The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
一章 目覚めた私‐memory loss‐(12)
「あー、けど、ほんとに、何か聞いた事があるかもっつーレベルだからなぁ。受付でそんな感じの本がねぇか、聞いた方が早いと思うぜ? ま、それくらい、行くなら一人で行けよ?」
途端に意地の悪い笑みを浮かべて、わざとらしく掴まれている個所を見下ろしてきたアクセルに、ターヤは拗ねた表情になり、唇を尖らせた。
「一人でも大丈夫ですよーだ」
それを見たアクセルが苦笑して子どもっぽいと零した為、ますますターヤはむきになった。
その間にも昇降機は一階に到達し、二人はそこから床に降りる。
「じゃあ聞いてくるから、アクセルはそこで待っててね」
「へいへい」
若干頬を赤くして、どことなく自棄になっているターヤを適当に見送ってから、アクセルは近くの壁に背を預ける。
(しっかし、解ってんのは『ユグドラシル』っつー名前だけだろ? どんだけ時間がかかんだろーな。……はぁ、待ってるのはあんま好きじゃねぇんだけどな)
とりあえずは虚空を眺めながら待機する事に決めて、そこで目にしたものに言葉を無くした。
正面には、いつの間にか一人の少女が居た。鳥肌が立ちそうなくらいに不気味で、この世のものとは思えないような美しさの少女。風も無いというのに長い銀髪を靡かせ、暗色系の上品な服装を纏い、作り物のような笑みを湛える少女。
こちらに向けられる顔の上で唇が薄く弧を描き、その蠱惑的な動作に青年は悪寒を覚える。まるで自分の全てを見抜いているかのようなその笑みが、最早美しいとは感じられず、相手を惑わす魔性のようで、責められているようにすら感じられたのだ。
「――アクセル?」
世界を破るように唐突な声に驚いて、そこでターヤが戻ってきた事に、我に返るようにして気付いた。その手元に本は無く、どうやら受付で蔵書を訊くついでに返してきたようだ。
「あ、あぁ……わりぃ。で、どうだった?」
「ううん、そういう本は無いって言われちゃった」
残念そうに俯いたターヤから視線を動かすと、そこには既に誰も居なかった。唖然とする傍ら、先程はまるで夢でも見ているような気分だった事に気付く。ともすれば、少女を見たという事自体が、立ったまま見た白昼夢であったかのような。
そう考えた瞬間、再び我に返ると同時に一瞬の寒気に襲われた。
(そうだとすりゃ、とんだ悪夢だな)
立ち尽くしてある一点を眺めるアクセルに気付き、再びターヤは首を傾げた。
「アクセル、本当にどうしたの? 大丈夫?」
「あ、いや、何でもねぇよ。……そうだ! ターヤ、お目当ての本も無かったんだし、ちょっと気分転換にでも武器屋に行かねぇか?」
何かを隠していますと言わんばかりに、あまりに突然すぎる言葉ではあったが、両肩を掴まれて覗き込むように顔を近付けられた為、その勢いに流されて思わずターヤは頷いてしまう。
「う、うんっ」
「よし、なら、とっとと行こーぜ?」
すばやく捲し立てると、アクセルはターヤの手を掴んで逃げるように駆け出した。
「わっ!?」
そのまま二人は図書館を飛び出し、街中を駆けていく。
その様子を人々がさまざまな視線で見つめるが、アクセルはそれに気付いておらず、目を白黒させてはいるものの、周囲の景色は何となく視界に収めていたターヤだけが知っていた。
少女の手を引きながら街中を駆け抜ける青年、という構図は珍しいようで、道行く人々などは不思議そうに二人を見ている。
(み、見られてる……)
そのように自覚して気恥ずかしさは覚えるものの、いきなり強い力で引っ張られて連れ出され、そのまま訳が解らずにいるターヤの視界は瞬く間に変貌していき、そして気が付けば彼女は『武器屋』の中に居た。未だ左手は掴まれてアクセルに引かれるままで、彼は自分のことを忘れているのではないかとさえ思えた。
