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十章 首都圏騒動‐infiltration‐(5)

『時を浪費すれば、いずれ死霊達は再び姿を現す』
 何とも言えない空気に終止符を打ったのはテレルだった。即急に本題に入れ、暗に彼はそう言っているのだ。
 尤もだ、とその言にエマは頷いた。
「そうだな、それは私達も望むところではない。とりあえずは予定通り首都に向かおう。話はそれからだ」
「首都、ですか」
 先に話には聴いていたとはいえ、アシュレイの内心は未だ複雑だった。別に首都に入れないという訳ではないのだが、あそこでの自分は顔を見られただけで誰なのか判別されてしまうくらいに有名なのである。しかもマンスと双子龍はともかくとして、他の四人と居るところは〔騎士団〕の幹部級に幾度か目撃されている。自分が姿を見せれば、人に話を訊いて回るどころではなくなる可能性も考えられる。
 思いきり眉根を寄せて百面相もどきを披露しているアシュレイに対し、同じ事を思っていたらしいエマは申し訳なさそうに声をかけた。
「アシュレイ、貴女には悪いが――」
 言いかけて言葉に詰まったエマに向かって、何でも無いように首を横に振る。
「いえ、構いません。先に私達だけでクンストに――」
『その案は否定しよう』
 しかし、そこに割り込んできたのはテレルだった。
 思いもよらぬ事態に、諮らずとも機嫌の悪さを象徴する低音ボイスが出てくる。
「何よ?」
『説明、独り』
「全く持って説明にもなってないわよ」
 カレルに説明させるのはどうかと思うのだが、と全身で語る。
 アシュレイの思考には皆の共感が得られたようで、けれども代弁を始めたのはなぜかマンスだった。
「あのね、アシュラのおねーちゃん。カレルはもう少しだけ、ぼくといっしょにいたいって言ってくれてるの。でも、二人は街に行くと驚かれちゃうから、ここにいるしかないの。でもおねーちゃん達がクンストに行っちゃうと、ぼくが独りになっちゃうから、って」
「そうなの?」
 たどたどしく話すマンスに思わず唖然としてしまう。あれだけの短い説明で、よくそこまで理解できるものだ。
 そう言えば、確かこの少年はフェーリエンで、自分は〔召喚士一族〕ではないが《召喚士》だ、などといった発言をしていたように思い起こせる。だからこそ、彼には双子龍の真意が解るのだろうか。
(けど、セアド・スコットのような《龍の友》ならともかくとして、《召喚士》が召喚するのは精霊や魔物辺りで、龍と契約した《召喚士》なんて聞いた事も無いわ。そもそも龍を喚び出すなんて、他種族でもできるかどうか解らないって言うのに)
 考えてみるも解らなかったので、アシュレイは次の疑問に移る。
(それにしても、あの〔召喚士一族〕でもないのに《召喚士》になれるなんて前例は訊いた事が無いけど……まぁ、絶対に居ないとは言いきれないわよね)
 この辺りについても後回しにする事として、今の説明で彼女には引っかかる部分が一つだけあった。
「でも、龍は人の姿にもなれるんでしょう? だったら、そうすれば良いんじゃないの?」
 言いながらテレルへと視線を移す。先程の龍が人の姿へと変貌を遂げた瞬間を、彼女もその目でしかと目撃していた。あそこまで完璧に変身できるのであれば、別に何ら問題はないのではないか、と。
 だが、彼女の疑問にはアクセルが頭を掻きながら答える。
「あー……あのなぁ、確かに龍は人にもなれるんだけどよ、かなり疲れるんだ。だから、いつまでも人の姿じゃ居られねぇんだよ」
「それなら、彼らはアグハの林に帰れば良いじゃない。元々散歩ついでに送ってもらうだけだったんだし――」
『その思考も否定しよう』
 またも自身の言葉を遮られて紡がれた発言に、今度こそアシュレイは双子龍の片割れを睨み付けたのだった。
 龍の表情は読み取れないので実際のところは判らないが、テレルは意に介した様子も無く彼女の鋭い視線を受け流す。彼、というか彼ら双子は自身の意見を押し通すつもりのようだ。

