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十章 首都圏騒動‐infiltration‐(3)

「闇魔か?」
「違ぇな。あれは――アンデッドだ!」
 エマへの訂正と同時に振るわれた衝撃波は黒い靄を襲い、それ全体を一瞬にして元の塵へと還す。
「やった――」
「まだだ! 周りを良く見ろ!」
 言われて周囲に視線を奔らせれば、至る所に先程のような黒い染みが幾つも点在しており、そこから新たな靄が発生していた。
 反射的に杖を握り締める力が強くなる。
 皆も各々の武器を手にして戦闘態勢へと移っていた。無論、人型から龍の姿へと戻ったテレルと、マンスを補佐するように彼の背後に立つカレルも例外ではない。
 ただし、その中でアシュレイただ一人だけが少しも動けずに居た。
「おいアシュレイ、形だけでも構えとけ」
「無理! 絶対に無理!」
 普段の姿からは欠片も想像できないような脅えっぷりに、寧ろアクセル達の方が脱力したくらいだ。
「あたしっ、アンデッド系は絶対に駄目なのよーっ!」
 金切り声にもその近い叫びが合図となり、だいたいの形を取ったアンデッド達が森への侵入者達へと襲いかかってくる。
「あぁくそっ! ターヤ、アシュレイから離れんな! スラヴィは残りの奴らを〈結界〉で護れ!」
 指示だけを飛ばして返事も聞かぬまま、アクセルは死霊の群れへと突っ込んでいった。
 その後をエマが追う。
「う、うん! 『聖なる守護の御神よ』――」
 彼女が詠唱に入った時、一人を欠いた前衛組は既に敵勢を屠っているところだった。
「おりゃぁっ!」
 身の丈もある大剣を振り回し、アクセルは次々とアンデッド達をその一振りの元に殲滅していく。
 しかし、いかんせん大仰な振り方であるからか背中の方が狙ってくださいと言わんばかりに空いており、そこへと向かって背後からアンデッドが突進してきていた。
「『展開』」
 だが、いつの間にか彼と背中合わせに立っていたエマが、その右手上に不可視の盾を出現させており、それらの敵を通さない。
「――『その神聖さを以て、彼の者を護り抜き、悪しき未練を拒絶し給え』!」
 少女の声を背景にしながら、青い青年は振り向かずに赤い青年を睨み付ける。
「少しは学べ。と言うよりも貴様、明らかにわざとだろう?」
「良いじゃねぇか、背中はおまえに預けてんだからよぉ」
「貴様は阿呆か」
 悪びれない相棒に大きく溜め息を付いた所で、ターヤの支援術が発動した。
「〈聖なる御手〉!」
 それは光の輪と化し、アシュレイを覆う。
 スラヴィが自身と双子龍とマンスとターヤの周囲を囲むようにして〈結界〉を発動させたのは、それとほぼ同時だった。
「え……何!?」
 突然の事に戸惑い出したアシュレイに、次の支援術の準備に取りかかりながらターヤは素早く説明する。
「光属性の支援術で、一定時間だけど死霊系モンスターを寄せ付けない効果があるの」
「これで、戦えって言うの?」
 その声は怒っているというよりも不安げに問いかけてくるもので、その事に心中で驚きつつもターヤは首を振った。アシュレイは人が変わってしまう程、随分とアンデッドが苦手なようだ。
「ううん。気休めにしかならないと思うけど、これで少しは気が楽になるかと思って」
「あんたって奴は」
 途端に小さな溜め息を吐き出して、渋々とアシュレイはレイピアを抜き放つ。その表情は、普段の彼女に近付いていた。
「仕方無いわね、やってやろうじゃないの!」

「え、でも……」
 先程まではあれだけ怖がっていたのに大丈夫なのだろうか、と心配が面に出る。
 だが、そんな彼女へとアシュレイは笑いかけたのだった。
「支援してくれるから、大丈夫なんでしょ?」
「う、うん!」
 満面の笑みと共に頷いて、再び杖を構え直す。
「行くわよ、ターヤ!」
「うん、アシュレイ!」
 互いの名を呼ぶのと同時、少女達は戦闘態勢へと移行した。
「『その全てを撥ね帰せ』――」
「はぁっ!」
 少女の声は自身を奮い立たせる為なのか普段よりも大きく粗雑で、そして密かな恐怖を潜ませていた。それでも彼女はレイピアでの刺突を止めようとはしない。
 そして、その通常よりも隙のある彼女を狙う攻撃を、後衛は許しなどしなかった。
「〈反射鏡〉っ!」
「ありがとっ――はぁっ!」
 振り向かずに礼を述べた直後にレイピアが敵を屠る。
「ううん! 『漲れ、力よ』――」
 ほぼ初めてだというのに息も吐かせぬコンビネーションを披露する二人を見て、片やアクセルは違う意味での溜め息を吐いていた。
「はぁ、何か羨ましいなぁ、あいつら」
 それから、何かを思いついたように相棒を見る。どうしてか現在のアクセルは、偶にはエマと相棒らしく息の合った戦闘を行ってみたい気分だったのだ。
「なぁ、エマ――」
「却下だ」
 しかし本題に入らないうちに切り捨てるようにして却下されてしまい、青年は子どもっぽく唇を尖らせる。
「まだ何も言ってねぇだろーが」
「貴様の考えなど言われなくとも解る」
「ちぇっ、つまんねー奴!」
 一閃。舌打ちと同時に作り出された少々荒めの軌跡は、その進行上に居るアンデッド達をその一振りだけで簡単に薙ぎ払っていた。
 最初からそのように普段通りの戦闘法を取れと思いつつ、彼の背後ではエマが不可視の盾を維持しながら、時折その間を摺り抜けようとしてくる死霊勢を槍で排除している。相棒の思惑には気付いてたが、それに乗ってやるつもりなど今の彼には無かった。
「――『我らを助け給え』!」
 一方、アシュレイの内心は実に乱れていた。彼女は心底幽霊などといった類の物が大の苦手なのであり、それはアンデッド系モンスターも例外ではない。だからこそ知覚してしまった瞬間に両足は竦み、全身は震え上がってしまったのだ。それが足手纏いでしかない事は重々承知だった。それでも心理と生理的に無理なものは無理だと、解りきっていたからこそ何もできなかった。
 それなのに。
 小さく唇を噛む。それが、自身を戒め奮起させる要因となった。
「〈能力上昇〉!」
 瞬間、全身が軽くなり力が漲ってきたような感覚を覚える。
「……そうね」
 刹那、アシュレイは一気に加速した。恐怖は自身の軍人としての矜持によって無理矢理抑え込み、その驚異的な速度でアンデッド勢を誘導して一纏めにする。
(初めから無理だ無理だと言っていたら――何もできやしない!)
 そうして、一緒くたになった死霊達へと向かって武器と共に一直線に突っ込んでいった。
「――ぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

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ホーリーハンド

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