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一章 目覚めた私‐memory loss‐(14)

「じゃあね、ターヤ。良かったら、ユビキタスまで遊びに来て」
「うん、遊び行くよ、メイジェル。だから、またね!」
 手を振り続けながらメイジェルは〔PSG〕を出ていき、それを見送ってから、ターヤは彼女が先程座っていた場所に腰を下ろした。ふと貰った袋が気になったので開けてみると、そこには言われた通り、小さな袋と何本かの小瓶、そしてカードが入っていた。取り出した小瓶は、道具屋にてメイジェルに教えてもらっていた物だったので、中身は知っている。
 治癒薬。初級治癒魔術と同等の効果を持つ、消費アイテムである。道具屋にて安価で購入できるが、実際は治癒魔術の方が勝手が良いので、回復役が居なかったり、回復が追い付かなかったり、瀕死の状況になっていたりする場合しか使われないそうだ。
 小さな袋は、取り出して振ってみるとジャラジャラという音が鳴るので、ここにカーランが入っていると理解できた。入っている額については解らなかったが、それでもなんて気前が良いのだろうと思わずにはいられない。
 それから、もう一つ。受付の女性には言われていないが、謎のカードが入っていた。そこには自分の名前と《職業》と顔写真なるものが記載されている。裏側をひっくり返してみると、そこには『PSG』と記されていた。
「これって、もしかして証明書?」
「ターヤか?」
 呟いたところで声をかけられたので顔を上げれば、そこにはエマが立っていた。思わず立ち上がりそうになった。
「エマ! どこに行ってたの?」
「それはこちらの台詞だが……アクセルはどうしたんだ?」
 その気迫を感じたのか、若干エマは後方に引きかけて、そこでアクセルが近くに居ない事に気付く。
「武器屋で別れたから、移動してなければそこに居ると思うよ」
「そうか。それで、貴女は〔PSG〕で登録をしていたのか?」
 エマの視線はターヤの手元のカードに向けられており、彼女は頷いた。
「うん、さっき知り合った友達に、街の中を案内してもらったの。あ、ちゃんと信用できる人だからね!」
 徐々に険しくなっていく顔を見て慌てて付け足せば、エマは嘆息した。
「貴女という人は……」
「そ、そう言えば、これって何か解る?」
 誤魔化すべく、慌ててターヤは手にしていたカードを彼の視線の前に持ち出した。
 それに気付いてはいるエマだったが、彼女の思惑に乗ることにした。
「そのカードは、どこのギルドにも属していない私達のような人々にとっての身分証明証、と言ったところだな。現在、この世界の基本的単位はギルドであり、全員という訳ではないが、この世界に住む人々の個人情報を管理しているのも、またギルドだからな」
「でも、それって〔PSG〕は他のギルドとは、また異色って事なんだね」
「ああ、ここは他とは一風変わっているからな。さて、ターヤ。ここでの用がもう無いのなら、武器屋まで行こうか」
 差し出された手を取って立ち上がる。
「アクセルがまだ居るとするならば、今頃は拗ねているだろうからな」


「おせぇ」
 武器屋に向かった二人を待ち構えていたのは、エマの言った通りに拗ねているアクセルだった。
 その様子を見て、ターヤは両目を瞬かせる。
(本当にエマの言った通りだ……)
「ターヤ、おまえどこ行ってたんだよ?」
 いきなり矛先を向けられ、予想はしていたものの、思わずターヤは身を後ろに引いた。

「あ、えっと、ちょっとエンペサルの案内をしてもらってて……」
 本当は先程のアクセルの変な様子について気になっているのだが、その事について尋ねるのはしてはいけない事のように感じられ、喉の奥で突っかかってしまっていた。
 そうとは知らないアクセルは、次々と質問をぶつける。
「つー事は〔PSG〕にも行ってきたんだろ? 登録してきたのか?」
 次第に近付いてくる顔から更に逃げながら、投げかけられる問いにターヤはこくこくと頷いた。
 そこでアクセルは顔を元の位置まで戻し、はぁと溜め息を吐く。
「何だよ二人して。俺を置いて二人で行動してたとか、ひでぇよな。武器屋にはターヤと行った筈なのに、気が付いたらターヤは居なくなってるしよぉ」
「え、アクセルが先にわたしを置いていったんだよ? だから、そこで知り合った友達にエンペサルを案内してもらってたの」
 誤解されている事に気付き、慌ててターヤは説明する。
「ターヤの言う通りだ。私は私用を済ませてから、道具屋でアイテムの補充を行い、それから〔PSG〕でクエストを受諾してきたのだ。ターヤとはそこで会っただけだ」
「クエストか!?」
 その言葉に、急にアクセルが目を輝かせた。
 突然の大声にターヤは吃驚して跳び上がりそうになるが、エマは慣れているらしい。いつもの事なのか、特に気にしたふうも無く頷いただけだった。
「ああ。エンペサルの付近にある[インへニエロラ研究所跡]は知っているか?」
「いや、知らねぇ」
「ううん、知らない」
 即答したターヤとアクセルにエマは頭を抱えた。
「私はターヤに訊いてるのだが……というか、おまえ、知らなかったのか?」
「あぁ。あそこには金目の物が無さそうだしな」
「おまえは、いつから金の亡者になったんだ」
 哀れむような少年の視線に、しかし青年は頭に手を当てただけだった。
「褒めんなよ、照れるだろーが」
 いったいどの口がほざいているのか。アクセルの表情も声も、全く照れているようにも恥ずかしがっているようにも謙遜しているようにも見えない。
 エマが更に視線を強めれば、アクセルは降参だとでも言うように両手を上げた。
「冗談だっての。けど、あそこは行った事ねぇからな。知ってるのも名前と場所だけだぜ?」
「いや、場所が解るならば良い。そこで大量発生したモンスターを討伐してほしいとの話だった。あそこは出現するモンスターのレベルが低い。ターヤが戦闘に慣れる為にも最適かと思ってな」
 支援系統の魔術は使えるようになったものの、発動のタイミングなどには未だ不慣れな自分を思っての発言を受け、ターヤは弾かれるようにしてエマを見上げた。
「エマ、ありがとう!」
「いや、礼を言う程の事ではないよ。それで、今夜はエンペサルの宿屋に泊って、出発は明日にしよう」
 都市には、どこでも必ず最低一軒は宿屋がある。それは《旅人》や商人などのように、都市間を動く者達の為にと作られた施設だ。無論、宿代は取られてしまうが。
 野宿には慣れていないかもしれないターヤを気遣っての言葉だったが、それはアクセルによって覆される。
「いや、どーせなら今から行こうぜ。あそこらへんのフィールドは、〈ハマの灯〉で追い払えるくらいのレベルのモンスターしかいねぇからな」
「だが、ターヤは――」
「何か、おまえってターヤの親父みてぇだな」
「おやっ……!?」
 反論しかけたエマへと返されたアクセルの何気ない一言に、本人が強い衝撃を受けている間に、彼はその光景に苦笑している問題の中心人物へと問いかける。
「ターヤはどうだ? 野宿してみるか?」

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