The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十章 首都圏騒動‐infiltration‐(14)
(良いな、こういう関係って)
お互いがお互いを最も大切に思っている、そんな関係が眺めていて少しだけ羨ましく感じられる。自分には仲間が居るけれど、皆同じくらい大切で、それは相手方も同様なのだから。
(それにしても噂って、エディットがわたしのことを覚えてないって事だよね)
二人の微笑ましい光景に癒されてしまった自分が居て忘れかけていたが、先程フローランは自分のことを『噂の人』や『前に話した』などと言っていた気がする。と言うか、エディットとは以前にロヴィン遺跡で一度会っている筈なのだが。
「あはは、エディは基本的には僕以外に興味が無いから」
「!」
またも思考を読み取られてしまい、今度こそターヤは真っ赤になった。フローランは読心術でも使えるのだろうか。
「読心術でも使えるのか、って顔に書いてあるよ」
「!」
更に頬が熱くなった。
まるで茹で蛸状態のターヤを見てフローランは笑う。
「君って解りやすい性格をしてるよね」
そう言えば、前にもそんなことを言われた気がする。エマにもリュシーにも、更にはフローランにも言われてしまうという事は、完全に自分は傍から見て解る程、感情や思考が表情に出やすいのだろう。
「僕に読心術は使えないよ。誰かさんが言うには〔軍〕の元帥には使えるみたいだけど」
(って事は、もしかしてアシュレイは心を読まれてたりするのかな?)
その推測はなかなか的を射ていたのだが、現在の彼女に事実が解る筈も無かった。
「それで、何の話だったっけ?」
自分から降っておいて問うてくる少年に、少女は困惑する。反射的に視線を彷徨わせれば、いつの間に動いたのかエディットがフローランの背後にくっ付いてターヤを観察していた。
その事に驚いて、けれど何を言って良いのかも解らず遠慮がちに視線を合わせる。
しかし相手も無言だった為、結局のところターヤが口火を切る羽目になった。
「え、えっと……」
「……名前」
「へ? あ、えっと、ターヤ?」
驚きで普段通りに言葉が紡げずに慌てていると、ちゃっかりと聞いていたらしいフローランが苦笑した。
「何で自分の名前なのに疑問形なの?」
「え、それは、その……」
自分でも良く解らなかった為、言葉に詰まってしまう。
それを見越していたのか、フローランは唐突に踵を返すと言った。
「まぁ、せっかくだし、お茶にでもしようか」
「え」
「用意してくるから、それまではエディと話してると良いよ」
自身のペースのままに告げ、彼は部屋を出ていってしまう。
そのまま扉は閉められて、部屋の中には手を伸ばしたまま唖然として固まるターヤと、驚きもせずに中央付近に置かれた机の前に腰かけるエディットだけが残された。
途端に、どうすれば良いのか解らなくなるターヤである。せっかくエディットと話せる機会をフローランが作ってくれたのだから話を持ち出そうとは思うのだが、どう言えば良いのか、という混乱する思考から良い言葉が浮かんできてはくれない。
(訊きたいのは[世界樹の街]の事で……でも、どうやって切り出せば良いんだろ)
それ以前に、エディットは知っているのだろうか。
(でも、彼女は知りたいならエディットに訊けって言ってたし、エディットは何かしら知ってるって事だよね?)
脳内にて延々と自問自答を繰り返してみるのだが、やはり結局のところは真実など確かめない限り理解できる筈も無いのだ。
「……座席……不可?」
「え?」
現実へと意識が蘇れば、エディットが不審そうに自分を見上げていた。彼女の視線はすぐに自分の近くに置かれている椅子へと移されて、それで「座らないのか」と言われている事にようやく気付く。
「お、お邪魔します」
一言断りを入れて、その席に付く。椅子を引いた時に微かな音がした。
エディットは尋ねた後はターヤの事など気にも留めず、両手で器用に糸を操りながら一人あやとりをしている。
ターヤは話を切り出せず、無言で彼女を眺めていた。眼前の少女に訊きたい事はある。けれども、脳内で上手く整理が付けられない。どこから訊けば良いのか、それとも訊かないべきなのか。
(でも、彼女は知りたければ訊け、って)
そもそも、アシュレイの言った通り、見知らぬ相手に言われた言葉を信用する事自体が危険極まりないのだろうか。
しかし幸か不幸か、その時のターヤは内心で思考を乱雑に掻き乱していた上、彼女のことは信じられるといった気持ちが強かった為、彼女を疑うといった考えは今になっても浮上してはこなかった。
「……おまえ」
それ故か唐突な呼びかけに、すぐにターヤは反応できなかった。再び意識を取り戻せば、今度はエディットの方が彼女を眺めている。
「……フロ……何?」
「え……?」
向けられた嫌疑の視線は、直線上に彼女を射抜いていた。
「……ったくよ、ターヤもエマの奴も何で俺を置いていくんだよ」
時は少々遡り、ようやくナルシストモードを解除したアクセルはと言えば、放置された事に気付いて二人を捜していた。
(まぁ、あいつら……っつーかターヤにとっては良い作用になったみたいだけどよ)
「つーか、どっから入ったんだよ、あの二人」
本音とは裏腹に、ぶつぶつと文句を口にしながら塀に沿って歩いていけば、視界に扉が入ってきた。しかも都合の良い事に、そこには一人ぐらいならば通り抜けられそうな隙間が空いている。
それに気付くや、アクセルは途端に表情を変えてそこまで向かう。一応誰も居ない事を確認してから中に入ってみると、そこは古びた倉庫のようだった。
「うぉっ、カビ臭ぇ……」
随分と手入れがされていない様である。よくよく目を凝らせば空気中には大量の埃も舞っていた為、アクセルはすぐにこの場から移動することにした。このまま居続けると、気管支炎にでもなりそうだからだ。
幸い前方には内部に繋がっていると思しき扉も見つけられたので、そこに向かって歩く。
(ターヤの奴、ヘマしてなけりゃ良いけどな。まぁ、エマがついてるから問題無ぇか)
現在二人が別行動になっているとは露知らず、ドアノブに手をかけて開こうとしたところ、いきなりそこが回転した。
「!」
反対側から誰かが回していると気付いた時には既に遅く、眼前で扉は開かれた。差し込んで来た光の眩しさに目を側めつつ、何とか相手を認識しようと目を凝らす。
「あれ~? 侵入者さんがもう一人?」
やばいと叫んだ直感に従って背中の大剣に手をかけて抜刀しようとするも、自身の顔に突き付けられた物を認識した瞬間、自然と動きは止まった。