The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
一章 目覚めた私‐memory loss‐(05)
その説明もまた、エマが請け負った。
「この世界で使用されている通貨の名称だ。なぜモンスターが金銭を所持しているのかまでは不明だが、私達のような《旅人》は簡単に資金を調達できる上、近隣の都市の安全も確保できるからな。私もアクセルも、その方法を選択している」
貨幣を使用しない筈のモンスターが、それを所持しているというのも変わった話だが、エマ達でさえ知らない事がターヤに解る可能性は無いに等しかった。
「それから、この世界の住人には、どのような者であろうと必ず〈職業〉が備わっている」
「くらす、って、さっき言ってたのだよね」
「〈職業〉とは、自らが習得できる〈技巧〉の方向性を決定するものだ。これには戦闘向きのもの、援護向きのもの、職人向きのものなど、さまざまな種類が存在する。例を挙げるならば、私は《槍騎士》でアクセルは《大剣士》といったところだな」
ちなみに〈技巧〉とは、〈職業〉に見合った能力を差し、戦闘向き、援護向き、職人向き、とそちら同様に多種多様である。また、修練や鍛錬を積めば〈職業〉とは方向性の異なる〈技巧〉を習得する事も可能らしいが、人には向きと不向きがあるので、必ずしも習得できるとは限らないそうだ。
「アクセルは大剣を持ってるから《大剣士》っていうのは解るけど、エマは? 何で馬に乗ってないのに《槍騎士》なの? それに騎士って剣のイメージもあるんだけど、エマは槍だよね?」
思い浮かんだ疑問をそのまま口にすると、エマは呆気に取られた顔でターヤをまじまじと見つめた。
それはアクセルも同じで、寧ろターヤの方が呆気に取られてしまう。
「完全な記憶喪失かと思っていたが、ターヤは知識だけは失わなかったようだな」
「えっと……うん、何か、そうみたい」
「余計な話だったか、すまない」
曖昧に返せば、エマもそれ以上触れてはこなかった。
「それで、私の話だったな? 確かに、私は乗馬をしておらず、剣ではなく槍を武器としている。だが、馬に乗り剣を振り回すだけが『騎士』ではないだろう?」
そう言われればそうかもしれない、と思ってターヤは頷いた。
「それに、どうも私の手に剣は合わなかったんだ。それから、私が騎士たる所以と言えるかどうかは分からないが……」
そう少々困ったように言って、彼は掌が大きく開かれた右手を眼前へと突き出した。
「何してるの?」
「見ていれば解る」
手元だけに視線を向けて、エマは念じるように呟いた。
「『展開』」
瞬間、その掌の前に円形状の半透明の物質が出現した。それはエマの身長どころかアクセルをも余裕で超える大きさであり、試しにアクセルが殴ってみても微動だにもしない強固さであった。
「これで、少しは脳内のイメージと重なったか?」
珍しく少しばかり悪戯っぽい笑みを浮かべて、エマはターヤに視線を寄越してくる。
「うそ……」
ターヤとしては、ただ驚くしかない。
彼が展開してみせた物質、それは見間違う事無き『盾』だった。外見的には脆そうだとの感想を抱きそうだが、先程アクセルが実演してみせたように強度に問題は無いようだ。
「私の〈魔力〉で構成されているから、大きさも強度も自由自在なんだ」
「そうそう、防御させたらエマはすげぇぜ?」
まるで自分のことのように言うアクセルに、彼女は無意識の内にぽつりと呟いていた。
「わたしにも、何か〈職業〉があるのかな」
「……ターヤ」
いつの間にか俯けがちになっていた顔を持ち上げると、エマが真剣な眼で彼女を見ていた。その視線にまたも奥底で何かが鳴るが、今はそれどころではなかった。
「この世界では〈職業〉は必要最低限のものだ。誰もがそれを持ち、また、持たない者など居る筈もない。なぜなら、これはこの世界を創造した《四神》が取り決めた事だからだと言われている」
