top of page

一章 目覚めた私‐memory loss‐(01)

「いってぇ!」
「だから、あれほど調子に乗るなと言い聞かせただろう」
 見渡す限り緑と岩しかない場所を行く、二人の人影。
 片や、赤い髪と瞳に紅い服という出で立ちの、良い体格をした長身の青年。その背には、身の丈ほどもある大剣がベルトで括り付けられていた。
 片や、青い髪と瞳に蒼い服という出で立ちの、男性にしては少々細身の青年。その腰には長い槍がベルトで固定され、吊り下げられていた。
 赤い青年は殴られたのか痛そうに頭を押さえ、その隣で青い青年は呆れ顔で拳を握り締めている。
「だからって、叩く事ねぇだろ!」
「貴様の自業自得だろう」
 何事かを抗議する赤い青年だったが、青い青年は取り付く島も無く、ばっさりと反論を切り捨てた。
「ちぇっ」
 図星なのかそれ以上反論できなかった赤い青年は、つまらなさそうに唇をとがらせて後頭部で腕を組むと、そっぽを向くように隣から視線を外す。
「ん……?」
 そこで、空に何かを見付けた。すぐさま表情を変えて腕を離し、青い青年の肩を叩く。
「おい、あれ――」
「何だ――っ!?」
 訝しげに視線を動かした青い青年もそれに気付き、一瞬にして顔色を変える。
「あれは――人か!」
「とっとと助けに行くぞ!」
「解っている!」
 駆け出した赤い青年の後を追うように、青い青年もまた目標の下へと向かって駆け出した。


 そこは、闇の中だった。
(……あれ?)
 初めてその事実に気付いて、少女は少しばかり唖然とした。
 周囲一帯が完全なる暗闇に包まれており、何も見えない。加えて、自らの意識もはっきりとはしていない為、自分が寝ているのか起きているのかすら判断できない程だった。
(いつの間に、こんなところに……)
 ぼんやりとした定まらない意識では思考もまた正常に働かず、幾ら考えても脳内は堂々巡りを繰り返すだけだった。
(と言うか、わたし、いつ寝ちゃったんだろ?)
 少女は現在の状況に至るまでの経緯を思い出そうと何度も試みるのだが、全く何も思い出せなかった。
(……あれ?)
 そして、そこでようやく一つの疑問が生まれた。
(わたしは、誰……?)
 今更の事ではあるが、自らの名前というものがどうしても思い出せなかった。ついでに言い足すならば、やはり殆どの記憶が無い。ごっそりと抜け落ちたかのようだ。
(これって、記憶、喪失――)
 そう気付いた瞬間、がくん、と妙な浮遊感に襲われた。
「あ、っあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 思わず口から悲鳴が迸る。今までに無い感覚の下、少女の視界の端を白い何かがありえない速度で上へと通り抜けていった。幾つも同じように通り過ぎていく高速の物体を、それでも視界は捉えて脳が把握した。
(あれって……雲!?)
 気付いた瞬間、一瞬にして意識が覚醒し、感覚が昨日する。
 そして当然、少女は自らが現在置かれている状況を、より鮮明に知覚する事となってしまった。

「――っ!」
 最早言葉にもならぬ声が喉の奥底から飛び出すも、状況は何一つとして変化しない。
(どうしようこのままだとわたしっ……!)
 けれど、ちょうど良いタイミングで助けてくれる『ヒーロー』など居る筈も無くて。もがく事さえもできずに少女はただ落ちていく。
 その間にも、着々と固い地面は近くなってきていた。
「……っ!」
 肩越しに見たその現実に、先程までは何とか保っていた理性は遂に吹き飛び、代わりに恐怖が心中を竦まなく埋め尽くす。本能からか意識が飛びかけ、自然と瞼が下ろされ、
「アクセル!」
「おうよ!」
 その直前で、耳が誰かの声を拾った。
(え……?)
 思わず目が開くと同時、
「行くぞ!」
 もう一度、同じ声が聞こえた。
 それと同時に下から聞こえてくる、近付いてきているかのように大きくなっていく声。
(これって――)
「――ぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁ!」
 それが何なのか頭で予測できた刹那、真っ逆さまに落下していた筈の身体が誰かに受け止められた。
「おっし!」
「『展開』!」
 軽い衝撃を覚えた事に意識が向く前に、気合を入れるようなものと叫ぶようなもの、二つの声が同時に耳へと入り、次いで今度は地面に着地したかのような大きな衝撃に見舞われた。
「わっ……!」
 驚いた少女の目が白黒する。先程までの気持ちの悪い浮遊感は既に無く、あるのはがっしりとした力強い腕にしっかりと抱き留められているという安心感と温かさだけだった。
(こ、これって、助かった、のかな……?)
「おい、大丈夫か?」
 それでも現在の状況が把握できずに混乱していた少女だが、そこに上から声をかけられた。反射的にゆっくりと顔を動かせば、そこにあったのは端正な青年の顔だった。そして、その赤の双眸に移る自らの姿を見て覚えたのは、驚きではなかった。
(これが、わたしの顔……)
「おい、大丈夫か? 意識はあるか?」
 少女は呆然とそれを見つめていたが、ぺちぺちと頬を叩かれた事で意識が浮上した。慌てて礼を言おうと口を開き、
「――へっ!?」
 突如として、またも先程の浮遊感に襲われた。
(ま、また落ちてるの!?)
「おいエマっ! どういう事だよ!?」
 それでも赤い青年が少女を離さず、寧ろしっかりと抱きかかえてくれている為、少しだけ余裕は生じ、先程よりは少々思考が動くようになる。しかし、それでもやはり心中を占めるのは大半が混乱だった。
「すまない! 悪いが重量的な意味で限界だった……!」
「何だよそれ!? あーくそっ、どーすんだよこれ!」
 赤い青年ともう一人の声の主は少女ほど焦ってはいないようだったが、それでも現在の状況に危機感を抱いている事は、二人の声から少女にも解った。

ページ下部
bottom of page