top of page

十一章 静かに軋む‐the same race‐(11)

 標的は上空、スラヴィの身軽な動きに翻弄されつつも徐々に主導権を取り戻しつつある、龍と《龍騎士》。
「――『我が制約の下、その能力を解放し、汝の意思で行使せよ』――」
 唱えながら、密かに後方の青年を盗み見た。常ならば相手をからかうのが好きで若干ナルシストな彼は、しかし今は蒼白な顔で呆然自失になっているように見受けられた。その普段の様子からは想像もできない様子に、あの《龍騎士》との間に何かあったのだろうと推測し、けれどそれ以上は考えない。
 今自身がすべき事が、眼前の敵の撃退ならば。
「〈風精霊〉!」
 今はただ、それだけだ。
 そして解放された風を統べる精霊は、自身の《契約者》が定めた標的へとその矛先を向けた。
 気配を感じ取ったスラヴィが退避すると同時、暴風が吹き荒れる。
 ブレーズには、何事かと考える暇も与えられなかった。
「くそっ……!」
 相棒と離されないようにとしがみ付き暴風に耐えるのが精一杯で、彼と彼女は動きを完全に封じられる。
「なるほど、なかなかやるようだな、あの少年」
 並行してエマと高速の攻防を繰り広げていたオッフェンバックが、マンスへと称賛を送る。その声からは本心か揶揄かは判別できなかったが、気にも応えもせずエマは攻撃の手を緩める事も休める事も無かった。
 少しの反応も見せない相手に、オッフェンバックはわざとらしく肩を竦めてみせる。無論、防御は続行しながら。
「君は実に機械的だな。仲間に指示を出しているようで、実際は指示される側の存在だ」
 エマは、無言。
「確かに君は強い。自分を防戦一方に押し止めるくらいには」
 刹那。その余裕の笑みが仕舞い込まれ、ようやく本来の顔が面に現れる。
「だが、つまらない」
 ぞわり、と珍しく本能が危険信号を察知した。自身が相手の手の内であった事に気付いた時には、周囲をトランプに取り囲まれていた。
(いつの間に――!?)
 思考が解答を導き出すよりも速く、エマは全方向からの魔術を諸に食らう。
「ぐぁっ……!」
 一つも避けられず、全ての直撃をその身に受けた彼は膝を地に付いた。辛うじて槍を支えに転倒こそ免れたものの、先程の魔術に〈異常状態〉付与の効果があったのか、身体は麻痺状態に陥っていた。
「どうせならば、自分は『機械』ではなく『人間』と戦いたいものだな」
 対して、オッフェンバックは涼しい顔だ。この分では汗一つ掻いていないのだろう。
「君の相手をするのも厭きた。次は……あちらにしようか」
 言うが否や、彼の手の動きに呼応するかのようにしてトランプが一斉に三人を内包する〈防護膜〉へと襲いかかった。
「!」
 予期せぬ攻撃にターヤは驚くも、すぐに防御魔術維持の為の集中に意識を戻す。
 しかしトランプによる攻撃は徐々に枚数と強さを増していき、その猛攻に押され始めた彼女は思わず両目を瞑って歯を食い縛り、杖に全体重をかける体勢になってしまう。
「っ……!」
「ターヤ!」
 すぐにでも対処したいエマだったが、麻痺した身体はなかなか言うことを聞いてくれなかった。現在の体勢から立ち上がる事さえ難しいレベルの痺れだ。

「もう少しだな」
 トランプを操り魔術をも何度か使用しておきながら、相も変わらず疲労の片鱗さえも見せないオッフェンバック。彼はトランプを思いのままに動かして執拗に〈防護膜〉の一点を狙っていた。
 徐々に威力を高めながら行われる彼の攻撃はさながらゲーム感覚のようで、しかしそれに押し負けている自分が不甲斐なく、ターヤは杖を握る手にできる限りの力を込めた。
(負けたら、だめ……アクセルとマンスは、わたしが護らなきゃ……!)
 けれど、気持ちだけで勝てる筈も無い。
「これで終わりだ」
 オッフェンバックが放った一撃は今までの比ではなく、彼が手を抜いていた事が明らかに理解できる程で。
 そして、またも。彼女が全身全霊をかけて維持していた防御魔術は、その一撃によって呆気無く破られてしまう。
「――っ!」
 蒼白になった顔で声にならない悲鳴を上げて、そして蓄積されていた疲労が一気に訪れた事により、彼女はその場に崩れ落ちるようにして座り込んだ。
「! おねーちゃ――」
「余所見をするとは、嘗められたものだな!」
 異変に気付いたマンスが思わず振り向こうとした瞬間に《風精霊》の攻撃に隙が生じ、そこを見逃さなかったブレーズの反撃をくらって彼女は霧散した。まるで、急所に一撃をくらったかのような呆気無さだった。
「シルフっ!」
 慌てて声をかけるも、既に彼女は還った後だ。
「クラウディア!」
 更には勢いを取り戻したブレーズの指示により、クラウディアの双翼が起こした突風で横からの奇襲を試みたスラヴィ共々吹き飛ばされ、三人はアクセルよりも後方へと強制的に押しやられた。
「うわぁっ……!」
「きゃぁっ……!」
 転がされていった際に小さな切り傷が幾つもでき、ようやく止まって地を這うような姿勢となった状態で幾つもの痛みに顔を顰める。一つ一つは大した事は無いものの、いかんせん数が多すぎたのだ。
 その間にもブレーズはアクセルを射程圏内へと入れており、彼へと向けて槍を構える。
 彼は、未だ動けずにいる。
「今度こそ、死ね――《龍殺しの英雄》!」
 エマも自分達も動けない。アシュレイは居ない。今度は彼女も現れないだろう。そう考えると途端に最悪の想像が脳を駆け巡り、考えるよりも早く身体が起き上がっていた。
「アクセルっ!」
 そのまま、彼の方へと向かって走る。傷の事など忘れて、ひたすら足を前へと。何もできないと解っていても、手を伸ばさずにはいられなかった。せめて盾くらいにはなればと思った。
 刹那、一行とクラウディアの間に突風が奔った。
「何っ!?」
「これは……!」
「まさか――」
 全員が風の訪れた方向を見上げて、そこに二匹の龍を見た。
「カレルとテレル!」
 マンスが喜びに溢れた声を上げる。
 同様に一行も安堵を覚えた。それで足の力が抜けて身体が痛みを思い出して、再度ターヤはその場に座り込んでしまう。
「! 貴様らは――」
 対して、ブレーズとクラウディアは驚きを隠せない。

ページ下部
bottom of page