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十一章 静かに軋む‐the same race‐(9)

「あ、うん!」
「あ、待てやエマ!」
 踵を返してマンスと双子龍並びにスラヴィの許へと向かったエマの後を小走りにターヤが追い、更にその後ろから未だ怒り心頭なアクセルが続いた。


「……もう少しか」
 その人物は、待っていた。
 自身の目的の手がかりを知る存在を、少し前からこの場所にて。
 その前面にはタロットカードが規則的な並びで浮かんでおり、まるで占いを行っていたかのようだった。
 実際、その人物は『待ち人』の現在地を占っていたのだ。
 そして彼らがこの場所を通ると知り、今まさに待機している。
 残ったカードを持つ手が、微かに震えた。
「――もう少しだ」


 レングスィヒトン大河川。大陸を縦断するように流れる、実に長い河川である。
 その[ダンジョン]とも呼ばれる場所の一部――首都ハウプトシュタットと芸術の都クンストの間にかかる部分を、一行は進んでいた。
「うー……」
 そして、その中でマンスは一人落ち込んでいる。
 理由は非常に簡単、双子龍と別れてしまったからだ。元々首都付近までで帰る筈だった彼らは、マンスと双子自身たっての希望でターヤ達三人が用事を終えて戻ってくるまで待つ事にしたのだ。だからこそ、クンストに向かう際には今度こその別れであった。
 しかし、互いに互いのことを非常に気に入っていたのか、双子龍はなかなか飛び立とうとはしなかったし、マンスはマンスで今にも泣きそうな顔をした。そのおかげで出立までにかなり時間がかかり、今度はアクセルが激怒したのは余談である。
 そのような訳で、マンスは死灰の森を出てからずっとこの調子なのだった。
 隣を歩くターヤはどう声をかければ良いものかと、先程から考えたままなのだが、やはり気の利いた言葉が思い付かずにいた。
「今度はいつ会えるかなぁ」
「きっと、またすぐに会えるよ」
 零れ落とした声に、思わず返した声。言ってからすぐに無責任な言い方だったと気付くも、それも後の祭り。
「ほんと?」
 期待の籠った瞳で見上げてくるマンスに謝る事もできず、ターヤは頷いた。その際に顔が引きつらなかった事には安心した。この少年は一見すると幼い子どもだが、実を言えばどこか聡く鋭い面も持ち併せていたのだから。
「でも、一緒に居たいって思うくらい仲良くなれたんだね」
 話題を転換するべく喋る。
 途端にマンスが顔を俯けて視線を地に落とした。
「だって、カレルとテレルは、ぼくをちゃんと見てくれるから」
「……?」
 彼の言葉に何となく引っかかりを覚えるも、それの正体が掴めないターヤは疑問符を幾つか飛ばすだけだ。
「お、見えてきたな」
 そこに聞こえてきたアクセルの声に視線を動かせば、遠くに大きな橋が見えた。
「あれで渡るの?」

「ああ、この辺りには他にも橋はあるのだが、どれも人が渡るには危険な物ばかりでな。あそこに見える橋が唯一の手段と言っても良い」
「へぇ、そうなんだ」
 エマの解説に納得の意で頷き、橋を眺める。まだ離れた位置にあるので外観の詳細までは見えないが、遠目に見ても大きく丈夫な橋である事は窺えた。この辺りでレングスィヒトン大河川を渡りたい人々は、皆あそこを使うのだろう。
 確かに現在自分達が歩いている場所の川幅は広く、また流れも速い。ここを好き好んで横断しようとする人物は少ない筈だ。川全体を凍らせてしまうような魔術の使い手ならば可能なのかもしれないが、生憎とそのような使い手は一行には居ない。
(……あれ?)
 そう思っていたところで、そこで前方に誰かが居るような気がした。
 いや、確実に居る。人影が一つ。
「人?」
 他にも橋を渡りに来た人が居たのかと呑気に考えていたターヤだったが、エマとアクセルが急に歩みを止めた。
 その背中に顔をぶつけ、わっ、とくぐもった声を上げる。
「悪いな、ターヤ。だが、今はそのような状況ではない」
 文句を言う前にエマにより先手を打たれた。そこでようやく、彼女は二人が臨戦体勢に入っていた事に気付く。
「どうし――」
「来たようだな」
 遮るように人影が口を開いた。
 聞き覚えのある声にますます混迷を極めるターヤだが、前方の二人の間から顔を覗かせて、あっと声を上げる。
「あの人……!」
 見た事のある男性だった。以前フィナイ岬で出くわした青年。いきなり攻撃を仕かけてきた〔騎士団〕に属する騎士。自分から攻撃を初めておいて、自ら切り上げた相手。
(確か名前は――)
「〔月夜騎士団〕の《道化師》ディオニシオ・オッフェンバックだ」
 苦々しい声でエマが呟く。
 反射的に、警戒心が面に出た。
 一行の様子を見て、オッフェンバックが嗤う。
「何をしに来た?」
 槍を構えたエマに、相手は肩を竦めてみせた。
「それほど警戒するな。今回は尋ねたい事柄があるだけだ」
 そうは言われても、この青年に関する噂を知る者ならば警戒するなという方が無理だろう。そして例え知らなくとも、彼の纏う雰囲気に危険なものを感じる筈だ。
 つまるところ、彼はそのような相手だった。
「貴様のような男が、私達に尋ねたい事があると言うのか」
「そうだ。当事者に訊くのが最も効率的だろう?」
(当事者?)
 眉を潜めたターヤに気付きながらも知らない振りをし、わざとらしくオッフェンバックは一同を一人一人眺めた。
 その視線にエマとアクセルは更に警戒を深め、ターヤはぎょっとして後方へと引き、マンスは逃げるようにして彼女の後ろに隠れる。ただし、スラヴィだけは普段通り我関せずとばかりに宙を眺めている。
 揃ってこのような反応では通常ならば相手に対して非常に失礼なのだが、この青年の視線は人の心底を根掘り穴掘り探るようで軽く寒気を覚えるものなのだ。しかも当人がその事を理解しているようなのだから、こちらが気を使う必要も無い。
「私達も暇ではない。だが、貴様の用件は一応訊いておいてやろう」
 あのアクセルでさえ嫌そうにしているので、オッフェンバックには仕方なくエマが対応していた。

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