そもそも、よくよく考え直してみれば、この状況が理解できない。まずアクセルが何を隠そうとしているのかも、何があったのかも解らないし、なぜ武器屋に連れて来られたのかも解らないのだ。
(そう言えば、エマはどこに行っちゃったんだろ)
気が付けば彼は居なくなっていたが、アクセルが何も言わないので、特に心配しなくても大丈夫なような気がしていた。故にターヤは気にしていなかったのだが、今は少し気になっていた。
そこで、アクセルが何事かを呟く。
「え?」
聞き返す前に、彼は少女の手を離すと、一人でどこかに行ってしまった。
すぐ置いていかれた事に気付いたターヤだったが、何だか今のアクセルには声がかけにくかったので、追いかけようとは思わなかった。また、この場でただ待っているのも暇に感じられたので、店内を見学する事にする。
既に武器は所持しているので買い物の必要は無いターヤだったが、武器屋の空気は初めて吸うような気がする上、種類によって別けられ陳列されている武器を見て回るのも新鮮だった。
「お客さん、どうかしましたか?」
「わっ」
思考をどこかに飛ばしているところに、後ろから声をかけられ、驚いて両肩が跳ね上がる。弾かれるように振り返ると、そこには同じように驚き顔を浮かべた女性が立っていた。
後頭部で結ばれたくるくるとうねる桃色の髪に、白とオレンジが主体の服、その下から除く臍とミニスカートといった出で立ちである。ただし、その足首から下を覆うブーツだけは、その細い足を何重にも覆うかのように大きい。
「あ、ゴメン。驚かせちゃったか」
女性は苦笑すると、表情を元に戻して問うてきた。
「それで、アナタはどうしたの? もしかして、武器選びに困ってた?」
「あ、ううん。そういう訳じゃなくて、ちょっと見学を……」
「そうなの? それは残念。ココは〔ユビキタス〕の武器を取り扱ってるから、良い物揃ってると思うよ。もしかして、お金が無いとか?」
「あ、ううん。もう武器は持ってるし」
どうやら女性は少女に対してさりげなくこの店の武器を宣伝しているようで、ここの店員のように思われた。
だが、それよりもターヤが興味を示したのは別事だった。
「ところで、その、『ゆびきたす』って何?」
その瞬間、女性はたいそう驚いたようだった。
「え、もしかして知らない? ほら、あの〔ユビキタス・カメラ・オブスクラ〕だよ?」
「あ、ごめんなさい。その、わたし、記憶喪失で、何も覚えてないの」
すると女性はばつが悪そうに目を逸らして、頬を軽く指で引っ掻いた。
「あー、うん、それは、その……ゴメンなさい!」
それから、まるで観念したと言わんばかりに潔く頭を下げる。
謝罪してほしかった訳ではないターヤはそれを見て、慌てて言葉を紡ぐ。
「あ、ううん! わたしも、いきなりこんな事言っちゃってごめん。えっと、でも自分の名前とかは分かるから!」
二人して同時に頭を下げて謝り、そして同時に上げて同時に苦笑した。
「非礼のお詫びに、アタシがこの街を案内しようか? 記憶が無いのなら、初めて来たのと同じだろうし」
「え、でも、店番はどうするの?」
「ああ、別にアタシは店員って訳じゃないから。ここの店主と知り合いで、今日は〔ユビキタス〕の仕事で来てるだけ。あ、〔ユビキタス〕っていうのは鍛冶ギルドでね、ここに並んでる武器とかを作ってるのよ」
「そうなんだ」
彼女の説明を聞いて、ターヤは彼女も武器を作っているのだろうかと考えた。
「で、街案内しようかとか聞いちゃったけど、もしかして、もうエンペサルのことは解ってたりする? あとアナタって一人?」
思い出したように女性が聞いてきたが、ターヤは首を振った。
「ううん、まだ図書館しか行ってないよ。二人仲間が居るんだけど、二人とも今は別用だから大丈夫」
エマはどこに行ったのかも知らず、アクセルには今は声をかけない方が良いと思い、またこの街の施設もまだ図書館以外は知らないので、せっかくの彼女の申し出をターヤは受け入れる事にした。それにこの街から出なければ大丈夫だろう、との考えもあったのだ。