いかけ、そして瞬く間に室内から三人が消える。後に残されたのは唖然とした人々と静寂だけだった。まるで嵐が去った後のようである。
(何か、スラヴィが別人みたいだったなぁ)
ところでどうして、スラヴィはアシュレイに『お帰り』と言ったのだろうか、とそこでようやくターヤはその思考に至った。
常に無表情で特定の事項以外には無関心なのがスラヴィであり、普段ならば誰が出かけようと帰ってこようと自ら挨拶を口にする事は無い。相手から言われれば返す事はあるが、今回に限っては自分からである。よくよく考えてみれば、彼には失礼な言い分だが奇異な事この上無かった。
(もしかして、そんなに〈星水晶〉を加工できるのが嬉しかったのかな?)
彼女には彼の唐突で珍しい行動を説明できる理由が、それしか思い浮かばない。
本当に自分の想像通りだとするならば、ある意味このパーティの中で『最強』なのはスラヴィなのかもしれないと、その時ターヤは思ったのだった。
それから数十分後になってようやく三人は戻ってきたのだが、なぜか疲れているのはアクセルとアシュレイだけで、スラヴィは生き生きとしていた。この様子では三人とも時間いっぱい走り回っていたのだろうが、それにしてもアクセルまでもが息を切らしているというのに、スラヴィただ一人が呼吸を乱していないのも珍しい。
「えっと、お帰りなさい?」
とにもかくにも声をかけてみたところ、二人からはあまり反応が無かったが、スラヴィにはどこか陽気な声で「『たっだいまん!』――とある少女の言葉」と返された。やはり今のスラヴィは非常に機嫌が良いようだ。
「二人とも、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です……」
「俺らは平気だぜ……」
ちっとも大丈夫なようにも平気なようにも見えないのだが、エマはこれ以上突っ込まない事にした。
「ならば話を戻させてもらうが、私は皆の知りたい事やターヤ自身について知る為にも、まずは《情報屋》に会おうと考えている。だがその人物に会う為には、何かしらの情報を得る必要がある」
わざわざ繰り返して言ったのは、戻ってきたアシュレイにも話を流れを伝える意図があったようで、現に彼女は理解の意を示すべく何度か首肯していた。
「けど、情報屋に会うのに情報が必要、ってのも変な話だよな」
早くも立ち直ったらしいアクセルの言い分には、ターヤも尤もだと思った。
「情報を売るのを仕事にしてる奴が神出鬼没ってのもどうなんだよ」
「そこに関しては私も同意見だが、本人にも何かしらの事情があるのかもしれない。それに別所で情報収集に当たっても良いのだが、それでは求める情報は手に入らないと考えて良いだろう」
必ず情報を入手したいのならば《情報屋》が確実だ、とのエマの言葉には、反論意見が出る筈も無かった。
それくらい《情報屋》を名乗る人物の情報収集能力は高いのだ。神出鬼没で報酬が不定だとの噂も付き纏ってはいるが、それでもその正体不明の人物を捜し出し、自身の求める情報を得ようとする者は後を絶たないそうだ。
「なら、カンビオにでも行ってみる?」
そこで案を出したのはメイジェルだった。
「流通中心街カンビオか。あそこの酒場にでも行くつもりか?」
「えぇ、アソコならいろんな情報が飛び交ってる筈よ? まぁ、信憑性の保証できないのもあるけど、でも、流通中心街っていうくらいだから、何かしらの情報はあるかも」
彼女は頷いてから肩を竦めてみせ、どうかしら、と問いかけてくる。
エマは皆を見回すが、誰も挙手しようという者は居なかった。確認を終えて、ふむ、と頷いてから彼は彼女を見る。
「他に有力な案も無いだろうし、それを採用させてもらおう。ありがとう、メイジェル」
「ん、良いのよ。だってアタシもソコに用があるし」
え、とはエマ並びに、その場に居た皆の声である。
「メイジェルも一緒に行くの?」
今の声色では、自分達と一緒に行くという意味に取れたので、そこを少しだけ強調してターヤが尋ねてみると、彼女は当然だと言わんばかりに頷いた。
「モチのロン、アタシも行くわよ? カンビオにはちょっと用があるからね」
その瞬間、アシュレイの目が鋭く光る。
「あんた、戦えるの?」
「アタシは《細工師》だから戦闘は無理ね」
「でしょうね」
メイジェルの答えに、しかしアシュレイは特に気にしたふうも無かった。最初から彼女を戦力に数えてはいなかったのだろう。
それを知っているからこそ、メイジェル自身もアシュレイの言葉に反論こそしなかったが、少しの仕返しとばかりに意地悪く笑ってみせた。
「でも軍人と《旅人》が居るんだし、一人くらい非戦闘員が居ても問題無いでしょ? それにアタシは戦闘は無理だけど、武器のカスタマイズぐらいならできるわよ」
「かすたまいず?」
不思議そうな表情で見上げてきたマンスと、なるべく視線の位置を合わせるようにしてから、メイジェルは説明し始める。
「ええ。武器を加工して強化したり、特殊技能を追加したりできるの。でも、それに見合った資源が無いと駄目なんだけどね」
へー、と瞳を輝かせながら熱心に話を聴く少年は、話し手からしてみれば最高の聴き手である。
「じゃ、行き先が決まったところで早速行きましょうか! 親方ー、ちょっとカンビオまで出かけてくるわー」
それに対する返答は無かったが、気にせずメイジェルは歩き出した。
その行動に気付いたギルドの人々が次々に「行ってらっしゃい」との声をかけ、彼女はそれに応える。彼らと共にスラヴィも手を振っているので、どうやら彼は一緒には来ないようだ。
だがそれよりも、まさか彼女に先導されるとは思ってもいなかった一行は思わず唖然としてしまい、アシュレイに至っては面倒そうな顔をしていた。
「あれ? 行かないの?」
出入り口まで来たところで誰もついてこない事に気付き、振り返ってきたメイジェルに首を傾げられるまで、一行はその場から動かなかった。
流通都市カンビオ。その名の通り、この世界における流通の大半を担う場所である。それ故に人と物の行き来や情報の交換なども激しく、道の端には露店が幾つも並び、酒場の数は他よりも多い。