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十二章 盗賊達の杯‐clue‐(2)

「うん、ありがとう」
 エマに頭を撫でてもらえる事は密かにターヤの楽しみの一つであり、故に彼女は若干頬を赤らめながら頷いたのだった。
 そして、それを見たアクセルは、当然の事ながら意地の悪い笑みを浮かべる訳である。
「いつまでもじゃれてんじゃねぇよ、そこのシスコンブラコン」
 からかいが存分に含まれた笑いで眺めてくる彼の言葉を聞いたエマは反射的に手を離してしまい、ターヤはそれを残念がる暇も無く真っ赤になった。
「とっとと行こうぜぇ?」
 普段のエマならばアクセルに揶揄されたところでターヤのように羞恥を覚える事も動揺する事も無いのだが、今回だけは訳が違った。素早く視線が声の主へと動く。
(おまえが、その言葉を私に向けるというのか)
 ついつい脳内で彼に対して理不尽な怒気を向けてしまうも、即座に我に返る。そしてエマは視界の端で少女らしい反応のできているターヤを、少しだけ羨ましく思った。


「『今帰ったぞー!』――とある男性の言葉」
 ユビキタスの本拠地前に到着すると同時、スラヴィが相も変らぬ無表情で、しかし声だけはやたらと大きく言葉を放ったせいか、中で作業をしていた人々はすぐに彼の存在に気付いた。
「お、スラヴィじゃないか!」
「帰ってきてたのか……。いつからだ?」
「つーか、お目当ての物は見っかったのか?」
 各自の作業を一時中断してまでスラヴィの許に近寄ってくる人々に、一行は唖然とする。失礼な言い分ではあるが、まさか幾らギルドの一員とは言え、癖の強い彼がここまで多くの人に親しまれているとは思わなかったからだ。
 そんな中、わらわらと彼を取り囲む人々の端に見知った顔を見つけて、途端にターヤは顔全体に花を咲かした。
「メイジェルっ!」
「ターヤ!?」
 その声で気付いたメイジェルは即座に振り返り、そこに友人の姿を目に留めると、すぐさま彼女同様に笑顔を浮かべる。
 そして、そのまま同時に駆け出した少女達は互いに跳び付くようにして抱き締め合った。
「久しぶりね!」
「うん! 元気だった?」
「当たり前でしょ?」
「それもそうだね」
 えへへ、とこれ以上無いくらいに破願したターヤにつられて、メイジェルも更に頬を綻ばせる。まるで二人の周囲だけ花畑のような雰囲気だ。
「ターヤ、少し良いか?」
「エマ?」
 自身を呼ぶ声に振り向いて、少女は目を瞬かせた。
 なぜなら、その場に居る自分達二人以外の人々が、こぞってこちらを凝視していたからだ。出入り口に居る仲間達しかり、室内で作業中であった筈の〔ユビキタス〕の面々しかり。
 どうして皆が驚いているのか理解に至らないターヤは、困った末にメイジェルを見た。
 だが、彼女もまた呆然とした顔をしている。
「えっと……みんな、どうしたの?」
「貴女はスラヴィ以外の〔ユビキタス〕のメンバーと面識があったのか?」
「メイ嬢、いつの間に〔屋形船〕以外の友達ができたんだ?」
 前者は当然と言えば当然の驚きだが、後者は非常に失礼な質問である。

 そう言えばあの時は一人だったと思い出し、ターヤは一行に説明する。
「あ、えっと、エンペサルの武具屋でメイジェルに武器を選んでもらって、その時に友達になったの」
「なるほど。それは良かったな」
 理解して微笑んだエマの言葉に、うん、と大きく頷く。
 反対にメイジェルは、ふーん、と言わんばかりに眉根を寄せて、失礼なの言葉を口にした青年をじっとりとした視線で見つめていた。
「ちょっとぉ、それアタシに対してのイヤミ? アナタって、実はアタシのこと嫌いだったんだ?」
 途端に彼は慌て出す。
「あ、いや……そんなつもりじゃなくてだな、うん。メイ嬢はずっとギルドで作業してるし、外に出かけても〔屋形船〕かパジトノフの爺さんとこに行くだけだろ? だから、なぁ?」
 しどろもどろになって弁解する青年の姿に彼女は苦笑した。
「アハハ、冗談よ。ちょっとムカついたから仕返ししただけ」
「そりゃないぜ、メイ嬢」
 わざとらしく肩を竦めてみせる青年に対し、彼女は聞こえていないとでも言いたげにすまし顔を取る。そうすれば青年の方はがっくりと肩を落とした。
 二人のやり取りには、全員ではないにしろ〔ユビキタス〕の面々がどっと沸いた。
「それにしても、まさかスラヴィとターヤが知り合いだったなんてね」
 一行を見ながら彼女は言う。
 ちなみにスラヴィはと言えば、ターヤとメイジェルの再会に皆の気が向いたところで奥の方へと行ってしまっていた。早速〈星水晶〉を使って、何かしらの武器の作成でも行うのだろうか。
「スラヴィと出会ったのは、メイジェルと出会った後だったから」
「そうなんだ。じゃあ、あの時は知らないよね」
「うん。スラヴィと会ってから、同じギルドだって気付いたの」
「なら、最初はスラヴィの喋り方にビックリしたでしょ? アタシも初対面はスッゴク驚いたのよねぇ」
 懐かしそうに回想するメイジェルに頷く。
「わたしも最初は吃驚しちゃったよ。だって、スラヴィの話し方は独特すぎるんだもん」
「でしょうね。驚かない人が居たら、そっちの方がアタシはビックリするし」
 ねー、と楽しそうに会話をする二人を残る男性三人は眺めるばかりだった。
「あ、そうだ。メイジェルに紹介してなかったね」
 そこで思い出したように両の掌を叩き合わせると、ターヤは仲間達の方を振り向いた。
 彼女に合わせてメイジェルも視線を動かす。
 スラヴィの帰還を受けて先程まで出入り口付近に集結していた〔ユビキタス〕の人々はといえば、既にそれぞれの持ち場に戻って作業を再開していた。
「えっと、この人達が今一緒に旅をしてる仲間なの」
「初めまして、ターヤのお仲間さん。アタシは〔ユビキタス・カメラ・オブスクラ〕のメイジェル・ユナイタスよ。ヨロシクね?」
 軽くウィンクを飛ばしながら彼女は挨拶をする。
 それを受けてエマが名乗り返せば、その後にアクセル、マンスと順に続く。
「そう言えば、ターヤ達はこれからどうするの?」
 全員が自己紹介をし終えると、唐突にメイジェルが話題を変えてきた。
「とりあえずは情報収集だな」
「へ? 何の?」
「何か調べる事とかあったか?」
 エマの発言は一向にとっても突然であり、ターヤとアクセルは疑問を覚えて彼を見る。

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