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十二章 盗賊達の杯‐clue‐(18)

 一人がそう言えば、続けて他の僧兵も口を開いた。
「聖獣たる龍を使役するとは何事か! 貴様ら、もしやあの《龍使い》などという不届き者の関係者ではなかろうな!」
(セアドって、教会の人には評判が悪いみたい)
 口にこそ出さなかったものの、ターヤの表情にはありありと肯定の色が浮かんでいた。
 そして、それを目敏く見付けた僧兵達が黙っている筈も無い。
「やはりか……この背信者共が!」
 叫ぶや否、僧兵達がどっと雪崩れるようにしてこちらに向かってきた。
「えっ、えぇぇぇぇぇ!?」
 思わずターヤが悲鳴を上げたのも致し方無い事である。何せ、彼らは一方的な主張ばかりを押し付けてきたどころか、勝手に激怒して武器と共に襲いかかってきたのだから。
 そして、そのような彼ら相手に、あの二人が黙っている筈も無かった。
「だぁぁぁぁ! うっぜぇぇぇぇぇ!」
「上等よ! 相手になってあげるわ!」
 アクセルとアシュレイも怒りを見せると同時、武器を手に前方の大群へと向かって駆けていった。
 待て、と言いかけたエマの口は、音を発する前に閉じられた。そのまま彼は呆れたように溜め息を吐き、渋々と槍を手に取ってターヤとマンスの前に立った。
「おにーちゃん、ぼくも――」
「いや、貴方達はここから動かないでくれ」
 懐から巻物を取り出しそうとするマンスを押し留めると、エマはその場から動かずに前方で始まった戦闘に視線を固定する。
「うおりゃぁっ!」
「はぁっ!」
 二人だけという事で、すぐに数では勝る僧兵達に取り囲まれてしまったアクセルとアシュレイだが、実力差は彼らの方が格段に上だった。即座に背中合わせになった二人は、見事なまでに息の合ったコンビネーションで次々と僧兵を沈黙させていく。無論、みねうちにするという技術力の高さをも見せつけている。
 普段の喧嘩振りからは想像できない光景にターヤとマンスは唖然とし、レオンスは称賛の口笛を鳴らし、そしてエマはこれでもかと言うくらいの呆れ顔で頭を抱えていた。
「普段も、今のように息が合ってくれれば文句は無いのだが」
 その意見には二人も賛同だった。
「それにしても、つくづく君達は見ていて厭きないな。軍人に《旅人》に《鍛冶場の名工》に記憶喪失、それだけでも面白い面子なのに、その上《龍の友》とも知り合いで、龍にも乗った事があるんだろ?」
「まあ、そのようなところだ」
 他の声とに意識の向いているエマは投げやりな肯定だったが、それよりも気になる事のできたターヤはレオンスに向き直る。自分自身でも、真剣さと驚愕の入り混じった表情をしているのが手に取るように解った。
「レオン、何でわたしが記憶喪失だって知ってるの?」
「ん? 何だ、正解だったのか」
 だがしかし、返ってきたのは予想外の言葉で、え、と間抜けな声が出た。
「どうもターヤの発言が引っかかったんだ。今時子どもでも知っている常識を知らないのは、もしかして記憶喪失だからなんじゃないかと思って、鎌をかけてみたんだよ。けど、まさか本当に記憶喪失だったなんてな。それで《情報屋》を捜しているのか?」
「あ、うん」
「そうか、なら彼女は君の役に立ってくれると思うよ」
 そう言った彼の声は柔らかく暖かい雰囲気で、そこから彼が《情報屋》を非常に信頼し好いている事が感じ取れた。でも、それだけではない。
「レオンは、もしかして――」
「! 失礼」
 言い終える前に肩を掴まれて引き寄せられたかと思いきや、レオンスの短剣と僧兵の杖とがぶつかり合った。

「!」
 驚いて視線を動かせば、マンスを背にしたエマも僧兵と武器を交えていた。
 どうやらアクセルとアシュレイに敵わないと感じた一部の僧兵が、彼ら二人よりも御しやすそうなこちらに標的を変更したらしい。
 またも僧兵に言葉を遮られてしまった事と、確かに事実ではあるものの軽んじられた事に少しばかり腹を立て、ターヤはレオンスと密着したままブローチから杖を取り出す。その光景を目にした僧兵が驚くが、今の彼女には気にもならなかった。武器を構えて即、唱える。
「〈光〉!」
 感情のままに発動された魔術は彼女の怒りを反映し、通常の倍の威力でその僧兵を吹き飛ばす。
「なかなかやるじゃないか、ターヤ」
 レオンスの褒める声が聞こえたが、現在の彼女はそれどころではなかった。こちらに向かってくる僧兵達に向けて、次々と無詠唱で魔術を確実に当てていく。しかも術自体は初級魔術なのだが、その威力は中級魔術に匹敵する程だったのだから、気付いた僧兵達が足踏み状態となる。
 その様子を攻撃の合間に見ていたアクセルは、楽しそうに笑った。
「おっ、ターヤの奴、やるじゃねぇか」
 そちらを振り向かず背を預けたまま、けれどアシュレイは聴覚だけでアクセルの見ていた光景を何となく理解していた。
「そこについてはいろいろと突っ込みたいところだけど、まずはこいつら、本当に何とかならないのかしら。別に個々は大して強くもないんだけど、多すぎて厭きてきたわ」
「確かにな、俺も厭き厭きしてきたっての」
 本人達の前でにべも無く堂々と本音を曝け出す二人に、無論黙っている筈が無い僧兵達だったが、やはり実力差は埋められずに無力化させられていく。
「けど」
 アクセルの視線が、我関せずとばかりに不参加を決め込むローワンへと向けられる。
「あいつが参戦してなくて本当に良かったぜ。聖職者とは思えねぇ奴だけどよ、あいつは只者じゃねぇぜ」
「確かに、重心の置き方といい放つ雰囲気といい、こいつらとは訳が違うわね」
 見向きもせずにまた一人と僧兵を蹴散らしながら、アシュレイが頷く。彼女の視線もまた、一人離れた場所に佇むローワンに飛ばされていた。
 彼は二人分の視線を受けている事に気付きながら、しかし意識と視線はただ一つに集中していた。他など見えなくなるくらいには、それに釘付けだったのだ。
(あれは――)
「〈炎陣〉」
 三度目に遮られたのは、一行ではなかった。
 彼にとっても彼らにとっても聞き覚えのある、透き通った声が全体に響き渡った瞬間、僧兵だけを取り囲むようにして、地面に円陣が現れた。
「! 逃げ――」
 危険を察知したローワンが叫び終えるよりも早く、その魔術が僧兵達を飲み込んだ。燃え盛る炎の中に彼らの姿が消える。それは明らかな攻撃魔術だった。
「!」
 思わず口元を押さえたターヤの横で、レオンスは嗤っていた。次に『彼女』が何をするか、彼はよく知っていたから。
「〈水陣〉」
 再び同じ声が通った瞬間、今度は水が僧兵達を包み込む。
 反射的に目を瞑りそうになったターヤだったが、それが攻撃魔術ではない事に気付く。
(あれって、治癒魔術!)
 彼女の《治癒術師》としての勘が、はっきりとそう告げていた。
 てっきり攻撃されたものだとばかり思っていた僧兵達は、全く痛覚が機能しない事に驚き、そして先程の炎で負った傷が跡形も無く治されている事に目を丸くした。

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ライト

フラマカリス

​ワッサカリス

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