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十一章 静かに軋む‐the same race‐(12)

『我らが友の危機とあらば』
『参上』
 マンスだけでなく他の皆とアクセルにさえも向けられた言葉に、ようやく微動だにもしなかった青年が顔を持ち上げた。彼は双子龍を視界に収めると、更に表情をくしゃくしゃに歪めてしまう。
「……俺は」
『否定』
『汝の罪は、既に罰には値せず』
 けれども彼らは首を横に振った。
 今度こそ目が見開かれる。まさか、という思いだった。
 あの時アグハの林では渋々ながらの納得という様子であった彼らはしかし、今では本心からの言葉を紡いでいる。どのような心境の変化があったのかは解らないが、双子はアクセルを赦すと告げているのだ。
 青年にしてみれば、正に寝耳に水の事態であった。最期まで赦される事など無いと思い覚悟していたのに、予想していたよりもあっさりと罰は終わりを迎えてしまったのだから。
 双子龍は呆けた青年から視線を動かし、今度は同族とその相棒を正面から見据えた。
『再会』
『久しいな、我らが長の残し子らよ』
「貴様らは……テレルとカレルか」
 苦々しい表情でブレーズが呟けば、クラウディアが警戒心を剥き出しにして唸るように咆哮する。
『肯定』
『いかにも、我らは《守護龍》の双翼なり』
 その瞬間、どこか様子を窺い気味だったブレーズが感情を面に出した。
「ふざけた事をぬかすな! 一族の掟を犯し追放された者が、よくもぬけぬけと……!」
「え……?」
 驚いたようにマンスが双子龍を見つめる。
 それは他の人々も同様の事で、三者三様に驚きを表していた。
 周囲の様子など気にも留めずにブレーズは憎き相手を一瞥してから、再び双子龍へと向き直る。
「しかも貴様らは一族の恥晒しとなったどころか、我らが長を殺されておきながら自らその犯人を庇うというのか!」
『肯定』
『だが、これは長への反逆ではない』
 あくまでも淡々と述べるだけの彼らに、遂に青年の怒りは頂点へと達した。
「戯言を! アストライオスを殺した奴を庇うのならば――貴様らも同罪だ!」
 ブレーズの叫びに呼応したクラウディアが渾身の力を込めて咆哮する。その勢いに風が渦巻き、小さな竜巻を作り出した。それは高速で双子龍へと襲いかかる。
『否!』
 しかし、その一撃はカレルの一喝によって完全に掻き消されていた。
「っ……!」
 その事に驚きを隠せなかった両者の隙を付いて、テレルの尾が容赦無く彼らを纏めて地へと叩き付ける。
「がっ……!」
 予期していなかった攻撃だけに、思うように受け身が取れずブレーズとクラウディアの痛覚を衝撃が襲った。打ち所が悪かったのかクラウディアはすぐには起き上がれず、彼女に庇われたとはいえブレーズもそれは同様だ。
 地に付す両者を見下ろしながら、双子龍は降下も上昇もしない。
『これ以上我らが友を害するのならば、幾ら同族とはいえ次は容赦しない』
「それでも、貴様らは《守護龍》の血族かっ……!」
 テレルの言葉にブレーズが叫んだ。
 それでも双子龍の表情に何ら変化は無いように思われたが、ブレーズ並びにクラウディアとマンスは彼らが更に真剣な顔付きとなった事に気付く。

『笑止』
『例え龍の血を引いていても四分の一では人間も同然なり。その汝が、一族を追放されたとはいえ、正真正銘の龍である我らにそのような戯言を向けるか』
「っ……!」
 事実であるだけに反論できず、ブレーズは悔しそうな表情を浮かべるだけだった。
『去れ、我らが長の残し子よ。既に汝の同業者は居らず』
 彼の言うとおり、気が付けば既にオッフェンバックの姿はどこにも見当たらなかった。相手方に龍が二匹も加勢した事から、この状況では自らに勝目は無いとでも早々に踏んだのだろう。
 そういう男だとは前々から認識していたが、実際に目の当たりにすると彼に対する憤りを覚えてしまう。
『尚も交戦の意志を示すのならば、我らは最早汝らを同族とも思わず』
『忠告』
 双子龍の眼は本気の色を示していた。
(分が悪すぎる……くそっ!)
「……クラウディア!」
 渋々と名を呼べば、彼女は緩慢な動きながらも起き上がり上昇した。
 その背に跨りながら後方の仇敵を見下ろす。音が立つくらいに歯を噛み締めると、ブレーズは首を元に戻して相棒と共に飛び去っていった。
「また、助けられたのか」
 彼らの後ろ姿を見送りながら、アクセルが呟く。
 駆け寄ったまま傍に立ち尽くす形となっていたターヤは、彼にかけられる言葉を見つけられずに佇むままだ。
(また、何も言えない)
 あの時と同じだ。ブレーズとの事の起こりであるアウスグウェルター採掘所外でも一件でも、自分は彼に気の利いた言葉の一つも言えなかった。それどころか、逆に彼によって励まされてしまった程だ。
(もっと、わたしがちゃんとしてれば……)
 そこで我に返る。
(だめ! いつもこんなにネガティブじゃ、だめなのに)
 ぎゅっと胸の前で両手を握り締めて、自身に強く言い聞かせるように。心の中で何度も何度も反芻する。
「ターヤ」
「アクセル……」
 振り向けば、彼がこちらを見ていた。
「悪ぃけど、エマの奴を治してやってくれねぇか? あいつ、また〈異常状態〉になってやがるんだよ」
 彼は申し訳無さそうに笑い、すぐにからかうような笑みを浮かべる。
 それがどこかわざとらしく思えて、即座に笑顔の仮面を被っているのだと気付けた。
「……うん、解った」
 けれども、彼と同じように笑って頷くしか、彼女にはできなかった。
(……こんなんじゃ、だめなのに)
 声には出さずに自分を叱咤しながらエマの許へと駆け寄る。そうして治癒魔術をかければ彼は礼と共に微笑んでくれて、それから少女の浮かない表情に気付いてくれる。
「どうした?」
 理由が理由だけに気恥ずかしさから言えず、それでもエマは笑っていてくれた。二度目に尋ねる事も答えを催促する事も無く、ただ安心させるかのように。
 自分は周囲の人々に気を使わせすぎていると、再度そう認識した瞬間だった。


「しかし、まさか貴方達が戻ってくるとは思わなかった」
 敵を退けた後、レングスィヒトン大河川の河原にて小休止を取っていた一行の中、エマが人型となって地に足を付けていた双子龍に話しかけた。

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