 ともかく話を纏めれば、双子はもうしばらくマンスと一緒に居たいらしい。そして、もし自分達が急に戻らなければならなくなった時、彼が独りになってしまうのでアシュレイとスラヴィにも残ってほしいと言いたいのだろう。しかも彼らは人型になれる事にはなれるが負担も大きい為、全く人の立ち寄らなさそうな場所――つまりは、ここ死灰の森に居るしかないという訳だ。
「こんの我が儘双子龍……!」
 彼らの言いたいことを脳内で纏め終えた瞬間、アシュレイは意図せずに握り締めた拳をわなわなと震わせていた。
『疑問、なぜ我が儘』
「あんたらの望みの為に、何であたしが従わなくちゃならないのよ!」
 素で不思議そうに問いかけてきたカレルへと即座に叫び返し、アシュレイは踵を返してクンスト方面へと向かって歩き出そうとする。死霊の住処など一刻も早く抜け出したかったし、マンスを一人にするのが嫌なのであればスラヴィ一人を残していけば良い事ではないのか。というか、先程の戦闘では全く手助けをしなかったくせに偉そうなことを言うな、と思考は脱線していく。
 その時の彼女の思考では、この森を即急に抜ける事が第一優先事項と化しており、実際のところクンストに用があるのはスラヴィだろうという事など、すっかりと頭から抜け落ちていた。
 そんな彼女の前に立ちはだかったのは、他でもないマンスだった。
「アシュラのおねーちゃん」
 懇願してくる上目遣いに、うっ、と思わず足が止まる。
「一緒に居てくれないの?」
 それが、止めの一撃だった。
 本人としては無意識の動作なのだろうが、若干潤んだ無邪気な瞳で見上げてこられて敵う者など殆ど居ないだろう。ましてや彼にはどうにも弱いアシュレイに対してならば、一撃必殺にも等しかった。
 彼を直視できず、僅かに視線を反らしてアシュレイは負けを認めた。
「わ、解ったわよ」
『安堵、承諾』
 そこにカレルが口を挟んでくるものだから、途端に意地っ張りの彼女は真っ赤になって反論を始めるしかない。
「かっ、勘違いしないでよね! あたしは、マンスが言うから、ここに残るだけで、別に、断じて、あ、あんた達の為なんかじゃないんだから! これは、あくまで……そう! マンスの為なんだから!」
 一見、言葉の内容自体は否定的だが、一節で区切って強調するかのような話し方は寧ろ、本心の感情を隠すには不向きすぎているとターヤは思った。逆に本音を曝け出しているようなものだ。
 無論、テレルにも見抜かれていた。
『汝は素直ではない』
「――!」
 瞬間、益々頬を紅潮させていくアシュレイに苦笑しながら、そこでふと、ターヤはこの一悶着で忘れかけていた疑問を思い出した。
「そう言えば、どうしてアシュレイもアクセルも、わたしが首都に行きたいって言った事に反対しなかったの? 話してみた時は渋ってたし、今も結局アシュレイは行かないって事になったのに……」
 彼女としては思ったことを口にしただけだったのだが、事情を知っている面々は咄嗟に言い難そうに口を噤む。
「あ、いや、それはなぁ」
「えぇ」
「?」
 明らかに挙動不審なアクセルとアシュレイに首を傾げるが、そのまま二人には視線を反らされた。少なからずショックを受けて、自ら視線を外してしまう。
(わたしには言えないことなの?)
 そんなターヤの姿を見たエマが、今度は慌てて助け船を出してくれた。
「別にそういう訳ではない。ただ、少々言い辛い事なんだ」
「言いにくい? どうして?」
 少女が不思議そうに小首を傾げれば、青年は困惑顔になる。

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