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十章 首都圏騒動‐infiltration‐(7)

「『それが、彼女との約束だから』――とある青年の言葉」
「約束ぅ? 何の約束だよ?」
 しつこく質問を続けているアクセルに内心はひどく動揺しつつも、スラヴィは話さないと知っているので先程までよりは気分も幾分か楽なターヤであった。
 しかし、気になる事が一つだけある。スラヴィが約束を破るような人物でないのは知っているが、彼と交わした約束は『フローランと会っていた事を誰にも言わない』というものだ。だが彼は良くも悪くも忠実すぎるので、約束自体は守っても、その内容を口にしてしまう危険性が無いとは言いきれない。
「『彼女が密会してたっつうだけさ』――とある男性の言葉」
 そう思っていた矢先の発言だった。ぴしり、と音を立てて表情が固まった。
(や、やっぱり――!?)
「『どうしたんだ?』――とある青年の言葉」
 不思議そうにスラヴィがターヤを見ている。彼としては『約束』は守ったのだから、彼女が口の端を痙攣させている理由が解らないのだ。
 そんな少年の頭をアシュレイは褒めるように撫でる。
「ありがとう、スラヴィ」
 彼女が浮かべる笑みはまるで聖母の如く柔らかかったが、ターヤからしてみればそれは死刑宣告にしか思えなかった。こうなったら逃げるしかないと踵を返そうとした。
「まだ、話は終わっていないが?」
 だがm振り向いたところで眼前に居たエマに両肩を掴まれて目論みは失策に終わる。珍しく彼が彼女同様の笑みを浮かべていたのだが、やはりそれもターヤには畏怖の対象でしかなかった。
「うぁ、えと……」
 しどろもどろに弁解しようとしたところに割り込んできたのはアクセルだった。
「まぁ待てよ、エマ」
「アクセル……!」
 今の彼には後光が差しているように見えたのも束の間、一瞬にしてその表情は意地が悪い笑みで塗り固められる。
「すっげぇ面白そーな状況なんだし、どーせなら公開処刑と行こうぜぇ?」
「あまり宜しくは無い言葉だが、その案自体には同意しよう」
「……!」
 今度こそ、ターヤは白目を剥きそうなくらいに表情を崩壊させた。
 その間にも、さて、と言わんばかりの二人に引きずられ、有無を言わさず石に座らされる。そこは開けた空間のほぼ中心に位置していた為、皆からよく見える位置だった。
「それで、誰と会ってたんだよ、ターヤ」
 今度はアクセルの顔が近すぎて言葉に詰まる。
「なんだよ、言えねぇよーな奴と会ってたのかよ。ターヤも随分と悪りぃ奴――」
「ちっ、違うの!」
 このままだとアクセルの妄想が変な方向に進んでしまいそうで、それが何となく怖くて彼女は遮るようにして叫んでいた。目を瞬かせた青年と皆は直視できず、下を向きながら話す。
「これは、ただ……その、フローランと会ってただけで――あ」
 叫んでしまってから気付いても遅かった。恐る恐る顔を上げると、そこには今まで見た事も無いくらいの笑顔を浮かべているエマとアシュレイが居る。その笑みに悪寒を覚えるのは、今現在の彼女にとってはごく自然な事だった。
「そう、あんた、あの《死神》と会ってたのね」
「そうか、ターヤは彼と会っていたのか」
 反復するかのように同じ事しか言わない二人に、アクセルとマンスも何かを感じたのか僅かに引いている。
 無論、スラヴィと双子龍は我関せずといった態度だったが。

「で、何を話してたの?」
 笑顔なのに明らかに眼の笑っていないアシュレイに詰め寄られるが、寧ろ恐すぎて言葉が出てこなくなってしまう。
「隠すのは得策とは思えないけど?」
 一歩引いたターヤを追うように、アシュレイも一歩進んでくる。
 逃げ切れないと踏んで、何とかターヤは足掻こうとした。
「で、でもアシュレイ、さっき『隠すのは構わない』って――」
「確かにそうは言ったけど、これ以上詮索しないとは言ってないわ」
「う……」
 しかし言い包められた。彼女の言う通りだったので、反論できずに結局は逃げ腰になる。
 けれども、それを許すアシュレイではない。
(じ、自分達はさっき隠そうとしてたくせに……!)
 恐怖やら文句やら何やら、とにかくさまざまな感情がごちゃ混ぜになってパニックに起こした後の事を、ターヤは覚えていなかった。


「……なるほどね」
 気が付けば、眉間に皺を寄せて両腕を組んだアシュレイがターヤを見下ろしていた。視線を動かせば、周囲に居る仲間達も納得したような表情をしている事から、どうも自分は無意識のうちに全て話してしまったらしいという事が推測できた。
「え、えっと……」
 とりあえず何か言おうとして口を開いたのだが、はぁ、と大きな溜め息をつかれてしまい何も言えなくなる。
「あんたって奴は、本当にもう」
 言い終えてもアシュレイから吐き出される息は尽きる事が無く、彼女は心の底から呆れているようでもあった。心なしか、皺の数も増えているような気がする。
 確かに頑ななまでに隠し通そうとしていたのは自分の方なので、結局は言い返せずにターヤは縮こまるしかない。
「別に、《死神》と会ってた事を咎めるつもりはないわよ」
「本当!?」
「ただし!」
 額に人差し指を付き付けられ、乗り出しかけた身体と高ぶった感情を元の位置に戻された。
「それを隠そうとした事については延々と怒るわよ、ええ、延々とね!」
「うぅ」
 エンドレスでアシュレイの説教をくらうのは勘弁してほしいところだが、身から出た錆なので仕方が無いと言えば仕方の無い事だ。しかも軍人だからなのか、彼女の訓戒は実に論理的で厳しい上に長いので、聴き終わる頃には自分の方が疲労を感じてしまう。
 だけど、と呟く声に視線が上がる。
「どうして、そこまでして《殺戮兵器》に会いたいの?」
 この問いには、すぐには答えられなかった。口にしても良いのか、すべきではないのか。言ったところで信じてもらえるのか、それとも「ありえない」と一蹴されてしまうのか。それらの迷いが脳内を何度も駆け巡って交錯する。
「……言われたから」
 しばらくしてから口を飛び出した声は、やけに小さかった。
「エディットに会えば、わたしの知りたい答えが解るって、彼女に言われたから」
「彼女?」
 眉を顰めたアシュレイに、そう言えば彼女はあの場には居なかった上、その後は昏倒していて『彼女』に一度も会ってもいない事を思い出すも、その事を説明しようとする前にアクセルが引き継いでいた。
「あの《レガリア》って呼ばれてた奴だ。採掘所の中で会った時に、まぁいろいろと言われたんだよ」

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