The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
一章 目覚めた私‐memory loss‐(11)
「ここって凄い街なんだね。でも、本当にここでやって大丈夫なの?」
今更ではあるが、不安になってきた。図書館の下に位置しているという事は、上階に響いたりしないのだろうか、と先刻から感じていた疑問をぶつけると、彼は安心させるかのように笑む。
「心配ねぇよ。防音加工と耐魔術加工がしてあるから、好きなだけやって良いんだぜ? つーか図書館の奴らも、そこら辺も考えた上で、ここにしたんだろ?」
「そっか、そうだよね。それなら、思いきりやってみる」
持ち込んだ本を壁際の机上に置くと、再度確認してから、少し離れた場所まで行って立ち止まる。ブローチに触れて、先刻と同じようにそこから杖を取り出した。
「何度見ても不思議だよなぁ、それ。ところで、何を練習するつもりなんだ?」
「えっと、とりあえずは魔術を発動できるようにと思って。ちゃんと使えないと二人に迷惑かけちゃうから。それと、ちょっと攻撃魔術も試してみたいし」
「まぁ、おまえは《治癒術師》らしいから攻撃魔術は無理かもしれねぇけど、やるだけやってみろよ。何かあったら俺が止めてやるからさ」
その言葉にどことなくむず痒い感覚を覚えたが、それよりも嬉しさが勝ったので、ターヤは大きく頷いた。
「うん、その時はお願いね」
そうして正面を向き、杖を構え、思考を魔術のことに切り替える。
(集中して、呪文を詠唱すれば――って、どんな感じでやれば良いんだろ?)
「……あの、アクセル、魔術って、どんな感じで使えば良いの?」
「はぁ?」
そして、そのまま詠唱を開始するのかと思いきや、一旦中断して不安げな面持ちでこちらを見てきたターヤに対し、アクセルは思わず声を荒らげてしまい、しかしばつが悪くなる訳でもなく脱力した。
彼の様子にターヤは慌てる。
「え、だって、詠唱って、ど、どうすれば……」
慌てふためく少女の姿に、思わずアクセルは苦笑した。
「普通に読めば良いんだよ。ま、詠うように唱えても良いんだけどな。とにかく、本に書いてあった呪文を言うだけで良いんだ」
「それだけで良いの?」
まだ少々不安そうな表情を浮かべるターヤを見て、ふとアクセルはクレプスクルム魔導術学院に居た頃は、自分もそうであった事を思い出した。けれども、あの時は学内で唯一信頼していた教師が傍についていてくれた上、理由は思い出せないが、どうしてか非常に心の支えとなっていた要素があった覚えがある。
その時の気持ちを思い出しながら、彼は彼女を安心させる為に笑った。
「あぁ。けど、ちゃんとイメージしろよ? でないと発動するものもしねぇぜ?」
「うん、ありがとう。えっと」
今度は深呼吸を一回して、ターヤは暗記した呪文を正確に唱える。
「『この世界の大元が一つたる、燃え盛る元素よ』――」
すぅ、と一息。
「〈火〉!」
しかし、構えた杖の先では何も起こらなかった。火の粉や弱火さえも、顕れなかった。
解っていた事ではあってもターヤは肩を落としてしまい、逆にアクセルは呆れたように指摘する。
「って、いきなり攻撃魔術かよ」
「だって、使ってみたかったんだもん。でも、初級でも使えないって事は、やっぱり《職業》で制限されちゃうんだね。今なら、何となくアクセルの気持ちが解る気がするよ」
その言葉に、アクセルは苦笑いを浮かべた。
「だな。幾ら術系の《職業》でも、種類が決められちまうってのは何か空しいよな。そういう意味じゃ、俺はまだ諦めが付いたからなぁ」
