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一章 目覚めた私‐memory loss‐(04)

「む……」
 図星を突かれたエマはすぐには言い返せず、してやったり顔をするアクセルを疎ましげに睨みつつ、間を置いてから次の句を紡いだ。
「確かにそうだが……その前に、ターヤに事情を説明する方が先だろう」
「こいつ誤魔化しやがった!?」
「ターヤ、先に言わせてもらうが、今の貴女の状態では、一人で居るのは非常に危ないんだ」
「無視かよ!」
 アクセルの言葉は悉くスルーされた。
 そちらが気になりつつも、ターヤもまたエマに向き直る。
「そうなの?」
「ターヤもかよ!?」
「そうだ、ここフィールドには――」
 そこでエマは言葉を止めたかと思いきや、ターヤを庇うように振り向いて腰を低くし、ベルトから抜いた槍を手にした。
 それはアクセルも同様で、彼もまた彼女を背にして背中の大剣を掴んでいる。
「え? 二人とも、どうしたの?」
 一瞬にして漂い始めた異様な雰囲気に、訳が解らずアクセルとエマとを交互に見比べるターヤだったが、二人は彼女を振り向かずに周囲に視線を巡らせていた。その姿勢は何かに対して構えているようだ。
「ナイスタイミング、おあつらえ向きの奴が来たみたいだぜ? 説明するよりは実戦で慣れろ、ってな?」
「その言葉では意味が通らないな。だが、少々乱暴ではあるが、確かに、理解してもらうには絶好の機械だろう」
 ターヤには謎の会話を二人が交わし終えた時、彼女の視界に何かが飛び出してきた。
「あ、あれって……!」
 三人を取り囲むように現れたのは、こちらに対して鋭い牙をこれでもかと言う程剥き出し、喉からは低い唸り声を上げ、毛並みをまっすぐに逆立てた、猛獣特有の眼を持つ、四つん這いの生物。
 しかも、その数は目測でも何十匹という事が解った。
 反射的に身構えたターヤとは反対に、アクセルは笑みさえ浮かべる余裕さだった。
「そ、狼だ。フィールドとダンジョンには、ああいうのは腐る程居るんだよ」
「無駄口を叩くな、アクセル。この獣達を片付ける事が先決だ」
「へいへい」
 適当に応えると、アクセルは抜刀した大剣を肩口で叩いた。
「そんじゃま、行きますか」
 瞬間、その言葉が合図となったかのように、狼達がいっせいに三人へと向かって跳びかかってきた為、ターヤは思わず身を竦ませた。
「ひっ――」
「喰らえや!」
 だがアクセルはそれを許さず、弧を描くようにして衝撃波を放ち、その範囲、つまりは前方に居た全ての狼を吹き飛ばす。そして相手が起き上がらないうちに自ら間合いを詰め、今度は一振りの斬撃で同じ数だけ狼を切り裂いた。
「っ……!」
 その行為に、思わずターヤは目を見開く。
「悪く思わないでくれ」
 だが、続いて後方から聞こえてきた声に振り向くと、そちらではエマが槍を剣のように振るったところだった。そうして前方の数匹を纏めて駆逐し、驚いた横側の狼が足を止めた瞬間、その眼前へと一瞬で間を詰めた彼は、連続で素早い突きの攻撃をお見舞いする。一撃、二撃、三撃――後はもう、ターヤの目がついていけなかった。
 気が付けば、何十匹と居た筈の狼の群れは殆ど一瞬のうちに壊滅しており、後には三人の人間が立っているだけだった。

「何だ、呆気ねぇの」
「馬鹿を言うな」
 つまらなさそうにアクセルが大剣を仕舞い、それにエマが応えながら槍を所定の位置に収める。二人はあれ程の数の獣相手に動じていなかったどころか、汗の一つすらかいていないようだった。
 その一部始終を唖然とした顔で見ていたターヤに、アクセルが声をかけた。
「で、どうだ? これが一人でここに居ると危ねぇ理由なんだけどよ、解ったか?」
「……そっか、これが、さっきエマが言ってたことの理由なんだね」
 心ここにあらず、という様子のターヤだったが、それをアクセルは戦闘に慣れていない為だと認識した。
「なら、俺らと一緒に行くよな? とりあえず、一番近い街まで連れていってやるからよ」
 笑いかけてきたアクセルを見て、次にエマへと視線を移す。すると彼もまた、微笑んでくれた。
 この二人なら信用できると感じた上、この場所に居続けても何かが進展するとは思えず、一人では危ない事も解ったので、ターヤは大きく頷いた。
「うん、そうする。それで、さっき言い忘れちゃったんだけど、二人とも、助けてくれてありがとう。それから、宜しくね、アクセル、エマ」
「ああ、宜しくな、ターヤ!」
「こちらこそ宜しく頼む、ターヤ」
 何はともあれ、ほぼ完全に空白で何も持たない状態だった『少女』は、なぜかしっくりときた『名前』と、個性的な二人の『同行者』を得た。


「――この世界は、中央と東西南北の五つの大陸、幾つもの小さな島々、そして海で構成されている惑星だ。現在私達が居るのは『中央大陸』と言う」
 先程から、三人はここから最も近い街に向かって平地を歩いていた。
 自分の事どころか、世界自体についても全く知識の無い状態のターヤは、道すがらエマに、この世界[モンド・ヴェンディタ]について、いろいろと教えてもらっているところだった。
「ちなみに、名の由来は『混合された世界』だそうだ。その名の通り、この世界に名実共に統治者は居ない。現在は、ギルド間で結ばれた〔ヨルムンガンド同盟〕が、実質的に世界を統治していると言えよう。また、一見すると温和そうな世界だが、一概に平和とは言えない」
「さっきみたいに、モンスターが出るから?」

 狼の群れの事を思い出し、ターヤは身震いする。
「そうだ。それに、山には山賊、海には海賊、空には空賊、そして平地には盗賊というように、悪事を働く人間はどこにでも居るものだ。故に、一般の人々は都市の外に出る事をあまり好まない。とは言っても、都市の中が絶対的に安全という訳ではないのだが」
「でも、アクセルとエマは普通に外を歩いてるよね?」
「私達は、少なからず戦闘能力と武器を所持しているからだ。人は、私達を総称して《旅人》と呼ぶ。旅をしながら生活をするからだそうだ」
「《旅人》って、確か、最初に名乗ってたやつだよね?」
 思い出しながら紡いだ言葉にエマは頷いてから、説明を続ける。
「無論、戦う為の力は誰もが持てる。しかし、争い事を好まない者や、戦闘に関する以外の〈技巧〉を極めたいと思う者、そもそも戦闘に関わる必要の無い者は、わざわざ好き好んで戦闘能力を得ようとはしない。そのような人々はフィールドやダンジョンに行く際には、護衛として傭兵や旅人を雇っている」
 つまりは、そうして生計を立てている者も少なからず居るという事だ。
「じゃあ、二人もそうやってお金を貰ってるの?」
「いや、私達の場合は少し違う」
「モンスターを倒すとな、カーランが手に入るんだよ」
「かーらん?」
 ターヤにとっては聞きなれない単語である。
 しかし、アクセルが嬉しそうに話しているのだから、モンスターのような脅威の類ではないのだろうと推測できる。

スキル

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