The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十一章 静かに軋む‐the same race‐(13)
「当初は帰還する予定だった」
「逆説」
「遠目に我らが長の残し子らを見つけたのだ」
「様子、不審」
「後をつけてみれば、残し子らは汝らに敵意を向けていた」
「加勢」
「そうか」
エマの歯切れは悪かった。
何せ流石は『双子龍』というだけあってか、彼らは二人で一つの文を構築していた。テレルが主文を、カレルが接続語を、といったように役割が分担されているのだ。
しかし本人達には容易なその独特な話し方は、逆に言えば一部例外を除いて彼ら以外には理解まで及ばないという事でもあった。
そして一行の中で双子龍の言葉を理解できるのはマンスただ一人であり、残りの面々は完全には彼らの言わんとしている事が解らないでいたのだ。
「逆説」
ところで、とカレルが話の主導権を握る。
「我らは長時間は人型ではいられない。故に即急に汝らに話がある」
ちなみに双子龍が人型で居る理由としては、大して高い遮蔽物の無いレングスィヒトン大河川で龍の姿のままでは誰かに見られる恐れがあり、もしも見られてしまうと色々と面倒な事になるからだ。
龍の傍に《龍騎士》や《龍の友》として有名なブレーズやセアドが居ればあまり問題にはならないのだが、どちらも現在この場には居ない上、この状態で一般人に見つかれば野生の《龍》が人里に下りてきたのだと思われてしまい、最悪の場合は〔軍〕を呼ばれてしまう可能性がある。
とは言っても、例え《龍騎士》や《龍の友》が傍に居たところで、目撃者が〔教会〕やその信者であった場合は別の問題が発生するのだが。
ともかく、双子龍が多少の負担を覚悟して人型となりすぐにでも帰らなかったのは、できるだけマンスと居たいからでなく、用件があったからなのか、とターヤは納得した。
「それは、どのような話なのだ?」
僅かに緊張した面持ちでエマが問う。
「《龍殺しの英雄》よ」
アクセルの表情が動いた。
「先刻の残し子らを見て、我らは確信した。あやつらは止まらぬ。例え真実を知り得たとしても、汝を自らの手で殺すまでは何度でも襲いくるだろう。その覚悟は、できておるか?」
テレルの視線がアクセルを射抜く。
彼はその眼を真っ向から見据えて、腹の底から声を絞り出した。
「ある」
音数としてはたった二文字の言葉だったが、テレルは口の端に僅かながらも満足げな笑みを浮かべた。
「ならば、良い」
「追加」
それから、とカレルが続ける。
「精霊の愛し子よ」
唐突に名差しされ、マンスは「へっ」と素っ頓狂な声を上げた。
「えっと……な、なに?」
なぜ自分が呼ばれたのか全く理解に至らず、けれども双子龍を信じている彼は何も疑わずに二人を見上げた。
彼らもまた、マンスを見下ろす。
「我らは、汝を『友』と認識した」
「うん」
それは知っている。
「故に、我らは汝の危機にはその救援に駆けつける」
「そこまで、してくれるの?」
「肯定」
きょとんとしたマンスにはカレルが頷いた。
これで本格的に少年は口を半開きにしたまま呆然としてしまう。
(どうして)
幾ら『友人』の為とはいえ、その身を危険に晒してまで相手に助力するとは。幾ら一般的な友人関係だとしても、普通はそこまでしない。例外もあるのだろうが、どのような種族であろうと大半は我が身が一番大事なのだから。
それは、幼少期からずっと見てきた少年にとっては信じがたい事だった。二人が他でもない『自分自身』を見てくれている事は知っていたが、まさか本当にそこまで気にかけていてくれたとは思いもよらなかった。
だからこそ、間の抜けた顔で驚いているのだ。
「我ら龍は、信頼に足ると認めた者を決して見捨てはしない」
「其故」
「友の危機には、己が事の如く」
マンスの顔から彼の心情を読み取ったらしく、双子龍から補足説明がなされた。
その言葉で、ようやく少年の頬が綻んでいく。花が開くような笑みを浮かべて彼は頷いた。
「そっか、二人はぼくの『友だち』だもんね!」
「肯定」
「故に、我らは汝にこれを預けておこう」
そう言うと、テレルは懐から取り出した『何か』をマンスの掌へと落とす。
渡されたそれは、彼の手の中に収まるサイズの笛だった。こてん、と首を傾げる。
「なにこれ?」
「それは〈星笛〉、距離を越えて我らを友が許へと導く笛」
「ほしぶえ……」
手の中のそれを一度ぎゅっと大切そうに握り締めてから、少年は元から付いていた紐で首に引っかけた。古びた紐、まるで以前誰かが使っていたかのような名残。
しかしそのような事はマンスにとってはさして重要でもなく、意識はすぐに眼前の友人二人へと戻る。
「ありがとう、カレル! テレル!」
少年に頷くと二人は一瞬にして跳び上がり、上空で龍の姿へと変わる。
『では、我らはこれにて』
『帰還』
「そうか、世話になった」
「礼を言わせてくれ、《守護龍》の双翼」
エマとアクセルがそれぞれ感謝の意を口にした事で、ターヤもまた慌てて頭を下げた。
スラヴィは、ただ見上げるだけ。
もう行っちゃうの、と去りゆく彼らにマンスは言いかけて、寸でのところで言葉を飲み込んだ。その代わりに、空の友人達へと向かって大きく手を振る。
「またね!」
『了承』
『また逢おう、我らが友よ』
そして今度こそ双子龍は飛び去っていった。
その方向を、彼らの姿が見えなくなるまで少年は見続けていた。
「マンス」
振り返れば、皆がこちらを見ていた。
「とっとと行こうぜ」
どこかからかいの色を含んだ笑みのまま、アクセルが言う。