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十二章 盗賊達の杯‐clue‐(1)

 レングスィヒトン大河川を抜ければ、現在の目的地たる芸術の都クンストはほぼ目の前だった。
「『おっ、見えてきた見えてきた』――とある男性の言葉」
 そして向かっている先が自身の属するギルドの本拠地がある都市だからか、常に無口なスラヴィも今だけは普段に比べて饒舌になっていた。あくまでも、普段に比べれば、ではあるが。
「あれがクンスト……」
 ほぇー、と両目を瞬かせながらターヤはクンストから視線を動かさない。記憶喪失の彼女にしてみれば全ての都市やダンジョンが初めて訪れる場所なのだから、その度に興味関心が湧くのは当然の事と言っても過言ではなかった。
 彼女の隣ではマンスも同様の顔をしている。どうやら彼もクンストは初めてのようだ。
「芸術の都って、なにがあるの?」
 マンスとしてはエマに尋ねたつもりだったのだが、生憎と振り向いたのは近くに居たアクセルだった。
「そのまんまだ、美術館とか博物館とかアトリエとかだな」
「赤には訊いてないよ」
 むっすぅ、と不満げに頬を膨らましたマンスにはアクセルの眉根も寄る。彼は両腕を頭の後ろで組んだ体勢を解くと、身体ごと少年に向き直った。
「何だとてめぇ、せっかく教えてやったのによぉ」
「ぼくはエマのおにーちゃんに訊いたの。それを赤が勝手に答えたんでしょ」
 ぷい、と膨らませたままの頬を背けた少年に青年は怒気を覚えるも、そこで彼の腕に目が行く。そこを数秒だけ凝視すると、今度は二人の顔を呆れ半分に見た。
「おまえら、何で手なんか繋いでんだよ?」
 アクセルの言うとおり、ターヤとマンスは母と幼子がするかのように手を繋いでいた。いつからしていたのかは解らないが、先程という訳でもないだろう。
 だがしかし、当事者二人は不思議そうに彼を見上げるだけだった。わざわざ訊く程の事だろうか、とでも言いたげな表情である。
「それがどうしたの?」
 案の定、ターヤは首を傾げた。
「いや、おまえらってほんと仲が良いと思ってよ」
 答えあぐねた挙句、結局アクセルは誤魔化す事にした。
「? そう?」
「あたりまえでしょ、だってぼくとおねーちゃんだよ?」
 片方は問うてきた事自体を不思議そうに感じており、もう片方は自信満々に胸を張って即答してきた。
 あー、そりゃそうか、とアクセルが曖昧にでも頷けば誰もそれ以上追及してくる事も無かったので、再び腕を頭の後ろで組んで前を向く。けれども脳内は最初に思い浮かんだ感想のままだった。
(マンスの奴、あんまし男扱いされてねぇよなぁ)
 ただでさえ少女に近い容姿をしている事に少なからずコンプレックスを抱いている彼なのだが、ターヤと手を繋いでいる時点で最早彼女からは子ども扱いされている。
 しかも厄介な事に本人にさえその自覚が無いのだから、これは気付いてしまった自分の方が居た堪れない。
(まぁ女扱いが嫌なだけで、子ども扱いは良いのかもしれねぇけど)
「着いたぞ」
 当人達が全く気にしていない事を思考していたアクセルは、エマの一言で意識を現実へと戻し、そこで自分達がクンストに到着した事を知る。
「お、着いたのか」
 街の仲へと足を踏み入れながら、周囲に視線を寄越す。
 その後ろでは、ターヤが物珍しそうに様々な場所に目を向けていた。
「レングスィヒトン大河川からは結構近いんだね」

「『だって、目と鼻の先だもの!』――とある少女の言葉」
 マンスとは反対側の彼女の隣に進み出たスラヴィが表情こそ変わらないものの嬉しそうに言い、その事にターヤは頬を綻ばせる。やはり慣れ親しんだ場所に戻るのは、基本的には誰であろうと嬉しいものなのだろう。
「スラヴィはクンストに帰るのは久しぶりなの?」
「『そうだなぁ、一か月ぶりかな?』――とある男性の言葉」
「へー、一か月も離れてたんだ。やっぱり、〈星水晶〉を探して?」
「『まぁ、そんなところかな?』――とある女性の言葉」
 淡々と答えるスラヴィは彼らしくて、そっか、とターヤは頷いた。
「ところで、これから〔ユビキタス〕に行くんだよね?」
「『当然だな』――とある男性の言葉」
 予想通り且つ当然の彼の答えに決心が固まる。よし、と心中で片方の拳を握り締めてから、彼女は空いている方の手で彼の手を取った。
 突然の行動に珍しく驚いているようにも窺えるスラヴィに対し、ターヤは掴んだ手はそのままに前方へと声を放る。
「エマ、わたしもスラヴィと一緒に〔ユビキタス〕に行きたい! ……んだけど、良いかな?」
 だが、すぐに遠慮がちに萎んでいった。
 そのかけられた声に先頭を行くエマが、彼の後ろをぶらぶらと進んでいたアクセルが、反対側の隣を歩いていたマンスが、一斉に立ち止まって彼女を振り向く。
「ターヤ? どうしたんだ?」
 一番最初に反応したのはアクセルだった。彼は不思議そうにこちらを見てくる。
「ユビキタスに? 中を見学してみたいのか?」
 次はエマだった。当然と言えば当然の推測である、何せターヤは、この街に来た事など一度も無い筈なのだから。
「とりあえず、ユビキタスに行きたいの」
「そうか、ならば行ってみるとしよう」
「ま、中に入っても良いっつわれたらの話だけどな」
 それでもクンストの次の目的地は定まっていなかったからか、二人は彼女が提案した寄り道を拒否する事も、そこに難色を示す事も無かった。
「それもそうだな。スラヴィ」
 アクセルの言葉に同意したエマがスラヴィに視線を移す。
「私達のような部外者が〔ユビキタス〕の鍛冶場まで入る事は可能だろうか?」
「『んー、そればっかはリーダーに訊いてみないと解らないよ~』――とある少女の言葉」
 そうか、と言おうとしたエマだったが、彼の言葉には続きがあった。
「『だが、行ってみなければ解らないだろう?』――とある青年の言葉」
「それもそうだな」
 頷くとエマは「だが」と付け足した。
「ユビキタスのギルドリーダーが許可しなかった場合は諦めるように。良いな、ターヤ?」
「はーい」
 流石にその辺りは承知の上だったので、片手を挙げて応える。
「いつも思っていたのだが」
 だが、途端にエマがこめかみに手を当てたので、ターヤは不思議そうに目を瞬かせてしまった。彼の言を肯定する発言しかしていない筈なのだが、何か間違えてしまったのだろうか。
「特に肯定の意を表す答えの時には、間を伸ばさず答えた方が良い。適当に返答していると相手に誤解されてしまう事もあるからな」
「あ」
 言われてようやく気付くターヤである。
「ご、ごめん」
 しゅんと縮こまり小さな声で謝る彼女に彼は苦笑して、その頭を撫で始めた。
「謝る程の事ではない。次から気を付ければ良い事だ」

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