「でも、この程度でめげてちゃいけないよね。うん、今度はちゃんと治癒魔術と支援魔術と防御魔術を練習してみるよ。その辺りなら、できそうな気がするの」
気合を入れ直すと、ターヤは再び構えて呪文を唱え始める。今度は初級防御魔術だ。
遠距離戦闘でその真価を発揮する〈魔術〉には、階級がある。最も基本的で初級者向けのものは〈下級魔術〉と呼ばれ、詠唱は短いが、その分威力は低く範囲も狭い。中級者向けのものは〈中級魔術〉と呼ばれ、下級魔術よりは詠唱が長くなるものの、威力は格段に上昇する。そして、最も難易度が高いとされている上級者向けの〈上級魔術〉は、詠唱が長いが、その威力は絶大だ。
ちなみに、アクセル達のような術師ではない《職業》の使用する〈戦技〉にも、魔術のように種類と階級が存在するのだが、動きながらいちいち名称を言うのは大変だからなのか、実際に使用していても技名を口にしない者は多い。
「『盾よ、我らに向けられる全てを防げ』――」
イメージは先程の攻撃魔術の時よりも、すんなりと浮かんできた。
「〈盾〉!」
瞬間、杖の先に盾が浮かぶ。それはリチャードとの一件で発動できた物よりも、安定しているように思えた。
「アクセル、できたよ!」
思わずアクセルを見れば、彼は微笑んでくれた。
「おっ、流石! この調子でどんどん行ってみよーぜ!」
「うん!」
この後、ターヤは防御魔術と支援魔術、並びに治癒魔術の初級と中級を、時にはアクセルに手伝ってもらって何度か練習してみたが、やはり《職業》もあるのか、基本的に失敗する事は無かった。
「とりあえず、続けるにしろ止めるにしろ、そろそろ一旦休もーぜ」
地下訓練部屋に入って早数十分が経過したところで、アクセルが休憩を提案してきた。
「うん、そうする」
ちょうど魔術の連発による疲れが溜まってきていたターヤは、ありがたくこの申し出を了解して座り込んだ。それから杖をブローチの中に仕舞う。
アクセルも彼女の隣に腰を下ろした。
「それにしても、治癒と防御と支援なら中級も使えるのかよ、ターヤは。中級はまだ不安定だから多用はしねぇ方が良いけど、殆ど何も覚えてねぇ状態で、よくまぁそこまで使えるよな」
「それはわたしも不思議に思うよ。自分のことなんだけど」
最後にそう付け足すと、アクセルが豪快に笑った。
「だな。案外記憶は忘れても、身体が覚えてるのかもな」
「そう、なのかもね」
実感の湧かない顔で呟いてから立ち上がり、ブローチに触れる。
それを見たアクセルも立ち上がり、問うてきた。
「さて、と。まだ続けるか?」
「ううん、大分コツも掴めたから止めておくね。無理して倒れちゃったら二人に悪いし」
「だな。無理は禁物だぜ」
首を振ってから、壁際に避けていた本を取りに行く。
反対にアクセルは扉を開けたまま、彼女を待っていた。
「で、そしたら次はどうするんだ? まだ魔術の棚でも漁るか?」
本を手に戻ってきたところでそう言われて、何も考えていなかった事を思い出し、そこでようやく思い起こす事があった。思わず口が半開きになる。
「あ、そう言えば『ゆぐどらしる』について調べてないや」
「なら、今度はそれについて調べてみるか」
開けてもらっていた扉を潜り、今度はターヤの方が先に昇降機の前でアクセルを待った。扉をきちんと閉めて来た彼と昇降機に乗り込めば、それは起動する。
二回目なので初回程の恐怖は覚えなかったものの、片手でアクセルの服を掴みながら、ふとターヤは疑問を呟く。
「でも、『ゆぐどらしる』って何なんだろ?」
「ユグドラシルなぁ、何か聞いた事がある気がするんだよなぁ」
顎に手を当てたアクセルがそう言った為、ターヤはすばやく彼を見上げた。
「本当!?」
ファイヤ