The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
一章 目覚めた私‐memory loss‐(08)
眼前に詰め寄ってきた相手から振り下ろされた大剣を受け止め、リチャードは残念そうな顔になる。
「おや、私の相手は貴方ですか」
言いながら軽くいなされた大剣を、今度は横殴りにアクセルは叩き付けた。
「ターヤの奴にいきなり戦えってのも酷だろ?」
それを再び流すようにかわし、リチャードは刺すように剣を突き出した。
「ですが、彼女が現段階ではどれほど目覚めているのか、私はそれを確認しなければなりませんから」
連射された弾丸のように高速で向かってくる攻撃を難無く避け、アクセルは後方にすばやく下がる。
「けどあいつ、魔術っぽいのは使ってたぜ? ふろーなんたらっつーの」
相手を追うようにリチャードは瞬時に前方へと移動し、その勢いに合わせて再び刃を突き出す。
「ああ、それでしたら、実際に発動までこぎ付けたのは彼女自身ですが、私が呪文をお教えしましたから。火事場の馬鹿力と言うのか、緊急時には魔術が発動できるようですね」
同じ攻撃を、今度は横に回り込んで足で刃を蹴る事で止め、アクセルは大剣を斜め上から振り下ろす。
「なるほどな。どーりで記憶喪失で魔術も知らないくせに、あれは使えたって訳だ」
しかし、その袈裟斬りをリチャードは軽やかに避けた。
そのように会話をしながら、けれど余裕の表情で攻撃と防御や回避を交互に行う二人を目にして、ターヤはただただ口を半開きにして驚くばかりだった。
「す、凄い……」
「アクセルと渡り合えるとは、あのリチャードという男、単なる愉快犯ではないようだな」
逆に、エマは別の意味でリチャードの実力に感嘆していた。
「エマ、もしかしてリチャードのこと疑ってたの?」
目を瞬かせて見つめてきたターヤを横目に見て、エマは大きく嘆息した。
「普通は疑うところだろう。貴女は警戒心が足りないのか?」
「そうかもしれないけど、でも、リチャードは信じられると思ったから」
まっすぐな目で答えたターヤに再度一息つき、エマは視線を前方で戦う二人に戻した。
「その根拠がどこにあるのか、知りたいところだな」
後方の二人が交わしていた会話は、無論リチャードの耳にも入っていた。ふむ、と彼は身体を動かしながら内心では熟考する。
「……やはり、強硬策が最善ですか」
その言葉の意味にアクセルが勘付くよりも早く、唐突に彼の動きが止まった。
「っ!」
否、身体が動かなくなっていた。
それに気付いたエマが動き出すよりも早く、彼の身体もまた動かなくなっていた。
「エマ!?」
突然の事態にターヤは自分もかと思わず身構えるが、彼女には硬直は起こらなかった。
そしてエマとアクセルには、この現象に思い浮かぶものがあった。
「これは、まさか――」
「時属性の魔術かよ……!?」
エマは驚愕したように、アクセルは驚きつつも苦々しげに呟く。
問いを投げかけられる形となったリチャードは、既にターヤへと一直線に向かってきており、それに気圧された少女は、連動するように後方へと下がった。
「その通りです。お二人を相手にすると日が暮れてしまいそうなので、やはり当初の予定通り、ケテル一人に相手をしてもらう事にしまして。お二人はそこで、ゆっくりと見物していてください」
振り返ってにこりと笑いかけてきた青年に、アクセルの怒りが沸点に到達する。
「ふざけんなてめぇ! ど素人を玄人と戦わせるとか何考えてんだよ!」
しかし、リチャードはもう彼らには見向きもせず、目標だけを見ていた。
「っ……!」
その眼光に、その場で足が竦む。本能が逃げろと叫ぶが、身体は言うことを聴いてはくれなかった。杖を握り締める手には、自然と力が籠った。
少女の一歩手前で立ち止まると、リチャードは笑みはそのまま不思議そうに首を傾げる。
「どうしました? 何か唱えなければ貴女が死にますよ、ケテル。それとも、その杖はただの飾りですか?」
そのような事を言われても、ターヤには何をどうすれば良いのか解らなかった。そもそも自分が〈治癒魔術〉を使用可能である事は知ったが、それさえどうやって使ったのか自分でも理解していないし、攻撃に転用できるものだとも思えない。
けれども、眼前に立つ青年は少女に向かって剣を構えており、焦燥が加速する。
(ど、どうしよう……!)
思わず目を瞑ってしまったターヤに、リチャードは残念そうに溜め息を吐くと、武器を下ろした。
(え、と、止めてくれたの……?)
その動作にターヤは希望を持ちかける。
「期待外れも良いところです」
しかし、リチャードがそう口にした瞬間、彼女の周囲を円陣が取り囲んだ。
「「!」」
それが示す意味を知っている二人が即座に逃げろと少女に向かって叫び、意味を知らずとも背筋を走り抜ける悪寒を覚えたターヤは身を竦ませた。
「何、これっ……!」
「貴女を燃やし尽くす魔術です。これでさっさと消えてください」
「っ……!」
冷えた笑みと共に告げられた死刑宣告にも似た言葉に、少女は今度こそ完全に視界を閉ざしかける。
――死にたくなければ、
「! な――」
――唱えてください、盾、と。
だが、そこに聞こえてきたのは、空から落下していた時と同じ声で、それは確かに眼前の青年のものだった。どういうつもりなのかと考える暇は無く、今回もまた反射的に唇が動いた。
「〈火柱〉」
「しっ、〈盾〉っ!」
同時に声が上がり、しかしいつまで経っても来ない衝撃と痛みを不審に感じ、思わず目を開けた先にあったのは、
「……!」
眼前で轟々と燃え上がる火柱と、それを阻むようにして少女との間に立ち塞がる、どこから現れたのかも解らない一つの盾だった。
訳が解らず、ターヤは何度も目を瞬かせる。
「何、これ……」
「やはり、危険時であれば、下級魔術ならば無詠唱で使えるようですね」
リチャードが呟く間にも火柱はその威力と姿を消失し、盾もまた消える。
後に残されたのは、無傷のまま驚き顔を浮かべて立ち尽くす少女と、満足げに頷く笑顔の青年だけだった。
まだ警戒しつつも恐る恐るリチャードを見れば、彼は武器をブローチの中に戻してターヤの下へと歩み寄る。身体の硬直が解けたエマとアクセルはその光景を見て唖然とするが、彼らには構わずに青年は少女の前まで行くと、真っすぐに彼女だけを見た。
「胸元のそれを、決して外さないでください」
唐突な台詞と一緒に伸ばされた指が触れたのは、彼女のブローチだ。
「リチャード、さっきのって……」
「手荒な真似をして、すみません」
先程の現象について問おうとしたターヤだったが、やはり青年は作り物のような笑みを浮かべて遮るだけだった。
「ですが、あのような強硬手段を取らない限り、今の貴女は魔術を使うまでには至らなさそうだったので」
(だからって、荒療治すぎだよ)
ターヤは内心で呆れかえりながら、少しばかり恨みがましい眼を青年に向けた。
シールド
ファイヤカラム