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十章 首都圏騒動‐infiltration‐(15)

 アクセルの鼻先に突き付けられていたのは、掌に納まるサイズの爆弾だった。そしてそれを手にしているのは、山吹色の髪と瞳を持つ女性だ。その少々露出が多めな青を基調とした服装から〔騎士団〕のメンバーである事が解る。
「動かないでね。動いたら、導火線に着火しちゃうから」
 無暗に行動を起こすのも得策ではないと理解し、アクセルはゆっくりと武器から手を離す。
 それに頷いた直後、相手は彼の腕を掴んだ。
「うぉっ――」
 体勢を崩しそうになるが、彼女はそれを意にも介さずアクセルを引っ張っていこうとする。
「さ、いこいこ!」
 思わず相手のペースに呑み込まれそうになるが、寸でのところでアクセルは足に力を入れてそれを阻止した。
「ちょ、ちょっと待てぇ! おまえ、〔騎士団〕の奴だろ? そんな軽いノリで良いのかよ!?」
「でも、君はさっさとした方が良いと思うよ~」
 くるりと彼女は振り向いて、そして笑みを浮かべた。
「ブレーズの奴に見つかりたくはないでしょ、《龍殺しの英雄》さん?」
「!」
 直感的に、一目で理解した――彼女は自分と同じ穴の貉であると。笑顔の仮面を被り、過去を覆い隠そうとしているのだと。
「おまえ……」
「ん? あたしがどうかした?」
「い、いや、何でもねぇよ」
 彼女は不思議そうに首を傾げたが、アクセルはそれ以上を口にできなかった。
 特に訊き出す気も無いようで、彼女はまた彼を引っ張り出す。
(こいつ……)
 不思議な事に途中で誰ともすれ違わず、気が付けばアクセルは一つの部屋の前に辿り着いていた。
「ここここ、いらっしゃ~い」
 陽気な声と共に扉は開かれ、青年は連れ込まれるようにして入室する。
 そこは、比較的広めの部屋だった。室内には所狭しとファンシーな物体が置かれており、窓際のベット上には大量のぬいぐるみが布団を覆い尽くさんばかりに並べられている。
(何だこりゃ)
「乙女の部屋をじろじろと見るなんて、普通だったら極刑ものだよ~」
 ひょっこりと横から顔を出した部屋の主に、一応ながらアクセルは問いかけてみる。
「乙女って、おまえのことかよ」
「あたし意外に誰が居るの?」
 あっさりと返されてしまったので彼は諦めることにした。どうもこの女性は自分と似たようなタイプのらしく、普段の調子では勝てる気がしないのだ。
「とりあえず、座って座って!」
 今度は背中を押され、ほぼ無理矢理に椅子に座らせられる。
(何か調子が狂うよなぁ)
 普段相手にしている女性がターヤやらアシュレイやら、とにかくからかいやすい相手だからか、どうもこの女性と対するとやり辛いアクセルであった。
 彼女は青年と向かい合うような位置に着席すると、自己紹介を始めた。
「あたしはセレステ・アスロウム。セレスって呼んでね。君は確か《龍殺しの英雄》アクセル・トリフォノフさんだよね?」
「あ、あぁ」
 やはり彼女のペースに圧倒されているのか、普段通りの調子が出てこない。
「あ、もしかしなくても緊張してる? そこのお茶とお菓子はお好きにどうぞ~」
 言われて、自分と彼女の前には紅茶が並々に注がれたティーカップ、机の中央には菓子類の入れられたバスケットが置いてある事にようやく気付けた。
 それらはまるで、最初からアクセルが来る事を知っていたかのようで。

 思わず、彼女へと問うていた。
「セレス、おまえ、フローランから聞いてたのか?」
「うん、そうだよ。フロくんから君達が来るって聞いてたから、それならもてなさなくっちゃと思ってね」
 隠す事無く肯定した彼女に、少しばかり警戒心が薄らいだ。
「つー事は、ターヤとエマの奴はフローランのところか?」
「ターヤさんはフロくんとエディちゃんと一緒だと思うけど、もう一人の人はよく分からないや。あ、別にフロくんもエディちゃんもターヤさんに危害を加えるつもりは無いから。そこは安心して良いからね?」
 少しばかり考え込んでから、付け足すようにセレスは言う。
 その姿に苦笑しつつ、アクセルは紅茶を一口含むとクッキーを手に取った。サイズは小さめだったが、結構美味しかった。
「その心配は最初からしてねぇよ。最初から傷付けんのが目的なら接触した時がチャンスだっただろーし、《死神》と呼ばれてる奴がそんな回りくどい事をするとも思えねぇしな。それに、エマの奴ならどこに居ても問題無ぇだろ」
「信頼してるんだね」
「あぁ、あれであいつらは結構強ぇからな。まぁ、ターヤは弱ぇけど」
「それって、矛盾してない?」
 チョコレートを頬張りながらセレスが笑う。
 かもな、とアクセルもチョコレートを口にした。
「にしてもフローランの奴、何で俺ら……つーかターヤの奴を呼んだんだ?」
 唐突に浮かんだ、と言うかターヤの話を聞いてから気になっていた疑問を口にする。もしかすると前面の少女は知っているのではないかと思ったからだ。
 青年の言葉にセレスは首を縦に振る。
「それはあたしも気になってたのよ。だから訊いてみたらね、確かめたい事があるんだって言われちゃって」
「それだけか?」
「うん、それだけだったよ。でも、他の女の子を部屋に連れ込んだりなんかしたりしちゃったら、エディちゃんがやきもち焼いちゃうんだろうな~」
 そんなエディちゃんも可愛いけど~、と頬を極度に緩ませてにやけ始めたセレスに若干引きながらも、アクセルはもう一つだけ彼女に訊いておきたい事があった。
「おまえ、俺のことはどう思ってんだ?」
 瞬間、セレスの表情が一変した。
「え? 何々? 恋の告白? でも、あたしにはエディちゃんという想い人が~!」
「何をどうしたらそうなるんだよ」
 瞳を輝かせながら表情は申し訳無さそうという、あべこべな状態のセレスに思わず突っ込まずにはいられなかった。別にそういうつもりではないし、悪いが彼女はタイプではない。
 すると、彼女は「ぶー」と唇を尖らせた。
「もっと慌てふためいてよー。つまんなーい」
「俺がこの程度で慌てるかよ。つーか、訊きたいのはそういうことじゃなくて――」
「ブレーズの家族を手にかけた相手を、軍人と行動してる自分をどう思ってるのか、って事を訊きたいんでしょ?」
「あ、あぁ」
 思っていたままを当てられてしまいアクセルは一瞬だけ言葉を無くすも、すぐに頷いた。
 やっぱりね、とセレスが苦笑する。そうして否定の意を表すかのように、軽く片手を手首から振ってみせた。
「ブレーズと君の問題はあたしが関与する事じゃないし、それに、あたしは別に〔軍〕は嫌いじゃないよ」
「けどおまえ、〔騎士団〕なんだろ?」
「えぇ、そうよ。でも、別に〔軍〕に何かされた訳でもないから」

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