The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十二章 盗賊達の杯‐clue‐(3)
ちなみにマンスはといえば、挨拶の後すぐに近くに居たギルドメンバーに声をかけて、かの〔ユビキタス〕の工房内をちゃっかりと案内されながら物珍しそうに見学して回っていたので、彼らの会話は聞こえていないようだった。
またエマ自身も、居なくても問題無いとの判断なのかマンスに声はかけず、さりげなく全員を出入り口から離れた壁際に誘導してから、本題を切り出した。
「その前にまず、貴女は《情報屋》と呼ばれる人物を存じているか?」
最初に視線が向けられた先はメイジェルだった。彼女は少し予想外という顔をしたものの、返答に支障は無かった。
「えぇ、実際に会ったコトは無いけど、名前だけなら聞いたコトはあるよ。神出鬼没で、いつドコで会えるかも解らないけど、何でも知ってるヒトなんでしょ?」
彼女の言葉に頷くと、彼は次に一行の方を見た。
「私は、その人物に会ってみようと考えているんだ」
「その人に会ってどうするの?」
「私や皆が知りたい事、それから貴女の事を訊いてみようと思っている」
視線が交差する。驚いたターヤは、思わず息を呑んだ。
「わたしの、事?」
「あぁ。以前〔騎士団〕に潜入した時は、貴女に関する情報は何一つ見つからなかった。だが何でも知っていると称される《情報屋》ならば、ターヤ自身ではなくとも、貴女の出身一族などは知っているかもしれない」
「エマ……」
純粋に嬉しかった。未だにどこの誰なのかも何一つとして解らない自分を厄介者だと感じるどころか、まさか《情報屋》を捜してまで手助けしてくれるとは。
(凄く、嬉しいよ)
胸の奥底がきゅうと音を立てて熱くなり、彼女はその辺りを両手で掴んだ。
それに気付いたアクセルだったが、今回はからかう事はしない。内心でからかうだけに止めておいた。
「それに、本来ならば貴女は《旅人》という危険な場所に居るべきではない。元居た場所に――」
「それはやだ!」
咄嗟に口が動く。
エマとアクセルが度胆を抜かれたようにこちらを見ていた。
ターヤ自身も驚いたものの、発言を撤回する気は微塵も無かった。寧ろ、親に置いていかれそうになった幼子のような必死さで訴える。
「せっかくみんなと出逢えたのに、別れるなんて嫌だよ。例え自分の事が解ったとしても、わたしは今まで通りみんなと一緒に世界中を旅してみたいの」
予想外の言葉にエマが対応に困惑している間に、アクセルは笑ってターヤの援護に回る。
「だってよ、エマ。せっかくターヤの奴がこう言ってんだからよ、別に良いんじゃね? ま、こいつの親が許せばの話だけどな」
先を越された上にアクセルにまでこうも言われてしまっては、エマは反論する気も起きてこなかった。小さな溜め息を一つだけ吐くと、解った、と呟く。
その言葉に花の咲いたような笑顔を浮かべ、礼を口にしかけたターヤを制し、
「ただし、危ない事はしないように。貴女は《治癒術師》なのだから自ら敵に立ち向かうのは御法度だし、幾ら人助けだとしても一人で対処しようとは思わないことだ。それから――」
「何か、エマって本当に『お兄ちゃん』みたいだね」
過保護なまでの注意事項を並べ立てるエマの姿を見ているうちに、気が付けば彼女は笑いながらそう呟いていた。
直後、エマの動きと言葉が止まり、彼の反応で自身の発言に気付いたターヤもまた真っ赤になって硬直する。
そして、そのような絶好の機会を見逃すアクセルではない。
「おまえって結構なシスコンだよな、『おにーちゃん』?」
揶揄してきたアクセルをエマが無言で睨み付けた時だった。
あ、あしゅらのおねーちゃん、というマンスの声が聞こえるか否かの瞬間、高速の跳び蹴りを真横からくらったアクセルは吹き飛んでいた。彼はそのまま壁際に積まれていた廃材置き場に突っ込み、派手な音と粉塵が立つ。
「何だぁ!?」
「メイ嬢、何があった!?」
「大丈夫かい!?」
その音を聞きつけた人々が奥の作業場から集まってきた為、ギルドの出入り口付近は再び人口密集度が上がった。
だが、それよりも何よりも、ターヤは視界から一瞬にして消えたアクセルの姿をぎこちなく首を動かして追い、彼の足と思しき赤く長い物体が廃材の中から出ている光景を目にし、次に同様の動きで出入り口の方に視線を向ける。
そこには肩で息を切らしながらも、怒り心頭の様子で廃材に埋もれたアクセルを睨み付けるアシュレイが居た。どうやら全速力でここまで走ってきた勢いのまま、アクセルに飛び蹴りをくらわせたらしい。
本来ならば「お帰りなさい」と言いたいところなのだが、彼女の纏う雰囲気に気圧されてしまったターヤは何も言えなかった。
「ああ、アシュレイか。おかえ――」
「――あんったねぇ! あたしの居ない間にエマ様を苛めるとはいったいどういう了見なのよ!」
二人の喧嘩に慣れているエマは、普段通りに言葉をかけようとしたのだが、彼女の叫びに遮られる形となって、結局は黙ってしまう。呆然と彼女を見る彼は、ターヤには捨てられた子犬のようにも思えた。
それには気付いていないアシュレイはと言えば、廃材の山から出ようとしているアクセルに向かって叫んだままだった。
「前に言ったわよね、あたしの居ないところでエマ様を苛めたら許さないって!」
「そんなこと知るか! だいたい追いついてきて一番最初俺を蹴っ飛ばすとかどういう事なんだよ!」
ようやく完全に脱出できたアクセルは、先程までの礼とばかりに言い返す。
「だから! エマ様を苛めるあんたが悪いんでしょうが!」
「それはおまえの勝手な意見だろーが! このエマバカ!」
「それくらいあたしがエマ様を想ってるって事よ! このナルシスト!」
「何だと!? この一直線女!」
相変わらずと言うべきなのか、挨拶よりもまず先に口喧嘩を開始した二人を、ターヤとエマは呆然と眺めるだけだった。普段ならば仲介に入るであろうエマも、先程のアシュレイの行動が予想外すぎたのか、かけるべき言葉を見つけられていないようだ。
「……何かアナタ達って、結構ハードな事してるのね」
そして、唖然とした顔で呟くメイジェルはどこか呆れているようにも見えた。
何事かと様子を見に来た〔ユビキタス〕メンバーも、それは然り。慣れている筈の二人でさえ反応に困っているのだから、初めて目にした彼女達が驚くのも無理は無かった。
「しかし、どのようにして止めるかだな」
そう口にするところを見ると、やはり今回は流石のエマも少々困惑しているようだった。
かと言ってターヤも自分が何かできるとは思ってもいないし、事実エマが二人を仲裁する為の『最終兵器』なのだから、その彼に無理な事項が他人に可能だとは微塵も信じていなかったのだ。
(でも、きっと誰かが間に入らないとアシュレイとアクセルはずっと喧嘩してそうだしなぁ)
容易に想像できてしまい溜め息を吐きそうになったところで、
「『やぁやぁお帰り諸君!』――とある男性の言葉」
奥からスラヴィが出てきた。気のせいかもしれないが、その顔は嬉しそうに見える。
発言の途中に第三者の声で水を差されたものだから、不機嫌極まりない顔が二つ、言葉の主に向けられた。
「今はこいつとサシで話したいから黙っててくれる?」
「俺らは今大事な話をしてんだよ」