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十二章 盗賊達の杯‐clue‐(16)

「あの《情報屋》をかよ!」
「凄いわね、あんた達」
 アシュレイからも感嘆の声を向けられたレオンスは苦笑いを浮かべる。
「けど、実際のところ彼女は自由だからな。今も用事があるからって、出かけているよ」
「彼女? では、《情報屋》は女性なのか?」
 驚いたように問うたエマ、そして他の二人にもレオンスは頷いてみせた。
「ああ、とびっきりの美人だよ。確か今回は、[ペルデレ迷宮]に用があるとか言ってたな」
「あの迷宮にかよ? そいつ、何しに行ったんだ?」
「さあな。俺と彼女は『契約』でのみ繋がれた関係だから、深く干渉するのはタブーなんだ」
 アクセルの質問には竦められた肩が返される。
 そして、レオンスの発言にはエマとアシュレイが眉根を寄せた。
「ところで、ターヤ達はもう行くのか?」
 いきなり話題を振られたターヤは驚いたものの、うんと答えれば、彼はそれは良かったと言わんばかりに笑んだ。
「なら、俺も一緒に行くよ」
「え、どうして?」
「いつまでも待っているだけじゃ、願いは成就しないからさ」
 わざとらしくウィンクを向けられるも、それが何を意味するのかターヤには理解できなかった。だからこそ、彼女は「そっか」とだけ答える。
「じゃあ、レオンも一緒に行こう」
 特に何も考えず彼女がそう言った瞬間、アシュレイが隠そうともせずに「うげっ」と嫌そうな声を上げたのは言うまでもない。
 しかし聞こえていても動じないレオンは、とびきりの笑顔を浮かべると一礼した。
「ああ、宜しくな、お嬢さん?」
「うん、宜しくね、お兄さん?」
 簡単に承諾してしまったターヤに彼女は物申したかったのだが、心の底から反対しているのは自分だけだという事実に気付き、またも同時に愕然と肩を落としたのだった。
 特に他人に秘さなければならない目的がある訳でも無い為、エマもアクセルも率先して拒もうとは思わなかったのである。
「で、君達はこれからどうするんだい?」
 アシュレイ以外のメンバーに問うあたり、レオンは空気の読める方だった。
 すかさず彼女はエマを見た。彼ならば自分の感情と考えを解ってくれるだろう、という期待を込めて。
「先に言っておくが、私は別に貴様が同行する事に関しては反意を唱えない」
 しかしエマは肯定こそしないものの否定もしないと告げた為、今度こそアシュレイは首を下げたのだった。
「だが、貴様が私達に害を成すようであれば――その時は敵とみなす」
「覚えておくよ、エマニュエル」
 苦笑すると、レオンスは後ろを振り返った。その視線の先には、二日酔い勢を介抱するファニーの姿がある。
「ファニー」
 彼は名前を呼んだだけだったが、先程の会話が聞こえていたのか、事情を把握していると思しき少女は呆れ顔で応えた。
「はいはい、解ってるわ。みんなにはあたしから言っとくから、いってらっしゃい」
「助かるよ」
「ただし、行く先で迷惑をかけないでちょうだい。あと、お酒は飲みすぎないこと」
「耳に痛いな」
 わざとらしくレオンスが頭を振れば、ファニーは微笑んだ。
「いってらっしゃい、レオン。気を付けて」

「ああ、行ってくるよ。みんなを頼む」
 微笑み返して、レオンスは酒場を長らく後にしたのだった。


「なぁ、本当に良かったのかよ」
 レオンスを加えた一行は、カンビオを出てから《情報屋》が居ると言うペルデレ迷宮に向かって進み始めたのだった。
「何がだい?」
「おまえのギルドなんだろ、〔屋形船〕は。リーダーが居なくても大丈夫なのかよ」
「あいつらはしっかりしているからな、余程の事が無い限り大丈夫だよ。それに、カンビオには〔軍〕も入りにくいだろ?」
 視線はアシュレイに向けられる。
 彼女は彼を一瞥しただけで、後は正面を向きながら答えた。
「ええ、そうね。カンビオで衝突でも起こしたら、世界の流通が滞るもの。ニールだって馬鹿じゃないんだから、そんな愚かな事はしないわ」
「だろうな。今の《元帥》は一見ちゃらんぽらんだが、実際は賢人だと聞くからな」
 今度はアシュレイは何も言わなかったので、レオンスはエマに声をかけた。
「ところで、後から追いつくと言っていた君達の仲間は大丈夫なのかい?」
「スラヴィなら問題無いだろう」
 即答するエマには、他の面々も無言で賛同していた。
 カンビオを出る前、後ろから追いかけてきたメイジェルがクンストに帰る事、スラヴィを向かわせる事、そして彼に武器のカスタマイズを頼まれたら行うように頼んでおく事を、一行に告げたのだった。一行は申し訳無さから渋ったのだが、ペルデレ迷宮とクンストは反対方向だし、スラヴィの腕ならとっくに彼の用件も終わっている筈だから、と結局はメイジェルに押しきられたのである。
 それ故、ターヤとマンスは時おり後方を振り返っては彼の姿を捜していたのだが、まだ来ないようだ。
「なるほど、君達はその彼を信頼――」
 瞬間、レオンスは言葉を止めて前方に意識を集中した。
 同時にベテラン三人も各々の武器に手をやって構える。
「――助けてクダサイっ!」
 後衛二人が状況を理解できないでいると、誰かの助けを求める声、そして二つの影が前方からもの凄い速度で訪れた。片方は人間、そしてもう片方は狼だ。
「! 人がモンスターに襲われてる!」
 指を差して叫んだマンスの言葉に、ターヤは咄嗟に《旅人》二人と出会った時の事を思い出した。
 こちらへと向かって逃げてくる人物を助けるべく皆は動こうとしたが、それをレオンスの片腕が制する。何を、と怪訝な顔をする皆に、彼は笑いかけた。
「ここは俺に任せてくれ」
「なら、お手並み拝見と行きましょうか」
 珍しい事に、最も反発しそうなアシュレイが最初に武器を仕舞った。
 続いて、エマとアクセルも出しかけた腕を下ろす。
「ああ、そうしてくれ」
 言うや、レオンスが駆ける。アシュレイ程ではないものの、彼はアクセルよりも速かった。
「わ、速い!」
「アシュラのおねーちゃんよりは遅いけど、赤よりは速いね」
「何だとクソガキ!」
「何をしているんだ御前は!」
 普段通りのやり取りが行われる中で、アシュレイだけは一言も発さずにレオンスの一挙一動を凝視していた。無意識のうちに握り締めていた手に、汗が溜まる。
「――!」
 視界の先で、逃げていた人物が転んだ。足が縺れたのか疲れたのかは判らないが、あれでは狼の牙の格好の餌食だ。咄嗟に足が動き出しかけて、

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