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一章 目覚めた私‐memory loss‐(13)

 返答を聞いた女性は、嬉しそうに両の掌を叩き合わせる。
「そっか、なら良かった! そうそう、アタシはメイジェル・ユナイタスっていうんだけど、アナタの名前は?」
「わたしは、ターヤ。ターヤだよ、メイジェル」
 初めてその名を名乗れた相手であるメイジェルに、ターヤは特別な感情を抱いた気がした。


 それから、武器屋と防具屋と道具屋と素材屋を案内してもらった後、次にターヤがメイジェルに連れていかれた先は、街の入り口付近に建つ、非常に大きく立派な煉瓦造りの建物だった。
 それを見上げて驚くターヤに、メイジェルの説明が飛んでくる。
「ここが〔PSG〕の本拠地よ。〔PSG〕ってのは――」
「人々を支援してくれるギルドなんだよね?」
「その通りだけど、ちょっと違うかな」

 ちょっぴり自信のある顔になっていたのか、遮るように紡がれたターヤの声に対し、甘いわねと言わんばかりに、メイジェルが相手の目線の高さで人差し指を横に振った。

「そもそも〔PSG〕っていう名前は『プレイヤーズサポートギルド』の略でね、その名の通り、ここで自分のことを登録しておくと〈クエスト〉を受けられて、成功すると報酬が貰えたり、モンスターが大量発生した時とか、どんな素材をどこで手に入れられるかとか、そんな事も教えてくれるのよ。しかも、基本的に〔PSG〕がカーランを取る事はないしね。だから、戦わない人でも素材を確保する為とかモンスターの少ない道を通っていく為とかで、殆どの人が登録してるのよ」
「へー、そんな事をしてくれたりするんだ。しかも無償でって……凄いね」
 そこまでは知らなかったターヤは感嘆の息を漏らした。
 そもそも〔ギルド〕とは、同じ目的を持った者達が集まって結成する団体のことであり、その種類は多種多様だ。
 そして、かの〔PSG〕は、この街全体を管轄に置いている事や、本拠地の建物の大きさからして、大規模なギルドである事はすぐに解った。そのような大きなギルドを結成できる程、人々を無償で支援しようと考える者が居た事が、ターヤにとっては驚く事だったのである。
「でも、ここも図書館もそうなんだけど、〔PSG〕関連の施設って、いっつも受付に居る人の顔が同じなのよねー。双子とか、よく似た親戚なのかしら?」
 不思議そうな顔をするメイジェルだったが、すぐに表情を切り替えた。
「ま、そんな事より、さっさと中に入りましょ」
「あ、うん」
 いつでも受け付けに居る者の顔が同じだという言葉は気になったが、とりあえずは促されるままに、ターヤはメイジェルと共に建物の中に入った。内部は外観からも解る通りに広く、至る所に休憩用なのか椅子が置かれていた。人も混雑する程ではないが結構な人数で、椅子に座っていたり談笑していたりする様子が多く見受けられた。
 それらを眺めながらメイジェルの後を進み、受付まで来たところで、ターヤは先程の言葉の意味を知る。
(この人、図書館の受付の人とそっくりだ……)
 図書館の時は相手を凝視した訳ではなかったが、リチャードと同じ色の髪をしている為か、何となく印象には残っていたのだ。そして思い出せる顔は、眼前に佇む受付の女性とほぼ相違無いように思えた。
 そんなターヤの心境を知ってか知らずか、受付の女性は一礼した。
「こんにちは、メイジェル・ユナイタス様。本日は、どのような御用件でしょか?」
「今日はアタシじゃなくて、この子の用なの」
 肩に置かれた手で前面に押し出され、受付の女性とばっちり目が合って、思わずターヤは緊張した。
(そうだ、もしもわたしが前にここで登録してたりしたら、自分のことが解るかもしれない)
 そこでふと思いつき、もしかしてと思いながらメイジェルに視線を寄越すと、彼女からはウインクが返ってきた。それに背中を押された気がして、問うてみようと思ったところで、受付の女性が先に口を開く。

「そちらの方は初めての方ですね。こちらで登録なされますか?」
 その言葉にターヤは思わず脱力し、メイジェルは困ったように苦笑する。
 それでも、彼女に聞いた話では登録する事によるデメリットは無いそうなので、ターヤは殆ど反射的に頷いた。
「えっと、じゃあ、お願いします」
「了解しました。では、失礼します」
 女性が言うや否、足元に魔法陣が浮かび上がる。驚いてそこから飛び出そうとしたターヤだったが、メイジェルに肩を押さえられて止められた。
「大丈夫よ、攻撃魔術じゃないから」
「う、うん」
 その言葉で安心し、今度はメイジェルの手が離れても、ターヤはそこから動かなかった。
 目を瞑って立つ少女の周囲を光が覆い隠した後、ブローチに吸い込まれるように収束して、それはゆっくりと床の魔方陣と共に消え去った。
「おつかれさまでした。これで登録は完了しました」
 その声に目を開くと、受付の女性が袋を差し出してきていた。思わず受け取るも、その中身がターヤにはよく解らない。
「そちらは、少ないですが回復系アイテムとカーランになります。どうぞ御役立てください」
「え、あ、はい! ありがとうございます!」
 まさかアイテムとカーランを貰えるとは思っていなかったターヤは、反射的に頭を下げた。
 同様に受付の女性も一礼する。
「それでは、良い旅を。ターヤ様」
 事態が掴めぬままに登録を追え、アイテムと金銭までもを頂いてしまったターヤは、驚きも覚めぬまま、近くに椅子に座って待っていたメイジェルのところまで行く。
 その彼女はといえば、ターヤの様子をずっと見ていたのか、笑いを殺そうと必死になっていた。
「メイジェル? どうしたの?」
 その理由が解らず訝しげに問いかけるターヤに、メイジェルはふるふると首を振った。
「ううん、何でもないの……!」
 明らかに何でもないようには見えなかったのだが、ターヤがそれ以上追及する前に、メイジェルの方が声を発していた。
「さて、これでエンペサルの案内は終わりだけど、まだ何か解らないコトとかある?」
「うーん、特には無いかな」
 そう答えると、メイジェルは立ち上がった。
「そっか。じゃあ、アタシは他に用事があるから、ココでお別れだね」
「あ、そうなんだ」
 切り出された言葉に、ターヤは少しばかり物悲しさを覚えた。
 彼女の表情を見て、メイジェルは笑みを浮かべる。
「そんな顔されると別れづらいな。大丈夫だって、アタシは、基本的には[芸術の都クンスト]の〔ユビキタス〕の本拠地に居るから。ここからだとちょっと遠いけど、武器を持ってるって事はモンスターとも戦えるんでしょ? 仲間も二人居るって言ってたし」
「うん、そこは問題無いよ」
 エマとアクセルを思い起こし、ターヤは頷いた。あの二人と一緒ならば、モンスターも盗賊も不思議と恐ろしくは感じられない。
 寧ろ、元よりも自信の籠った顔になったターヤにメイジェルもまた頷くと、利き手を差し出した。
「?」
「握手よ。また会いましょうと、友達になりましょう、っていう気持ちを込めて」
 首を傾げたターヤにゆっくりと伝えると、彼女は途端に顔を輝かせて握ってきたので、メイジェルも同じ強さで握り返す。それは実際の時間にしてたった数秒だったが、二人には何十分にも感じられた。
 手が離されて、そして今度はその手を互いに振る。

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