「う、うん?」
彼の言わんとしている事が理解できず、ターヤは首を傾げる。
それらを見てアクセルはあからさまに溜め息を吐くと、その内容を噛み砕いた。
「つまりな、幾ら記憶喪失だろーが、おまえにはちゃんと〈職業〉があるって事だ。ま、今はまだ思い出せねぇだろーけどよ」
「そっか、そうなんだ」
嬉しそうにはにかみながら呟いた少女に、青年達もまた笑みを浮かべた。
「とりあえず、一旦このくらいにしておこうか。一度に多くの知識を詰め込むのは、効率的とは言えないからな」
エマの言葉に頷き、今まで教わった内容を脳内で復習して整理する。
無論、目にしたような気がした光の粒についても教わった。自分の見間違いないしは気のせいかとも思っていたのだが、あっさりとその存在を肯定された上、寧ろ見える事自体が凄いとまで言われた程だ。
全ての物質は〈マナ〉という最小の元素から成っており、それは生物もまた然り。つまり〈マナ〉とは、この世界とそこに存在する万物を構成する唯一無二のエネルギーであり、これが一定値以上失われると、生命も世界も存在する事が不可能となってしまうそうだ。
そして、この〈マナ〉こそが、先程彼女が目にした光の粒らしい。
ところで、ターヤにはエマに教えてもらわずとも、自ら気付いた事が二つあった。
「それにしても、ターヤは本当に何も知らねぇんだなぁ」
一つは、最初は結構優しくて面倒見が良さそうというイメージを抱いていたアクセルが、実際は相手をからかうのが大好きだったという事実だ。今もまた、意地の悪い笑みを浮かべている。
「だって、本当に全く解らないんだもん」
そして、もう一つ。
「ま、何なら、エマじゃなくて俺に訊いたって良いんだぜ? 何たって、俺はつえぇし、かっこいいからな!」
それは、アクセルはいじめっ子気質なだけではなく、ナルシスト気味でもあるという事だった。
「またそれ。しかも全然理由になってないよ」
「その顔、地味に傷付くっての」
呆れを隠さず表情に浮かべると、なぜか当の本人に肩を竦められてしまった。その反応が気に食わなかったので思わず膨れっ面になる。
「だって、アクセルが――」
「ターヤ、アクセル」
反論しようとした矢先、エマに制されて言葉を遮られた。
「はぁ、かったりぃな」
何事かと彼を見上げる前に、あからさまに嫌そうな顔をしたアクセルが頭を掻き、エマに睨まれる。
ますます訳の解らないターヤだったが、そこで大きな足音を携えて、前方からやってくる集団に気付いた。どうやら数十人程の男性のようで、彼らも《旅人》なのかと思ったターヤはアクセルを見上げた。
「あの人達は?」
「解りやすい例その二、盗賊だ」
後頭部で腕を組みながら、面倒臭いと言わんばかりの顔でアクセルが答える。
実にあっさりとした回答だったが、ターヤはその言葉に軽い恐怖を覚えた。
「そ、それって大丈夫なの!?」
「あん? あんなの俺らからしちゃ、ただの雑魚だっての。つーか、ターヤ用の教材としちゃナイスタイミングだが、ぶっちゃけ相手するのが超かったりぃ」
はぁ、と溜め息交じりに言うアクセルからは、全く持って危機感が感じられなかった。
それはエマも同様で、彼ら《旅人》からしてみれば、『盗賊』というのは大した相手でもないという事なのだろう。
「だが、相手はこちらを目指してきているようだぞ?」
「うげぇ」
淡々としたエマの言葉に更に表情を歪めたアクセルだったが、その間にも盗賊達は三人の前方を陣取ってきた為、仕方ないとでも言いたげにそちらを向いた。
「ま、ターヤ用講義の実践第二弾といきますか」
明らかにやる気の無いアクセルよりも、盗賊の方が血気盛んな様子だった。
「何をごちゃごちゃ言ってんだ、てめぇ。痛い思いしたくなきゃ、とっとと金目の物置いてけよ!」
ランシエ