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十一章 静かに軋む‐the same race‐(14)

「解ってるよ!」
 だからこそ、マンスは大きく笑い返して仲間達の方へと駆け出していった。


「では、私は少々出かけてまいります」
 仕事が一段落した少女は次の用事を済ますべく立ち上がると、部屋の主である青年へと声をかける。
 すると彼は驚いたようだった。
「おいおい、またか? 君は先刻ブルイヤール台地から帰ってきたばかりだろう?」
「ですが、私には行わなければならない事項が多々ありますので」
 なるべく早く会話を切り上げて退出しようとする少女の意図を看破していたらしく、同様に腰を持ち上げた青年は素早く近づくと彼女の手を取った。
 先手を打たれた彼女は彼を見上げる。
「どのような御つもりですか?」
「それは君が誰よりも知っている筈だろう、お嬢さん?」
 ふぅ、と溜め息が零れ落ちた。
「私と貴方との間にて取り決められた内容を覚えていらっしゃいますか?」
 あくまでも事務的な淡々とした声。
 その事に内心では表情を歪めながら、しかし面に出す事は決して無い。
「勿論、覚えているさ。俺は君を傍に置く事を許してもらう代わり、君の邪魔は極力しない。そういう『約束』だからな」
「でしたら――」
 最後まで少女に言わせず、だが、と青年は付け足した。掴んでいた彼女の手を顔の辺りまで持ち上げて、まるで離すまいとでも言うかのように強く握り締めて、その甲に自身の額を押し当てる。
「最終的には、俺の許に帰ってきてくれ」
「そのような『契約』ですから」
 奥底から絞り出すような声に返されたのは、感情を押し込めたような声。
 そして青年の手を振り払うようにして逃れると、少女は義務を果たすべくどこへともなく消えていった。
 その残り香を留めようとするかのように、残された彼は両目を閉じる。

 彼女の去った場所に一行が訪れるまで、あと少し。

  2012.04.29
  2018.03.10加筆修正

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