top of page

十章 首都圏騒動‐infiltration‐(17)

 ターヤは今度こそ表情に出すまいとして気を張っていたので、彼の言葉に相槌を打つ余裕も無かった。ただ強張った顔で、彼から視線を動かせずにいるしかない。
 それを知りながら、フローランは愉快そうに続ける。
「でも、君は[世界樹の街]について知りたければエディに会えと言われた。つまり[世界樹の街]とエディが関係していると知っている人物に限定される訳だ」
 確信を持って念を押してくる声に、彼女は黙秘権を貫こうとするので精一杯だ。
「そこから導き出せる人物は、一人しか居ないよね?」
 解っているのにも拘らず問うてくるフローランは、意地が悪い以外の何者でもなかった。現に、彼の笑みは嘲笑そのものである。
「その存在はこう呼ばれていた筈だよ? 《レガリア》と」
「……!」
 まるでその場に居て見てきたかのように正確を射てくる少年に、思わずターヤは感情を面に出してしまう。その事に気付いて仕舞いこもうとしても時既に遅し、顔を上げればこちらを見下ろしながら最高だと言わんばかりに嗤う暗黒がそこには在った。
「――!」
 全身を雷鳴が駆け抜ける。危険だと、彼は危険なのだと本能が切に告げていた。それでも彼女は動けない。まるで金縛りにでも遭ったかのように、全身は指の先に至るまでほぼ完全に麻痺していた。
 少年は体勢も表情も変えずに嗤っている。
「あれに助けられたどころか、どうも『死なれると困る』とまで言われたみたいだしね」
 一拍置いて、囁くように声を潜める。
「ねぇ、それがどれ程の意味合いを持っているのか、君はちゃんと解っているのかな?」
「え……?」
 やはり訊き返すしかできなかった。ブレーズと同様に《レガリア》について知っていたどころか、彼女に助けられた意味を問うてくる、ところどころに小さな棘を潜ませた彼の意図がターヤには理解できない。
(この人は、何を知っているの?)
 彼女が、自分達が何だと言うのだ。
 少女の心中など手に取るように解るかの如く、その表情を見ながらフローランは続ける
「あれに加勢されるだけでも稀な事なのに、『死んでほしくない』? いったい何を考えているんだろうね、あれは」
 嘲笑。明らかに彼女を排除する如き退廃的な感情が、正しくそこにはあった。
「でも、それくらい君達も訳が解らないよ。いったい、君達と言う存在はどれくらい『普通』から逸脱しているんだろうね?」
 ターヤには答えられない。
 元より答えを求めていた訳でもないらしく、詰問は止めたのかフローランが纏っていた空気が初期のものへと転じる。二転三転もする場の空気など気にも留めずに菓子類を頬張るエディットへと、彼は視線を移していた。
「まぁ、君が何者かは知らないけれど、ただの凡人でない事は確かだよ」
「どういう事?」
「僕がそう思う根拠が、知りたい?」
 一瞬の迷いの後、首を縦に振る。自分は一体どこから来た何者なのか、それは彼女自身が最も知りたかった事なのだから。故に、そこに繋がるような情報は一つでも多く取得しておきたかったのである。
「君にIDを渡したのも、知っていたからなんだ」
「え……?」
 唐突な、答えになっていない応えに目を丸くする。
 それもまた予想の範疇であるらしく、相手はもう苦笑すら浮かべない。
「ブレーズから《レガリア》が君達に加勢した事は聞いたよ。あれは一般的平凡な存在の前には現れないからね」

 フローランの言葉に先刻からの燻るような疑問を感じつつ、しかし確信を持った問いかけは震えていた。
「だから、『彼女が助けてくれた』から、わたしにIDを渡そうと思ったの?」
「うん、察しが良いね。君の考えた通り、あれが接触するのは決まって並大抵じゃない人物だからだよ。どうせ『侵入者』に仕立て上げるのなら、そういう人の方が面白そうだと思ったんだ。あと、この平凡な毎日に少しの刺激が欲しかったから、っていう理由もあるけど」
 あっさりと認められてしまい、これにはターヤの方が次に繋げられない。フローランが善意と恩で動くような人物であるとは全く思ってもいなかったが、まさかこれ程自分の欲望に忠実だとは考えもしなかった。
 そして、ターヤが[世界樹の街]のことを口にしてからというもの、エディットは発言するどころか微動だにもしていない。
 だが、現在の彼女はそちらには気付けない程、彼の言葉を脳内で巡らせていた。
(彼女が接触するのは、決まって並大抵じゃない人物? じゃあ、わたし達はフローランが言う通り、普通じゃない、って事なの?)
 確かにターヤは記憶喪失であり、そこは『普通でない』と言えるだろう。アシュレイもあの若さで〔軍〕の高い地位に居て、マンスも幼いながらも四精霊と契約できる才能を有しており、スラヴィは《鍛冶場の名工》と称される最高の鍛冶屋だ。アクセルは闇魔について詳しすぎるし、エマはどこか浮世離れした面を持ち併せている。
 思えば、彼女ら一行には『普通』とは言いにくい面子が揃っているのだ。
 だが、今ターヤの考えた『普通ではない』例と、フローランの言う『普通ではない』とでは意味合いが異なる気がした。そこについて問おうと思い立ち意を決して口を開きかけ、そして言葉を失った。
 それは、刹那の出来事だった。遺跡でもトランキロラでも、今この場でも目を閉じたままだった少年が眼を開いたかと思った瞬間、唐突にターヤの胸元でブローチが光り出したのだ。
「!」
 至近距離で発せられた眩しさに片手で両目を覆い隠しつつも状況を把握しようと視線を動かしてみるが、なかなか思い通りにはいかない。
 しばらく溢れんばかりの発光は続いていたが、徐々に収まってきた。
 それに呼応するかのように、ターヤは主に目元を隠す盾の役割を果たしていた腕を下ろす。
「何が――」
 しかし、紡ぎかけた言葉は最後まで続けられなかった。
「……ははっ」
 なぜなら、嗤っていたから。
「ははは――」
 常人にはできないような、異常な笑みを。
「あはははははははは!」
 両眼を極限まで見開いたフローランが、壮絶な顔の上で展開していたのだから。

 

  2011.03.06
  2013.05.26改訂
  2018.03.10加筆修正

ページ下部
bottom of page