The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十二章 盗賊達の杯‐clue‐(15)
メイジェルは反対に柵に背を預けると、自分用に持ってきていた瓶の蓋を開ける。中身は彼と同じ冷水だ。彼女はそれに口を付けると一気に飲み干し、呆然と見つめるウィラードに視線を向けて笑った。
「ほら、ウィラードくんも飲みなよ。少しは気持ち悪さも収まると思うよ」
既に回復しているとも言えず、また凝視していた事に気付かれた恥ずかしさから、彼は慌てて頷くと蓋を開けて同様に一気飲みをする。喉を通りぬけていく冷たさが気持ち良い。どうやら先程の感覚は錯覚だったようだ。
「で、またシーカさんに飲まされたの?」
「あ、はい」
「やっぱりか」
呆れた顔になったメイジェルを見て、後で再び怒られるであろうシーカを思い浮かべ、思わずウィラードは笑った。
「それにしても、ウィラードくんも毎日弄られて大変ね」
そんなウィラードを見つめるメイジェルは微笑んでいて、気付いた彼は反射的に顔を真っ赤に染め、慌てて顔を逸らした。
「い、いえ、そんな事は……」
彼の性格をよく知っている彼女は気にせず、んー、と組み合わせた掌を頭上へと想いきり伸ばす。そうしてから、顔だけを彼の方に向き直らせた。
「そう言うなら別に良いんだけど、何かあったらちゃんと言ってね。アタシがキミを護ってあげるから」
どきり、と胸が高鳴る。普通は男性であるウィラードが女性であるメイジェルに言うべき台詞なのだろうが、生憎とこの二人の性格では逆なのだ。また、彼自身も彼女の強いところに惚れていたので、最早これは諦めかけている個所でもあった。
そして何より、彼女自身がそれを当然だと認識しているようなので、まず覆る事は無いのだろう。
ゆっくりとウィラードが頷けば、彼女は満面の笑みを浮かべる。その笑顔が見られるのなら情けないままでも良いのかもしれない、と彼が考えている間に、さて、と彼女が呟いた。
「そろそろ飲んだくれさん達を介抱しないといけないだろうし、下に戻りますか」
「そうですね」
呆れながらも元気良く酒場へと戻っていく背中に続きながら、ウィラードは少々の名残惜しさを感じつつ、しかし内心では幸せいっぱいである。
(メイジェルさんと話せたから、今日は良い日でした)
彼は驚く程に無欲で謙虚な男だった。
翌朝。呑みすぎ騒ぎすぎが原因で二日酔いに苦しむ〔屋形船〕メンバーの多くが、酒場の床に所狭しと倒れ伏す中、一行は残りの酔わなかった人々を手伝って、そこら中に散らかったコップや空き瓶などを片付けていた。
「……頭が痛い」
とは言っても、ターヤとアシュレイに限っては酒に強くないせいか、軽い頭痛を覚えていたのだが。
そんな二人を見たアクセルが溜め息を吐く。ちなみに彼は二日酔い二人の付き添いだ。
「弱ぇのに飲むからだっての」
「煩いわね、あんたの声は響くの。少しは黙りなさいよ。と言うか、あたしは飲んだ覚えが無いんだけど……?」
「だって、貰っちゃったし、ジュースだって言われたから……」
昨夜の素直さが幻だったかのように通常運転なアシュレイを残念に感じ、ころりと騙されたらしいターヤには呆れを覚えるアクセルだった。
「おまえらなぁ……つーか、アシュレイも酷ぇよな」
何がよ、と突き刺さんばかりの視線が飛んできたので、アクセルもお返しとばかりにわざとらしい声を出した。
「昨日はあんなに俺にデレッデレだったのによー」
「……は?」
瞬間、十割ありえない事物を見るような目を向けられた。とうとう頭がイカレたのかと言いたげな顔である。
覚えていない事は先程の発言から予想済みだったが、やはり気に食わなかったので負けじと言い返す。
「だから、昨日のおまえは俺にツンツンじゃなくてデレデレだったんだぜ?」
「ありえない」
きっぱり即答。
「このあたしが、あんたなんかと慣れ合うとでも思ってる訳? ありえないわね。どうせ酒に酔って幻覚でも見てたんじゃないの?」
「いや、本当だ。俺は昨日アシュレイとアクセルが仲睦まじくしているところを、真正面からこの目でしかと見ていたからな」
鼻で笑うアシュレイだったが、そこに役割を終えて戻ってきたレオンスが自然にアクセルを擁護すると、みるみるその顔が蒼ざめていく。
明らかレオンスの方が嫌われているだろうに、自分の言葉よりも彼の言葉を信用する彼女にショックを覚えながらも、心の大半はここぞとばかりにざまみろと叫んでいた。
「嘘……だって、あたしが好きなのはエマ様で……えぇぇぇぇ」
「ほれ見ろ!」
強力な援護を得たアクセルが鼻高々に言うが、アシュレイはすっかりと放心状態になっていたので右から左に聞き流す。唇は未だに何かしらの音を紡いでいたが、いかんせん小声すぎて聞き取れなかった。
「何をしているんだ?」
そこに用事を済ませたエマが戻ってくる。彼はメイジェルとウィラードの方を手伝っていたのだが、そちらは大よそ終わったようだ。
その二人はといえば、少し離れた場所で屍達に風を送ったり掛布団を直したりと、彼らを介抱してやっていた。レオンスがそちらに戻らないところを見ると、普段も介抱はあの二人がしているのかもしれない。
「レオン、こっちも終わったわよ」
今度はファニーとマンスがやってきた。昨夜の酒盛りで意気投合でもしたのか、誰も知らぬ間に子ども二人は仲良くなっていた。
レオンスが彼らに笑いかけ、その頭を撫でる。
「ありがとう、二人とも」
「いいえ、レオンに頼まれたんだもの」
それを気恥ずかしそうに受け入れてから、ファニーはギルドメンバーの介抱の方に回った。
彼女を見送ってから、改めてレオンスは一行に向き直る。
「さて、それじゃあ昨日の約束を果たそうか。まずは何から訊きたい?」
「では、私から。昨夜貴方が言った『強力な専門家』とは《情報屋》本人のことか?」
え、と言ったのはターヤとマンスだけである。
アシュレイとアクセルは彼同様、特に驚いた様子もなかった。おそらく三人とも、昨日の時点で気付いていたのだろう。
(やっぱり、三人とも凄いなぁ)
同じことを考えていたらしいマンスと目が合い、二人は揃って肩を下げた。とは言っても、少年の方は一人を除外しているようだったが。
エマの言葉をレオンスはあっさりと肯定した。
「ああ、おまえの言うとおりだよ。俺は少し前から《情報屋》を雇っているんだ」