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十一章 静かに軋む‐the same race‐(4)

「アクセル!」
 その人物が彼だと判った瞬間、弾かれるようにしてターヤは隠れ場所から飛び出していた。
「――ターヤ!?」
 青年の方も驚いたらしく、急ブレーキをかけたようにして立ち止まる。
「おまっ……どこから出てきてんだよ!?」
「だ、だって隠れてたから――」
「居たぞ、あそこだ!」
 唐突に聞こえてきた第三者の声に首を動かせば、騎士達が二人の居る方向へと向かって走ってきていた。その手に剣を握っている者も多く、一目でアクセルを追ってきたのだと解る。
「やっべ、逃げんぞターヤ!」
「きゃっ」
 言うや否や、アクセルはターヤを左肩に担ぐと反対方向へと向かって走り出した。
「な、何で担ぐの!?」
「おまえに合わせて走ってたら、あいつらに追い付かれんだろーが!」
 担ぎ方どころか、その理由まで殆ど似通っていた。自分はそれ程までに鈍いと思われているのか、そう思うと涙が出てきそうになるターヤである。
「……何か泣けてくるよ」
「はぁ!? 何だって!?」
「な、何も言ってない!」
「つーかおまえも楽してねぇで何とかしろよ!」
「こうしたのはアクセルだよ!」
「良いから! しつこいんだよ、あいつら!」
 傍から見ればコントのようなやり取りの後、アクセルはどこか切羽詰ったような悲鳴にも近い叫び声を上げた。
 あいつら、とは追手の騎士達の事だろう。確かに何もしないのはアクセルに悪いと少しばかり思ったので上半身だけを起こした態勢になると、視界に数十人もの騎士達が見えた。流石に侵入者一人に対する人数としては多すぎるように思えたが、追手は追手だ。
(ちょっと、あれを試してみようかな)
 実は幾つか、自らが使用可能な術の範囲で行ってみたい応用法があったのだ。これは良い機会だと思い、胸元のブローチから杖を取り出す。この不思議な技術について、エマは〈マナ〉の転換が何たらかんたらと説明してくれたのだが、生憎とターヤには理解不能だった。小難しい事はさっぱりだ。
「『盾よ、我らに向けられる全てを防げ』――」
 詠唱が始まる。どうなるかは未知数だったが、防御魔術ならば相手を傷つける事もあるまいと考える。
(イメージ……イメージ!)
「〈盾〉!」
 瞬間、二人と騎士達との間に魔力で造られた盾が出現した。
 突然の障害物に驚いた彼らは、悉くそれに衝突して停止を余儀なくされる。
「やった……!」
「おっ、ターヤにしてはやるじゃねーかよ!」
 褒められている気になれないのでその言い方はどうなのかと突っ込む前に、アクセルが僅かに速度を落とした。次いで右手に握られた剣が構えられる。
「俺も――負けてらんねぇなぁ!」
 言うと同時に放たれた衝撃波が、前方から現れた騎士達を吹き飛ばして道を開けた。
「わっ、凄い!」
 純粋にそう感じた。やはりターヤと彼とでは経験の部分で大きな差がありすぎる。彼女が後方支援を主な戦術とするところもあるのだろうが、それでも青年の力量は秀でており、また自身の戦闘スタイルと状況に合わせた戦い方を心得ていた。
 かくして、殆どアクセルのおかげで騎士達から逃れる事に成功した二人は、最初に使用した倉庫から騎士団本部を脱出していた。てっきりここも封鎖されているものだと思っていたのだが、ターヤの予想に反して倉庫付近には人一人として居なかったのだ。

 街中ならば急く事も無いだろうと踏んだらしく、アクセルはターヤを下ろすと歩きながら肩のストレッチを始めた。
「はー、セレスの奴には感謝してもしきれねぇなぁ」
「せれす?」
 隣を歩くターヤは初めて聞いた名に首を傾げる。どちら様だろうか。
 問われたアクセルはと言えば、後頭部を引っ掻く。
「あー、騎士団の奴なんだけどよ、上手い菓子と茶をくれて、色々と話してたんだ。客扱いにしてくれたし、あいつは良い奴だぜ?」
「へー」
 餌付けされた者の発言のような気もして素直には頷けなかったが、彼がそう言うのならそうなのかもしれない。アクセルは意外と人を見ているのだから。
「そんで、何か爆弾も作ってるらしくてよ、作ったり実験したりもするからその時は怖がられてるんだと。で、今回はそれを利用して倉庫を開けといてくれたらしいぜ」
 彼の言で、最終的には簡単に騎士団本部を出れた事にも納得がいった。
 しかし、未だに理解できない事が一つある。
「でも、何でアクセルもお客さん扱いだったのに追われてたの?」
 ターヤが知る『セレス』の情報は少ないが、彼女はフローランとは違い気が利く人物である事は話の内容から察せた。だからこそ解らない、どうして彼が騎士達に追われていたのか。
「あぁ、それな、帰り際にセレスが作ったつー爆弾を何でか貰ったから弄ってみたらよ、間違えて起爆させちまったんだよな。ま、慌てて放ったから壁が少し壊れたくらいで済んだんだが、それで騎士団の奴らに追いかけられたっつー訳だ。まぁ、これでも俺も反省はしてるんだぜ?」
 言葉の中身とは対照的にあっけらかんとした顔で言われてしまい、ターヤは顔も知らぬその『セレス』という女性に同情せざるを得なかった。


 同時刻、アシュレイは迎えの使者であるユベールに連れられて〔モンド・ヴェンディタ治安維持軍〕の本部内を最奥部へと向かって進んでいた。
 その姿を目に留めるや、軍人達はそそくさと道を開けたり二人を見ながら互いに何事かを囁き合ったりしている。中にはあからさまに敵意や嫌悪の宿る視線を寄こしてくる者も居た。
(いつもの事だけど、馬鹿じゃないの?)
 形式上の同僚達が取る行動を内心で嘲笑う。年端もいかぬ少年と少女二人を畏怖する良い歳した大人達、という光景は彼女からしてみれば非常に滑稽なものでしかない。
 そして不本意ながら、前を行く少年も同じ考えのようであった。彼の表情こそ見えないものの、纏う雰囲気からは嘲笑の色が感じ取れる。
(それにしても、このタイミングで召還なんて……ニールの奴、いったい何を考えてるのかしら)
 しかもあろう事か、その使いを眼前の男に任せるとは。
 ユベール・カルヴァン。その天性の頭脳と本人の血も滲むような努力により、僅か十代前半という年齢で《元帥補佐》に着任した天才にして秀才である。
 同じく十代でありながら〈軍団戦争〉の際に《狩猟豹》として〔騎士団〕からも〔軍〕からも恐れられ、その後は二代目《元帥》に重宝されて特別扱いを受けているアシュレイとは、どこか通じるところもあった。
 ただし年齢は近いのだが、それに反して二人の相性は最悪であった。真面目で規律順守をモットーとするユベールとは対照的に、アシュレイは《元帥》に対しては敬語を使わなければ恭しい態度も取らない。しかしそれは彼が許可したからであり彼女の自発的な言動ではないのだが、それでも元帥補佐は気に入らないらしかった。加えて彼女自身も堅物な彼があまり好きではなく、今ここに二人は冷戦状態なのである。
 その事は《元帥》も重々承知している筈なのだが、なぜか彼を使いとして寄越している。
(……まぁ、ニールの考える事なんていつも意味不明よね)
 とりあえず速く元帥の間に辿り着け、と顔に張り付けた仕事用の表情の下で念じる。

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​チーター

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