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十二章 盗賊達の杯‐clue‐(14)

 その様子を見て、向かい側に座っているレオンスは彼の大よその思考を理解し、真実を教えてやろうかという気持ちよりも、笑いを堪えるのに必死になっていた。
 ちなみに真相としては、酔っていたアクセルがアシュレイにしつこく酒を勧め、彼女が仕方なく承諾したところ、下戸の彼女は一発で酔ってしまった。しかしそれに気付かない酔っ払いは何度も勧め、鋭敏さの失われた彼女は何となくそれを全て承諾し、そして時間が経つうちにアクセルの方が正気に戻り、アシュレイの方は泥酔して怒り上戸になってしまった、という経緯である。
 この流れを最初から最後まで見ていたレオンスとしては、訳が解らないと言いたげな顔をしたアクセルの方が、訳が解らなくて笑えたのだ。ちなみに彼もアクセル同様、既に酔いは醒めている。
「しかもこの前なんて、あたしは仕事をしてたってのに、いきなり膝枕しろとか言ってきたのよ! しかも『命令』使ってまで! おかげで予定時間内に仕事が全く終わらなくて、カルヴァンの奴にあたしが怒られたし! 悪いのはニールなのに! どうしてあたしが怒られなきゃならないのよー!」
 うがーっ! と感情のままに言動を行う彼女の姿は、誰が見ても軍人とは思えなかった。上司に振り回されいる年相応の少女にしか見えない。
「おぅおぅ、ねぇちゃんも辛いんだねぇ。そんなときゃあ酒に限る! そうすりゃ嫌な事ぜんっぶ忘れられるぜ!」
 それだからか〔屋形船〕の面々も彼女を完全に歓迎し、このように彼女が愚痴を叫ぶ度に酒を渡す始末である。
「ありがと、おじさん! 頂くわ!」
 しかもアシュレイ自身も酔っ払っているせいか、相手が誰だろうと態度を変える事も無く、勧められた酒は全て受け取っているのだから、アクセルが延々と愚痴を聴かされる事になっているのだ。
「って、おい! もう止めとけよ、アシュレイ。おまえ酒には弱いんだからさ」
 これ以上愚痴を聴き続けるのは堪ったもんじゃないと、アクセルは彼女の手から新たな酒を奪う。
 当然、手酷い反撃に遭った。
「何すんのよ! 返せ!」
 一瞬で取り返してしまう辺り、流石はアシュレイと言ったところか。
 そして彼女の鮮やか且つ高速の動きには、周囲に集まっていた〔屋形船〕男性陣から拍手喝采が起こっていた。
 アシュレイ自身も得意げに応えており、何だかアクセルは面倒臭さと止めようとする理性とが相俟って、次第に嫌になってくる。
(あんだけ見世物になるのは嫌いなくせに、何やってんだよあいつは)
「止めとけっての」
 もう一度、彼女の手から酒を奪う。
「だーかーら!」
 取り返さんと再びアシュレイの腕が襲いかかるが、攻撃が来ると最初から知っていれば、酔っ払った彼女の動きを読むなど簡単な事だ。故にアクセルが最大まで伸ばした腕でその頭を掴んで押し留めれば、長さの関係から攻撃の腕は届かずに空振るだけだった。
「何で届かないのよー!」
 決して届かない腕を懸命に振り回す様子に、思わず笑いが零れた。
 それを目敏くアシュレイが捉える。
「何笑ってんのよ!」
「いや、おまえってほんと俺のタイプだと思ってよぉ」
 全く持って答えとして適していない言葉には、当然の如く噛み付かれる。
「はぁ? そんな言葉には騙されないわよ!?」
「安心しろ、本音だよ」
 生じてきた余裕と共にそう言えば、相手の覇気は若干削がれたようだった。
「なら、どういうところが好きなのよ!?」
 いちいちアシュレイが喧嘩腰なのは酔っているからで、その事を知るアクセルは自身のペースで対応する。

「そーだなぁ、気の強いところにプライドの高いところ……んで、本当は仲間思いなのに素直になれないところだな」
 珍しく食い下がってきたアシュレイに内心驚きつつも真面目に答えると、途端に彼女から怒気が消え失せる。眉尻が僅かに下がり、少しだけ気弱そうに自信が無さそうに、まるで『アシュレイ』ではない別人の如く、彼女は問うてきた。
「じゃあ、あたしのこと、好き?」
「あぁ、おまえが好きだよ」
 思わず間を置いてしまうくらい、彼女らしくない言葉と表情だった。
「本当!?」
 答えた瞬間、弾かれたように上げられた顔には、期待と不安とさまざまな感情が入り乱れている。
 驚いたが、言葉はするりと喉を伝ってきた。
「本当だって。俺を信じろよ、アシュレイ」
「浮気したら、赦さないんだからね」
 思いがけないアシュレイの言葉に、アクセルはしばし両目を瞬かせていたが、彼女が酔っている事を思い出すと苦笑しながら微笑んだ。
「俺は昔からおまえ一筋だよ」
 そして、これら二人のやり取りを最初は面白がって見ていたり、偶然聞いてしまったりしていた〔屋形船〕の男性陣はといえば、ふざけんなバカップルどもぉぉぉぉ! いちゃいちゃしやがってぇぇぇぇぇ! と自分達に女気が無い事を自覚させられてしまい、自棄になって更に酒を煽る事となったのだった。
 逆にレオンは面白いものを見たと言わんばかりに笑っていたが、ふとその視界の端に店の奥へと消えていく人影を見た。ちょっくら彼の人生相談にでも乗ろうかと腰を持ち上げかけて、後に遅れて続く、もう一つの影をも認識する。
(青春しているな。羨ましいよ、本当に)
 そのまま体勢を元に戻すと、相反する複雑な気分でレオンスはウィラードの姿を見送った。
 そんな事など知らない彼は、酒場の二階を通ってテラスに避難していた。酒類があまり得意でもなければ好きでもない彼なのだが、しかし予想通りというか酔っ払ったシーカに無理矢理飲まされる形で口にしてしまい、気持ちが悪くなったので風に当たって癒されようと逃げ出して、現在に至る。
「ぅ……」
 柵に凭れかかる姿勢になりながら、息を吐き出す。それでも喉に残る不快さは取り払えなかった。
 年齢は一回り近く離れているとはいえ、ウィラードにとってのシーカは友人だ。からかわれる事も病弱だというのに振り回される事も多いが、意外にも彼は面倒見の良い方である。一つの事に気が向くと他の事を忘れてしまうという悪い癖がある以外は、基本的には頼れる大人なのだ。
 しかし、そのような彼は意外な事にも超が付くくらいの下戸だった。しかも酔うと普段にも増して人の話を聞かなくなる上、やけに絡んでくるようになるのだ。
(それさえ無ければなぁ)
 直接的に被害を喰らったウィラードとしては困りものである。ふへぇ、と情けない溜め息を零す。
「そーれっ」
 その直後、真横から頬に冷たい何かが当てられた。
「わっ……!」
 驚いて顔を動かして、そしてそこに居たのは彼の意中の人だった。途端に具合の悪さも吹き飛び、寧ろ頬が熱くなってくる。
「メッ、メイジェルさん!」
「大丈夫、ウィラードくん?」
「は、はい、大丈夫です!」
 渡された小さな瓶を受けとる。冷たい筈のそれは、自身の熱によってすぐに温くなってしまったように感じられた。

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