The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十章 首都圏騒動‐infiltration‐(8)
「あたしが、気を失ってる間に加勢してきた奴ね」
苦々しげに納得の意を示してから、アシュレイは再びターヤに向き直る。
「で、あんたはあの女の言葉を信じるの? 聞けば、助けてはくれたみたいだけど、名前を名乗りもしない上に意味深な言動ばかりだったそうじゃない。そんな奴の言葉が、本当に信用できるの?」
「っ……!」
言葉に詰まった。確かにアシュレイの言う通り彼女は身も知らぬ人物な訳で、安易に信用してしまうのは危険すぎる行為だろう。
それでも、なぜかターヤには確信が持てたのだ――彼女の言葉には嘘偽りなど無く、紛れも無い真実なのだと。だからこそ今現在、エディットに会いにいこうとしているのだ。
揺るぎない気持ちと共に、少女はアシュレイの眼をまっすぐに見返してそれを伝えようとする。
「でも、どうしてか解らないけど、彼女は嘘は言ってないって信じられる気がするの」
誰も何も言えずに沈黙と言う名の静寂が訪れる。
「なら、やっぱりあたしは行かない方が良いでしょうね」
観念したように呟いたのはアシュレイだった。
あっさりと負けを認めたも同然の彼女に唖然とする。
「え、アシュレイ?」
「どうせ駄目だって言っても聞かないんでしょ? だったら、仕方が無いから黙認してあげるわよ」
ふん、と鼻を鳴らして在らぬ方向に顔を向けてしまわれたが、不思議と偉そうだとも感じず腹が立つ事も無かった。ただ、彼女が認可してくれた事が嬉しかった。
「アシュレイ、ありがとう!」
感極まって、思わずターヤは彼女に跳び付いていた。
これにはアシュレイの方が驚き、慌てふためく。
「ちょ、ちょっと!」
「あ……ご、ごめん」
はたと気付き、ターヤも真っ赤になって離れた。
二人のやり取りを微笑ましそうに見ながら、エマがそこに収集を付けさせるべく話の中へと入ってくる。
「そうと決まったのなら、即急に済ませてしまおう。いつまでもこの森に居るのはあまり良いことではないからな」
「うん、解った。じゃあ、行ってきます。なるべく早く戻るから――」
「待て、ターヤ」
それならば早速と足を踏み出しかけたところで呼び止められ、振り向けばエマが制止の意味を含んでいるのか手をこちらへと伸ばしていた。
「エマ、どうしたの?」
「何も一人で行けとは言っていない」
「でも、これはわたしの問題だし……」
みんなに迷惑をかける訳にはいかないの、とは続けない。
「だが一人で行くには〔騎士団〕は危険すぎる。せめて私を連れていけ」
自身にとっては突拍子もない発言にターヤが眼を丸くしている隙に、エマはアシュレイに何個か指示を飛ばすと隣に並んでいた。
「行こうか」
そして、さも当然のように促してくる。
その動作で我に返って何事か行動を起こす前に、今度は首に腕が回って来たかと思えば背中に重圧が加わった。
「わっ……! お、おも、いっ!」
急な重みに耐えきれずに転びそうになったかと思えば重さは消え失せ、それと同時に今度は後方に引かれて抱きかかえられたかのような体勢になる。ちなみに犯人が誰なのかは最初で既に気付いていた。
「おまえって変なところで真面目だよなぁ」
「ア、アクセルっ!」
「ん、何だ? 俺が恋しいのかよ?」
抗議の意味合いで名前を呼んだつもりだったのだが、やはり彼は自分にとって都合の良い解釈でしか取らなかった。
しかも、その言葉にターヤは顔を真っ赤にさせられる。
「ちっ、違うってば!」
「照れるなよ、顔が真っ赤だぜ?」
「――!」
指摘されると更に自覚してしまうのが自身の性と言うべきか、ターヤは言葉を失った。
やはりからかわれていたらしく、青年は少女の様子を見て、可笑しくて堪らないとでも言うかのようにくつくつと笑っていた。
「本当におまえって奴は面白れぇよなぁ」
「それで、何の用なの?」
こういう時は取り合わないのが賢い選択だとターヤは考え、なるべく拒絶するような声を出す。
すると彼はつまらなさそうに舌打ちしてから表情を元に戻した。
「おまえらだけじゃ不安だから、俺もついてってやるよ」
「貴様だけは御断りだ」
しかし即座にエマによって切り捨てられる。
「何でだよ! つーかエマが決めることじゃねぇだろーが!」
「貴様は騒がしい上に煩いからだ。そのようなことでは即座に騎士団に気付かれてしまう」
「う……ん、んな訳あるかぁ!」
必死になって否定してはいるものの、その言葉を発する前の僅かな呻き声と間がそれを証明してしまっていた。
更には未だ彼に抱えられるような体勢になっているターヤには、耳元で叫ばれているも同然の大声が聞こえてきているので、それを口にすれば確実とはいかないまでも決定打ぐらいにはなるだろう。
(その前に離してほしいんだけどなぁ)
龍の背で寝てしまった時もそうだったが、この短期間で自分はよくアクセルに後ろから抱えられている気がしてならないのだ。いや、先も今も助けてもらっている事に変わりはないのだが。それでも、先はともかくとして今は既に離れていても問題無いとは思うのだが、一向に腰に回された腕が解ける気配は無かった。
その間にも二人の押し問答は続く。
「それに、貴様は最も隠密行動に向かない。だから、今回のことは私に任せてくれないか」
「おまえちゃっかり俺のことけなしてんだろ! つーか、別に良いじゃねぇかよ」
「良くない。大体、どうしてそこまでついて来たがるのだ」
「それは……」
唐突にアクセルの言葉が詰まった。
ターヤは首を動かして上方にある彼の顔を見ようとする。そうしようとした瞬間、こちらを見下ろしていたアクセルと目が合い、途端に彼の表情が爆発した。
まるで羞恥を表すかのような赤色へと転じたその頬に、ターヤも唖然としてしまう。
「――っ! 心配なんだよ、悪いか!」
だから、青年が何を言っているのかさっぱり理解できなかった。
エマも同様に驚いていたのか、すぐには応えなかった。
「心配とは、ターヤのことか?」
「ああ、そうだよ」
再び見下ろされたかと思えば急に真剣な顔付きになられて、これには心臓が飛び跳ねるかと思った。
「心配なんだよ、ターヤが。俺らみてぇに接近戦ができる訳でもねぇし、身体能力が高いっつう訳でもねぇのに、そのくせ俺らを助けようとして、自分から危ねぇことに首突っ込みやがるし……」
ターヤとしてはこの発言は意外だった。まさかそんなふうに思っていてくれたとは、と感動のあまりか涙腺が若干緩み始める。