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十章 首都圏騒動‐infiltration‐(9)

「天然だし、おっちょこちょいだし、騙されやすいし、とろいし、すぐ怒るし、周りが見えてねぇし……とにかく、近くで見ててやらねぇと危なっかしいんだよ、こいつは」
 ただし最後の方と言うか後半は非常に余計ではあったが、彼の言いたい事はよく解った。それに普段は憎まれ口を叩きつつも、彼の性根は優しくて心配症だという事も。
 青年は未だに赤い顔をしている。どうやら彼は、意外と本音を曝け出すのは得意ではないようだ。
「アクセル」
 名前を呼ぶと彼は押し黙った。
「ありがとう、心配してくれて」
「何だ、やっと気付いたのかよ。とろいんだよ、おまえは」
 照れ隠しの如く付け足された後半には、むぅ、と頬を膨らます振りをする。
「知ってるよ、そんな事。だから、そんなにわたしのことが心配なら、一緒に来てくれる?」
 一瞬だけ驚いたような表情が浮かんで、彼はすぐに笑っていた。
「あぁ、良いぜ」
「ありがとう」
 そう言いながら、先程の彼の言葉を眼前の姿と照らし合わせてみる。とりあえず後半は考えないものとすれば、今更ではあったが彼が年上である事に実感が湧いてきた。
(何だか、二人目のお兄ちゃんみたい――)
「『うむ、良い雰囲気であーる』――とある中年の言葉」
「「!」」
 唐突に冷やかしが聞こえてきた瞬間、二人は離れて互いに顔を背けていた。
 やはりスラヴィは空気を読んではくれないようである。いや、別に読んでくれなくても構わないと言うか、寧ろ今回はありがたかった面もあるのだが。
「うん、おねーちゃんと赤、ってのはすっごく嫌だったけど、兄妹みたいだよね」
 あからさまに眉根を寄せてアクセルを見てから、それでも率直な感想を述べたマンスに、そう感じていたのは自分だけで無かった事をターヤは知る。
 アクセルは少年の言葉に表情を揺らした。
「兄妹かぁ……まぁ、ターヤは手のかかる妹だからなぁ」
 しかし即座に例にもよって意地の悪い笑みを向けてくるので、これにはターヤも対抗する。
「そう言うアクセルこそ、よく迷惑をかけてくるお兄ちゃんだよね」
「全く、御前達は仲が良いのか悪いのか、判別がしにくいな」
 呆れているような苦笑いしているような、それこそ判りにくいエマの言葉にアクセルはにやりと笑みを浮かべた。
「だろ?」


「ようやく来よったか、あの小僧共」
 一片の光さえも通さぬ薄暗闇の中で、巫女装束にも似た和服を纏った人物は水晶玉に手を翳しながら呟いた。
「随分と寄り道をしてきたようだのう」
 ふん、と鼻を鳴らして、軽い嘲笑を浮かべる。
「まだまだ子供だという事かえ?」
 しかし、その声に応える者は居ない。
 巫女装束の人物は特に気にしたふうも無く、そのまま瞼の閉じられた目で水晶玉を見つめていた。そこに映し出されているのは、首都に入った三人の姿だった。
「しかし、今回の《ケテル》は随分と脆弱な小娘だのう」
 白い少女を観察しながら、その人物は率直な感想を口にする。しかし、それは先程の小馬鹿にしたような嘲りではなかった。冷静に分析しているのだ。
「まあ、前の小娘が異常であったという事か」

 再び三人に目を落とし、その人物は怪訝そうに首を傾げる。
「それにしても、今の《ダアト》は何を考えておるのやら……真意が見えぬわ」
 面倒だとでも言いたげに吐き出された一息が水晶玉に触れた瞬間、そこに浮かび上がったのは件の人物だった。彼女の隣にさまざまな亡霊の姿も窺えた瞬間、フードの人物は眉を潜めて映像を元に戻す。
「まあ、あの小娘も脆いからのう」
 今度は、どことなく呆れたような響きだった。
 それから彼女は水晶玉の映像を切った。ちょうど、つなぎを来た少年が映りそうになったところで。


「おそらくは、この辺りだろうな」
 首都に着いてすぐ、三人はエマの先導で〔月夜騎士団〕の本部――もとい、その裏手へと回っていた。ターヤがフローランに言われた『秘密の抜け道』がこちらにあるらしいからだ。
 目的地と思われる辺りに到達すると、アクセルが彼女を見た。
「で、どこから入るんだ?」
「確か、一か所だけ回転する壁があるってフローランは言ってたけど……」
 そう言いながら目を凝らしてはみるものの、やはり目測では壁の境は見えそうにない。
「からかわれた、という可能性も考えられるな」
 エマの冷静な一言が突き刺さった。注意深く慎重な彼に言われてしまった分、自分が騙されやすいと言われているかのような錯覚を覚えてしまう。
 ターヤだからな、と同意するように笑ったアクセルの言葉も耳に響いた。
 被害妄想かもしれないが、それでも「むぅ」と言わずにはいられない。
「大丈夫だもん」
 子どものように軽く頬を膨らまして、ターヤは〔騎士団〕の本部を囲う塀へと向かって突進するかのように突き進んでいった。
「あ、おい――」
 呆れているのか困っているのか解らない声を背景に、最早やけくそ状態のターヤは塀の所々を探しまくる。手で押したり、体当たりをしたり、足で蹴ってみたり、杖で殴ってみたりと、とにかく自分にできる動作は殆ど行ってみた。後で考えれば騎士に見つけてくださいと言わんばかりの行動だったが、当時の彼女にはそちらまで考える余裕が無かったのである。
「ターヤ、もう――」
「きっと、ある筈――」
 らっ、と突然回転した壁に声が上ずった。
「わっ――」
 そのまま彼女は塀の向こうへと倒れ込んでしまう。顔から地面にぶつけたらしく、鼻先がひりひりとした痛みを伴っていた。
「ターヤ!?」
「おい、大丈夫かよ?」
 驚きつつもエマとアクセルが駆け寄ってきてくれる。二人に助け起こされて、結局自分はどう転んでも皆の世話になるのかと少しだけ落ち込んだ。そして先程までのやけを起こしていた自分を思い出し、更に肩を落とした。
 そんな彼女の心境など知らず、アクセルは今し方回った壁を再び動かしてみている。
「すっげぇなぁ、これ。軽く力を入れただけで回るぜ?」
「まるで、隠密や忍びが使用する仕掛けのようだな」
 その後ろでは、エマも興味があるといったように考察していた。
 趣味や思考に違いはあっても、やはり二人も男の子なのだとターヤは唖然とする。そう言えば、兄もその親友も彼も、冒険に探検や迷宮、トラップや仕掛けなどといった類のものが好きだったな、と思いだしたところで思考が停止した。
「……え?」
(兄? その親友? 彼?)
 まただ、と口は動かさずに呟く。ターヤは何一つとして覚えていない筈なのに、なぜか偶に自然と自身の記憶らしきものを思い浮かべてしまうのだ。まるで、本当は心の奥底では覚えているかのように。

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