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一章 目覚めた私‐memory loss‐(06)

「ほんと、同じ『盗賊』を名乗ってても〔屋形船〕とは大違いだよな。あっちは義賊だしあんまし盗みもやらねぇけど、おまえらは見境無ぇ屑だしな。つーか今の台詞、どっからどう見ても負けフラグだろ」
「けっ、てめぇら《旅人》のようだが、好い気になんじゃねぇよ! こんだけ数居りゃあ、手も足も出ねぇだろ?」
 余裕の笑みを浮かべてリーダー格の盗賊が手を振ると、その後方に居た盗賊達が一斉に武器を構え、三人へと向かって一直線に突進してきた。
 しかしエマは動かず、アクセルだけが彼と一人慌てるターヤを置いて前に進み出た。
「だから盗賊は嫌いなんだよ。数撃ちゃ当たる戦法で俺らに勝てると思ってるのか? あ、エマはターヤを宜しくな」
「既に承知済みだ」
「ほざけ! 一人で武器も無しに勝てると思うなよ!」
 先頭の盗賊が刃を突き刺そうと腕を伸ばすが、アクセルは僅かに足場をずらして難無く避けると、その盗賊の腕に手刀を一撃、短剣を叩き落とした。
「なっ……!」
「ほらよ、隙だらけだぜ?」
 慌ててそれを拾おうとする盗賊の鳩尾に膝蹴りを入れて浮き上がらせ、
「おらよっ!」
 そのまま蹴り返し、後方の盗賊達を何人か巻き添えにした。
 それでも尚向かってくる盗賊達は、すばやく抜刀した大剣で薙ぎ払う。そのたった一閃で前方に居た盗賊達は皆倒れ伏し、残りの面々は容易に間合いに入れなくなっていた。
「まだやるか?」
 そんな彼らに呆れたような眼差しを向け、アクセルはわざとらしく嘆息した。
「だいたい、おまえらは武器の使い方からして、ぜんっぜんなってねぇ――」
 その瞬間、リーダー格の盗賊がほくそえんだかと思いきや、突如として空間を切り取って移動したかのように、何も前触れも無くアクセルの死角から盗賊が現れた。
 それと同時、残っていた後方の面々が一様に突撃してくる。
「アクセル!」
 突然の事に咄嗟に名を呼んだターヤに反応したのか、それとも気配が現れた時点で既に気付いていたのか、ともかく彼はそれを俊敏な動作で避けた。
「あっ――ぶね!」
 言いながら刃と共に突き出された腕を掴み、最初の盗賊同様に鳩尾に一発叩き込むと、彼もまた一団の方へと向かって投げ飛ばす。
「よくもやりやがったな、この野郎!」
 その盗賊が仲間にぶつかって何人かを巻き添えにするのは見ずに、頭にきたらしいアクセルは抜刀して前方へと駆け出した。
「エマ!」
「全く、貴様という奴は。ターヤ、すまないが掴まっていてくれ」
 振り向かずに投げられた声に嘆息するも、エマは断りを入れてターヤを片腕で自らに引き寄せると、もう片方の手を視界と同等の高さまで持ち上げる。
 その構えに、ターヤは見覚えがあった。
「『展開』」
 不可視の盾が形成されると共に、彼はそれを発動したままその腕を振るった。
 彼の行動に驚くターヤだったが、盾が何かにぶつかる音がすると、更に目を瞬かせた。
「え、今のって――」
「魔道具〈不可視のマント〉を用いて、こちらに忍び寄っていた盗賊だ」
 言いつつもエマは、ターヤを抱えたまま身体の向きを器用に変えながら、盾ごと腕を無駄の無い動作で振るい続ける。その度に鈍い音は聞こえた。

 そして腕が振るわれなくなれば、比例して音もしなくなり、二人の周囲には数人のマントを着用した盗賊が倒れているだけになる。

 離してもらったターヤは、彼らを見てひたすら驚くばかりだ。
「この人達……」
「彼らが身に着けているのは〈不可視のマント〉という魔道具で、一時的に装着者の気配と姿を消す効果があるんだ。アクセルが急襲された辺りから、どうも周囲に不穏な気配を感じたのでな。確かめてみれば、この通りだ」

 視線だけで彼らとマントを捉えた後、エマはターヤへと向き直る。

「ちなみに〈魔道具〉とは、魔術が使用不可能な者でも似たような恩恵を得られるようにと開発された、疑似魔術用道具のことだ。とはいえ、やはり本家本元には遠く及ばないが」
 状況の説明に魔道具の講義を付け加えたエマは、いろいろと抜かりが無かった。
 そんな彼に感嘆しつつ、ターヤは彼の腕を凝視した。
「それにしても、わたしの体重もかかってたのに、よく動けたよね」
 アクセルや盗賊達と比べても、やはりエマは男性にしては華奢であるとしか思えなかった。それでも、推定十代後半くらいのターヤ一人を抱えて動けるくらいの力は持っているのだから、そこは男性の所以なのだろうが。
 彼女の言いたいことを理解したエマは、苦笑いを顕にした。
「力がある事は先程解ってもらえたとは思うが、やはり外見的な問題は隠しきれないな」
「でも、それはそれでエマらしいと思うな。出会ってそんなに経ってないわたしが言うのも、変な話だけど」
 勢いで言ってはみたものの、結局すぐに羞恥に襲われたターヤは視線を逸らした。
 するとエマは噴き出したように笑う。
「それもそうだな」
 その肩に、第三者の腕が乗っかった。
「なーにやってんだよ、二人して。俺を除け者にすんじゃねぇっての」
「アクセルか。盗賊はどうした?」
 エマの問いにアクセルが親指で示した方向を見れば、そこには気絶した盗賊達が山のように積まれていた。
 大剣は既に鞘に納めていたアクセルは、ストレッチとばかりに伸びをする。
「殺生は趣味じゃねぇからな。全員鳩尾に一発入れてきた」
「貴様らしい方法だな」
「だろ?」
 得意満面で踏ん反り返るアクセルに、エマはお決まりの呆れ顔になり、ターヤは反応に困ったので苦笑する。
「あ……」
 そこで彼の腕に目を奪われ、その一点を凝視した。
 それに気付いたアクセルが不思議そうにターヤを見る。
「ん? どーした?」
「右腕、血が……」
 彼女の言葉に、二人の視線もまたアクセルの右腕に集中した。確かに彼女の言う通り、そこには赤く細い線が一本描かれており、その傷口からは少量の血液が小さな流れを作り上げていた。
「あぁ、こんなの大した事ねぇって。どーせ、さっき避け損ねて掠っただけだろ」
 彼は彼女を安心させようとして、笑い飛ばしながらその腕を振ってみせるが、血を見て蒼ざめるかと思われたターヤは、しかし駆け寄ってきてアクセルの腕を手に取った。
「駄目だよ! もしかしたら、傷口から細菌が入って来るかもしれないし……!」
 そう言いながら、彼女の掌が傷口を覆った時だった。
「「!」」
 仄かで淡い小さな光が、少女の左手に灯った。それは触れている場所へと静かに浸透していき――最後は、空気中に溶けるようにして消え去っていく。驚いた少女が手を離せば、そこにあった切り傷は跡形も無く消え失せていた。
 その現象にはアクセルとエマだけでなく、当の本人である筈のターヤもまた、予想外と言わんばかりの顔になる。またも光の粒が見えた事もそうだが、今し方自分が何をしたのか理解できなかったのだ。

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