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十一章 静かに軋む‐the same race‐(10)

 オッフェンバックが愉快そうに嗤う。
「君達は《レガリア》に会ったと団長から訊いた」
 その言葉に、そう呼ばれていた彼女を思い出す。
「それがどうかしたのか?」
「否定しないのか。ならば話は速い」
 口角を釣り上げて、
「《レガリア》をこの場に呼んではくれないか」
 まるで親しい友人に言うかのように、気後れも躊躇いもせず口にした。頼むようなニュアンスではなく、こちらが断らないと信じているかのような物言いで。
 流石のエマでさえ、これには返答に少々時間を要した。
「貴様は、何を言っているのだ?」
「訊いたところによると《レガリア》は君達を庇ったのだろう? それはつまり、君達を害すれば彼女が現れるという事だ」
 垣間見えた狂気。
 ぞわり、と。全身を悪寒が駆け巡り、無意識のうちにターヤは自身の身体を両腕で抱き締めていた。背後でマンスが服の裾を強く握り締めてきたのが解った。
 そんな彼女らを庇うようにエマは一歩前進する。
「悪いが、貴様に構っている暇など無い。そこを退くつもりなど無いのだろう? ならば、排除させてもらう」
 言うや否や、槍を手にエマは駆けた。
「やれやれ。君達は揃いも揃って血気盛んだな」
 からかうようにオッフェンバックは言うが、エマは顔色一つ変えない。眼前の敵の排除という目的を遂行すべく、手にした武器に全神経を注いでいた。
 しかし流石に〔騎士団〕の一員だけあって、彼は急所を的確に狙った一撃一撃に対し、宙に浮かべたトランプ一枚一枚で阻止する。
 その攻防は本人達からしてみれば大した事ではないのだが、第三者且つ後衛の《職業》であるターヤ達からしてみれば正に神業であった。彼らの動きに目がついていかず、高速で何かをしている、としてしか認識できない。
 涼しい顔で全ての攻撃を阻みながら、思い出したようにオッフェンバックは言う。
「ところで《暴走豹》の姿が見えないようだが。真の飼い主の下にでも戻っているのか?」
「黙れ」
 一瞬にして色を失った双眸に、オッフェンバックは満足げに嗤った。刹那に放たれた必殺の一撃を何重にも重ねたトランプで受け止めて衝撃を相殺すると、まるで囁くように相手にしか聞こえない声で告げる。
「君は自分と同類だな。その『眼』を見れば解る」
 エマは否定せず、一旦後方へと下がって距離を取った。
「エマ!」
 そこでようやくアクセルが駆け寄ってくる。
 彼へとエマはじっとりとした責めるような視線を向けた。
「貴様は何をしていたんだ」
「いや、おまえらが速すぎて何もできなかったんだよ」
「貴様は前衛だろう」
 少々ばつが悪そうなアクセルの発言を、呆れたようにエマは切り捨てる。
「あのなぁ、おまえやアシュレイみたいなスピードタイプの奴なら大丈夫なんだろうけどよ、俺はどっちかつーとパワータイプなんだぜ?」
「私は敢えて言うならば防御重視なのだが。おまえの言葉を借りるならば『ディフェンスタイプ』と言ったところか?」
 反論はあえなく鎮静させられた。

「自分のことを忘れてもらっては困るのだが?」
 まだまだエマと口論を繰り広げるつもりであったアクセルだったが、その声で敵が居た事を完全に認識せざるを得ず、相棒が再び構えた事で自身も戦闘態勢へと移行する。
 その事に満足気に笑んだオッフェンバックも更にトランプを宙に並べて展開し、
「――オッフェンバック!」
「「!」」
 突如として割り込んできた声に、皆がその方向を――上空を見上げた。
 地上の人々から太陽を覆い尽くす程の大きな影。広げられた四つの白き翼、流れる水の如き尾、水晶の如き身体。そして、その背に跨る一人の青年。
「ブレーズ……!」
 思わず苦々しげな表情を浮かべたアクセルの隣で、エマが顔を歪めていた事を知る者は居なかった。
 予想外の闖入者の登場にも《道化師》は動じる事無く対応する。
「君か。自分に何用だ?」
 ふん、と彼は鼻を鳴らした。
「貴様が団長に与えられた仕事を放り出して消息を絶ったと聞き、連れ戻しにきたまでだ」
「それは御苦労な事だな。だが、自分には大切な用事がある。邪魔をするのならば、幾ら君とはいえ容赦はしない」
「望むところだ」
 一触即発の雰囲気。
「……と返したいところだが、今回は俺にも用事ができた」
 その射抜くような眼光が、アクセルを捉える。
 一瞬にして向けられた殺気に、しかし彼はアウスグウェルター採掘所での時と同様に武器を構えられなかった。彼に対する罪悪感により、思うように身体が動いてくれない。
「あの男は俺が殺す。貴様は勝手にすれば良い」
「そうか。では、君の言う通りにさせてもらおう」
 どうやら二人の間で利害関係が一致したらしく、ただでさえ厄介な〔騎士団〕が誇る《道化師》と《暴れん坊》が揃って一行へと襲いかかってきた。
「アクセルは下がれ! ターヤは支援を! マンスは召喚を! スラヴィは《龍騎士》の相手をしてくれ!」
 即座にエマが指示を出し、オッフェンバックへと相対する。
 彼の指示に従い、ターヤとマンスはアクセルを庇うように前方へと進み出て詠唱を開始、スラヴィは空中の龍へと向かって飛び跳ねた。
「――『我らを覆いて護り給え』!」
「――『我が喚び声に応えよ』!」
 重なる二人の声を背景に、大きく跳躍したスラヴィはブレーズの眼前に現れる。
「ちっ!」
 アクセル目がけて降下しようとしていた彼は突然の障害に行動を阻まれ、即座にクラウディアに体勢を立て直させようとする。
 しかしそれよりも早く、スラヴィは袖から出した暗器こと鎖鎌を振るった。
「っ……!」
 彼の攻撃をまともに受けたクラウディアが体勢を崩し、その背に乗るブレーズも同様にバランスを保てなくなり傾く。
 その間に、準備は整った。
「〈防護幕〉!」
「〈風精霊〉!」
 瞬間、後方の三人を覆うように透明な膜が展開され、同時にその外側に風の化身が姿を顕した。

 四精霊の一人どころか、二人と契約をしているという事態に、けれど気を割ける者は一行の中には居なかった。何より、今はアクセルという主要火力を欠いてもいるのだから。
「二人とも、この中から出ないで!」
 それの維持に集中しながらも放たれたターヤの忠告にマンスは首を縦に振ると、意識を自身が召還した《風精霊シルフィード》に戻す。構えて、次なる句を唱える。
「『風の化身よ』――」

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シルフィード

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