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十一章 静かに軋む‐the same race‐(8)

「はぁ!? 何だよそれ!」
 途端にアクセルが素っ頓狂な声を上げてエマに詰め寄るが、彼はお構い無しだ。
「以前〔騎士団〕に属していた知人から聴いたのだが、どうやら〔軍〕同様〔騎士団〕もこの世界の主要都市に住む人民をある程度まで把握しているらしい。元々は連携して治安の維持に当たっていた時の名残なのだろうが」
 これには目が丸くなる。どうりで本部への潜入の時にエマが〔騎士団〕について詳しいと思った。まさか彼に元〔騎士団〕の知人が居たなんて。
 ふとそこでアシュレイはどう感じたんだろう、と何気無く視線を動かして、彼女が居ない事に気付く。
(あれ?)
 そういえば、エマが帰還した時も通常ならば真っ先にアシュレイが飛んでくる筈なのに、今回に限っては何も無かった。この場に残っていたマンスに尋ねようとしたのだが、エマの話はまだ続いていたので咄嗟に口を噤む。
「故に、私は騎士達の目が二人に向いている間に資料庫に潜入し、なるべく即急にターヤと同じ顔を捜した。だが、貴女に該当する人物のデータは無かった」
 だから、と。
「謝るのは私も一緒なんだ、ターヤ。あのような場所で一人にさせてしまい、すまなかった」
「って俺には謝んねぇのかよ!?」
 アクセルの突っ込みが入るが、ここでもエマはスルーした。
 それに苦笑しながら、ターヤは首を横に振る。
「ううん、簡単に騙されちゃうわたしも悪いから。フローランがどういう人なのか、自分で解ろうともしなかったから。だから、アクセルとエマに、ごめんなさい。それから、ありがとう」
 もう一度頭を下げる。顔を上げてから本当の意味で安堵を覚えた。
「つーか、俺に謝罪はねぇのかよ?」
 そしてエマから謝られずにスルーされ続けたアクセルはと言えば、ターヤについては気にしていないようだが、そちらは根に持っているようでエマに突っかかっていた。
 だが、エマは「勝手についてきたのは貴様の方だ」と相手にもしない。
 二人の力関係は歴然としていて、それに思わず笑ってしまったマンスを目敏く見付けたアクセルが追いかける。大人げない理由から始まった追いかけっこは、マンスが双子龍の元に逃げ込んだ事で終止符が打たれた。
 青年は渋々こちらに戻ってくると、思い出したようにエマを見る。
「てか、おまえそんな事してたから戻ってくるのが遅かったのかよ?」
「ああ、なかなかに資料の量が膨大でな。顔で捜すのには骨が折れた」
 確かに『ターヤ』という名はアクセルが付けてくれた名であり、少女の本名でない可能性が十分に高い。
 顔で捜したというのは、大方〔騎士団〕の資料が物事を記録する系統の魔術を利用して作成された物だったのだろう。いつぞや読んだ本に、そのような事が書かれていたような記憶がある。
「けど、騎士団も知らないっつー事は、ターヤはどっかの少数種族の出身なのかもな。髪と目も黒っつー珍しい色をしてるしよ」
「そこまでは解らない。だが、その線は高いな」
 真面目な顔で話す二人の言葉に、未だアクセルを警戒しながらも戻ってきたマンスが反応を示した。
「そう言えば、確かにおねーちゃんの色って珍しいよね」
 ほえー、と興味深げに眺めてくるその姿が可愛すぎてターヤの頬は緩むが、それに気付いたアクセルが突っついてきたので即座に渋面となる。そして睨み付けた。
 別にアクセルとしてはターヤに睨み付けられても痛くも痒くもないのだが、視線を逸らす振りをする。
(……ん?)
 そこで違和感を覚えた。今回に限っては何かが足りないのだ。
「そう言えば、アシュレイの奴はどこに行ったんだよ?」
 ようやくアクセルもアシュレイの不在に気付き、周囲を見回した。

「私が戻ってきた時から既にアシュレイは居なかったが?」
「早く言えよ!」
 平然と言ってのけたエマに突っ込む。
 ターヤも驚いていなかったので知っていたようだ。
 つまりは気付いていなかったのは自分だけという事で、それがアクセルには以外と突き刺さってきた。
 エマは気にせず、この場に残っていたメンバーの中で唯一まともに答えてくれそうなマンスに尋ねる。勿論、彼の目線に合わせるべく膝を折る事も忘れない。
「マンス、アシュレイはどうしたんだ?」
「アシュラのおねーちゃんなら、なんか誰かとどっかに行っちゃった」
 実に簡潔だが、全く持って理解には及ばない回答である。
「誰か、とは?」
「えっと……おねーちゃんと似たような服を着てたよ?」
 アシュレイと似たような服、から連想されるのは限られてくる。彼女が着用する軍服と似たようなデザインや配色の服装か、あるいは。
「軍人か」
 納得したエマの眼前で、マンスが「あ」と何かを思い出したような声を上げた。
「それでね、おねーちゃんから伝言を預かってるの」
「伝言?」
「うん。えっと、先に行っててください、だって」
「そうか」
 それすなわち推測すれば、アシュレイは〔軍〕の召還命令を受けて一時離脱し、時間がかかりそうなので先行しておいてほしいとの事なのだろう。彼女のことだから、後からでも追いつくつもりなのだ。
 彼女がそう言うのなら、エマに『待つ』という選択肢は無かった。
「それならば、早いうちにクンストに向かおうか」
「あいつを待たねぇのかよ?」
 予想通りアクセルが問うてくる。解りやすい奴だ、と内心で密かに苦笑したが面には出さない。
 彼の後方付近ではターヤとマンスも似たような表情をしていた。
「問題無い。彼女が私達の先行を望むならば、私はその意思を尊重するまでだ」
 おにーちゃんかっこいー、とマンスがすっかり目を輝かせている傍ら、アクセルは更に憮然とした顔になる。納得できない、そう言いたげに感情がありありと面に浮かぶ。
 まるで子どものようだと思う。
「納得できないのならば、御前は一人この場に残ればいい。ただし、アシュレイが死灰の森に戻ってくるとは思えないが」
「う……」
 これにはアクセルも反論できない。
 今回の一件にてアシュレイは、アンデッド系モンスターが苦手だという事実をプライドをかなぐり捨ててまで主張した。そんな彼女がこの場所に――まさに天敵しか生息しない死灰の森に戻ってくるとは、とうてい考えられなかった。
 結局、折れたのはアクセルの方だった。
「ちっ、行けば良いんだろ、行けば」
「誰も貴様に『来い』とは言っていないが?」
「うっ! そ、それは言葉のあや? だの何とかで……」
「はっ」
「てんめぇぇぇぇぇ! 今鼻で笑いやがっただろ!」
「エマ、楽しそうだなぁ」
 表情は変えないままに相手を弄る彼を見て、ターヤは驚きで目を瞬かせる。
 からかわれた事に怒りを現したアクセルからすぐに意識を外すと、エマは彼以外の面々に声をかけた。
「では、行こうか」

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