The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十二章 盗賊達の杯‐clue‐(17)
「悪いな、俺の方が速かったみたいだ」
間に割って入ったレオンスが、モンスターの片目を短剣で掠めていた。驚いた相手の体勢が崩れた瞬間、もう片方の腕に握られていた短剣が片足を傷付け、反対の短剣が峰で鳩尾を殴打し、そして反対の短剣が喉を貫いた。
レオンスが武器を抜くと、モンスターは抵抗無く地面に倒れ伏し、そのまま微動だにもしなくなった。
「大丈夫か?」
それら一連の流れるような攻撃を呆然と見ていた一行は、レオンスが助けた相手に手を貸して助けたところで意識を現実へと引き戻され、慌てて彼らのところまで向かった。
「レオのおにーちゃん、強いね!」
辿り着いて早々、花が咲くように瞳を輝かしたマンスに、レオンスは苦笑する。
その隣で、ターヤは彼に助けられた人物に治癒魔術をかけていた。転んだ時にできたであろう擦り傷と、少しばかりの引っ掻き傷が見受けられたからだ。
その人物は、三十代くらいの男性だった。首からペンと手帳を紐で垂らし、腰にカメラらしき物体、顔に眼鏡をかけている姿は、どことなく記者を連想させる。
やがて光は収束し、男性の傷も消えた。
「えっと、終わりです」
「アリガトウゴザイマス、助かりました」
ぺこりと頭を下げられて、ターヤは思わず縮こまる。実際に助けたのはレオンスであって、自分は怪我を治しただけなのだから。
「あ、いえ」
「時にキミは……ルツィーナさん?」
思考が全て吹き飛んだ。まただ、また、その名前。ルツィーナ。その人物は、いったい自分とどのような関係があるというのか。
「あ、えっと、わたしは……」
「彼女はターヤと言うんだけど、そんなに君の知人に似てるのかい?」
肩に手が置かれたかと思いきや、いつの間にか斜め後ろにはレオンスが立っていた。
その言葉に男性は驚いたようだった。慌てて謝罪してくる。
「スミマセン、人違いをしてしまったみたいです」
「あ、いえ、気にしないでください」
ターヤも慌ててそう言えば、男性は頭を上げて懐から何かを取り出した。
「ワタシ、こういう者デス」
これ名刺デス、とターヤに渡されたのは長方形のカードで。皆もそれを覗き込もうとしたのだが、男性が「この度は、助けてくださり本当にアリガトウゴザイマス」と再びお辞儀をして礼を述べてきたので、彼の方に顔を向けた。
「お礼がしたいノデ、良かったら時間のある時にでも首都にある本社に来てくださいネ」
今はチョット急いでるのでスミマセン、そう言うと青年は脱兎の如く走り去っていった。それはあっという間の事で、再び魔物に襲われないだろうかという心配もあったが、カンビオが目と鼻の先にあるので問題無いだろう、とレオンスが結論付ければ、思うところはあるものの皆はその姿を見送った。
「あんだけ速ぇのに、何で魔物に襲われてたんだよ。つーか、戦えねぇんなら護衛くらい雇っといても良いんじゃね?」
呆れたように尤もな事を呟いたアクセルに、レオンスが苦笑する。
「彼なりの理由があるんじゃないのか?」
「彼なりの理由、かぁ」
反応して思考に沈み始めたマンスをレオンスは一瞥してから、今度はターヤの手の中のカードに視線を移した。
「彼の名刺みたいだな」
「うん、名前もちゃんと書いてあるよ。えっと……『自動筆記、ハウプトシュタット支部所属記者、ユルヨ=ユハニ』さんだって」
「自動筆記……って事は、今のおじさん、記者なんだね」
既に見えなくなった姿を見ながら、驚いたようにマンスが呟く。
「じどうすくりーば? 『じどうひっき』じゃなくて?」
無論ターヤは知らない訳で、そういう読み方をするんだ、とエマが説明を始めた。
「〔自動筆記〕とは、首都に本社を、各都市に支部を持っている巨大なギルドの一つだ。主に〈日刊ミーミル〉という定期刊行情報誌を発行し、世界中に今日の出来事や情報などを伝えているんだ」
「じゃあ、今の人は世界中を回って情報を集めたりしてるの?」
「ああ、だが記者は彼一人ではないから、担当地域も決められているのだろうな」
「でも、その〔自動筆記〕の人達なら、わたし達の知りたい情報とか持ってないのかな?」
それはターヤにとっては当然の疑問だったのだが、彼女以外の人々は目を丸くした。皆の反応で、自分が何か変な発言をしたのだと彼女は気付く。
「え、えっと……エマ?」
結局、解らずにエマに伺う。
「幾ら彼らが世界中を飛び回って情報を集めているとはいえ、それは一般大衆に公開するものなのだから、本人が許可しない限り個人情報は載せられないだろう? 故に、彼らに個人に関わる事を尋ねるのは、あまり得策とは言えないんだ」
「そうなんだ」
納得して頷いたターヤだったが、そこにレオンスが割り込んできた。真剣な色を含んだ顔付きの彼に、悪い事は何もしていないのに鼓動が加速し、ターヤは自身の内部を見透かされたような気分になる。
「それより、気になったんだが、もしかしてターヤは――」
彼の言葉が紡いでいる途中で、その気配は唐突に現れた。
「話してるとこ悪ぃが、ちっとばかし良いか?」
明らかに他者と解る声に振り向けば、いつの間にか一行の前方には数十人もの僧兵と、目元を隠すかの如く仮面のような物を着けている一人の僧侶が立っていた。
「! 〔教会〕!」
いち早く反応したアシュレイが構えようとするが、その動作は戦闘に居た男性が掌を向けてきた事で制される。
「おっと、早まんないでくれよ、豹の嬢ちゃん。俺らは確認しに来ただけなんでな」
彼がこの集団で最も高い階級なのか、後ろの僧兵達は黙って立っているだけだ。
「喫煙家の『不良』聖職者がよく言うわ」
相手の耳に挟まれた煙草に視線を向けながら、アシュレイはさも呆れていると言わんばかりの声を出した。接近されるまで相手に気付けなかった事への内心の動揺を、誰にも悟られぬよう押し隠すべく。
それに気付いているかの如き顔で、不良聖職者は笑っていた。
「で、俺らに訊きてぇ事って何だよ?」
さりげなく、どこか探るようにしてアクセルが一行の先頭へと進み出る。その右手は大剣の柄を弄っていた。
すると相手の顔から笑みが消え、代わりに浮かび上がったのは事務的な表情だった。
「俺は〔聖譚教会〕のローワン・サザーランドだ。そんでおめぇさん達に確認したい事ってのだがな」
貫くように、視線が一人一人を捉えていく。
「この前、死灰の森とレングスィヒトン大河川付近で龍を二頭見たっつー報告が入ってきたんだが、それはおめぇさん達の仕業か?」
そしてターヤを見た時、彼の目が一瞬だけ揺らいだように見えたのは、気のせいだったのだろうか。
「その事が、私達と何か関係があるとでも?」
「とぼけるな!」
エマの返答には、先頭の不良聖職者ではなく後方の僧兵の一人が反応した。
「龍の姿が確認された後、その場所から出てくる貴様らを目撃した者が居る。これは言い逃れできない事実だ!」
じどうスクリーバ